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44 魔龍

「があああぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ‼」


両手が地面に付くほどに姿勢を低くして、四足獣のようになった黒い塊(ロロイ)が、再び咆哮を上げた。

全身から滴り落ちる黒いしずくが地面に落ちる前に蒸発し、黒雲となって周囲を覆っていく。


「これは、なんなんですの? これではまるで魔りゅ……」


アルミラが何かを言い終えるより早く。

跳躍したロロイがアルミラへと肉薄し、アルミラの身体を弾き飛ばした。


弾き飛ばされたアルミラの全身にロロイの黒い魔法力がまとわりつき、その身体をロロイの方へと無理やりに引き戻す。


「なっ……にっ‼」


そして……

引き戻されたアルミラに向け、ロロイが腕らしき部位を全力で振り抜いた。

その一撃はアルミラが展開した魔龍の結界を粉々に叩き壊し、顔面を激しく打ち据えてアルミラを激しく弾き飛ばしたのだった。


アルミラは、土埃を上げながら激しく地面を転がっていく。

そして、道端の岩石を三つほど突き破ってから止まった。


「ぎぃぃぃぃぁぁあああぁぁぁぁぁーーーーっ‼」


ロロイが、再び吠えた。

そして、よろよろと立ち上がったアルミラに突っ込んで行って押し倒し、その足を掴んで大きく振り上げた。

それを、地面に叩きつけた。

そのまま、何度も、何度も、何度も叩きつけた。


「ロロ……イ?」


ロロイは、ぼろ雑巾のようになったアルミラの身体をおもちゃのように上空へと放り投げる。


そして再び咆哮すると共に、ロロイの周囲の黒い魔法力が解き放たれ、放物線を描きながら次々とアルミラに襲いかかっていった。


「あれも、お前たちの『切り札』なのか?」


いつの間にか俺の隣に戻ってきていたバージェスが尋ねてきた。


「いや……。あんなのは、知らない……」


前回、水魔龍ウラムスと戦った時にも。

先ほどまでアルミラと戦っていた時にも。

こんなことにはならなかった。


未知の力を使う以上、相応のリスクがある可能性は覚悟していたが……

いつも飄々としているロロイならば、最後までそれを制御できるものだと思っていた。


だが、今戦っているアレからは全くもってロロイの意思を感じない。

無茶苦茶な戦い方も何もかも、全部が全部いつものロロイのものとは違っていた。


「戻れ無尽水源(オメガ・スイ)‼ 倉庫収納(イロンパ)。……倉庫収納(イロンパ)‼ くそっ、ダメか……」


無尽水源(オメガ・スイ)は、すでに俺が制御できる範疇には無いようだ。

俺の意志とは無関係に、ロロイの戦う意思に従ってその無尽の魔法力を放出し続けているのだ。


だが……

今、俺が見る限りは既にロロイの制御下からも外れてしまっているようだった。


ロロイの全身に絡みつく黒い魔法力は、靄となって大気中に舞い散っている。


「くっ……、なんなんですのこの化け物は……」


ゆらりと起き上がったアルミラが、それでもなお構えを取り、ロロイに立ち向かって行く。


さらに激しく撃ち合うロロイとアルミラ。

その余波で、大気がどす黒く曇っていった。



→→→→→



俺は、その戦場に近づくこともできず、その場に立ち尽くしていた。


「あんな力が、この世界に存在したとは……」


後ろから、カルロの声がした。

アルミラに打ち抜かれて激しく出血する腹を抱えながら、カルロも何とか生きていた。


「あれは、まずい。今すぐロロイを止めないと……、このままじゃ大変なことになる」


俺は、その靄に見覚えがあった。

正しくは、その魔法属性に見覚えがあった。


「あれは……、腐毒の魔法力だ」


それは、かつて皇都を襲った腐毒魔龍ギルベニアが纏っていた魔法力。

触れた者を死へと導く、最強の猛毒だった。


ロロイは全身に猛毒の魔法力を纏い、それを拳に乗せてアルミラに向けて叩きつけ続けている。

その攻撃の余波で、周辺の大気にもその腐毒の猛毒がまき散らされているのだった。


「くぅ、ぅぅう……」


あのアルミラが膝をつくところを、俺は初めて見た。

アルミラの全身は、猛毒を受けていたるところが紫色に変色し始めている。


「この、わたくしがここまで追い込まれるなんて……。とんでもない化け物を飼っていますわね、アルバス」


ロロイの両サイドから飛びかかってきた飛行魔獣が、腐毒の魔法力を受けて墜落した。そして悶絶し、瞬く間に絶命した。

周囲には、アルミラが呼び寄せたと思われる魔獣達の亡骸が何体も転がっている。


「でも、まぁ。ほとんど制御できておりませんわね? その状態が続けば、もう数分と持たずに自滅するのでしょう?」


そう言ってアルミラは、踵を返してシヴォン大森林の方へと走っていった。

……逃げる気だ。


氷に閉じ込められていたはずのルージュも、いつの間にかすべての氷が砕けて姿が見えなくなっている。


「があああぁぁぁぁぁぁぁーーッ‼」


ロロイが咆哮し、突き出した右手に腐毒の魔法力が収束していく。

そして、それをアルミラに向けて解き放った。


とんでもなく早い。

膨大な量の魔法力を込めながらも、収束から発射までがほぼノータイム。

その魔法力の砲撃は、どう考えても避けようのないものだった。


「あっ……」


アルミラが立ち止まり、振り返った。

そして、覚悟を決めたようにその魔法力の塊を見据えた。


「ああ、申し訳ありません首領。わたくしは……、ここで……」


だが……


ロロイの砲撃は、ロロイとアルミラの間に割り込んだ黒い影によって、防がれていた。


ロロイの攻撃を防いだのは、アルミラのものとは別の『魔龍の結界』だった。


その結界スキルの名は『魔龍の結界・腐毒魔龍ギルベニア』

付与されているアイテムの名は『黎明聖女のブローチ』


その名の通りそのアイテムは、腐毒魔龍ギルベニアの含魔石を加工して作られた物だ。


聖女ジオリーヌの持ち物であったはずのそのブローチは、今は黒い翼に奪われているはずのアイテムだった。


「首領……」


アルミラが、間に割り込んだそいつの姿を見て驚愕していた。


「なぜ、ここに?」


アルミラとロロイの間に割って入ったそいつは、全身の顔までを黒いローブで覆い隠していた。

男か女かさえもわからない。


「アルミラ。目的のものは、当然手に入れてるんだろう?」


距離が遠くてよく聞こえなかったが、声の感じからすると女のようだ。

それに対して、アルミラがうなずいた。


「ええ、もちろんですとも」


「では、引こう。流石にあれの相手をするのはキツすぎる」


ロロイの第二撃と同時に、その女が何かの石を掲げた。

その瞬間。

二人の姿がふわりと掻き消えた。


おそらくは『時空の魔石』を使ったのだろう。

それは、勇者ライアンが最後に討伐した魔龍である『時空魔龍ジルコギア』の含魔石から作られたアイテムだった。


付与されているスキルは『真正魔術・空間転移』

転移の最大距離は持つ者の魔法力によりけりだが、空間を飛び越えた移転が可能になるという、かつてこの世界に存在したことのない、とてつもないレアスキルが付いたアイテムだった。


周囲にはもうアルミラ達の姿は見えない。


ロロイもきょろきょろと周りを見回しているから、おそらくはロロイが感知できる範囲の外まで一気に転移したのだろう。


その幕切れは、一瞬だった。


俺達は黒い翼のアルミラの猛攻を凌ぎ切り、それを退けたのだった。



→→→→→



「うがああぁぁぁぁぁ、あああああぁぁぁ。ああぁぁーーーーッ‼」


ロロイの叫び声で、ハッと我に返った。


ロロイは、今なお無尽水源(オメガ・スイ)から無尽蔵に吐き出された魔法力を取り込み続け、完全にその制御能力を失っているようだった。

全身にまとわりつく黒い魔法力がどんどんと膨らんでいって、ついにはロロイの身体の輪郭さえも失われてしまっている。


「ロロイ……?」


額と思われる部位の黒い結晶と、目だと思われる一対の赤い光が俺の方を向いた。


身をかがめたロロイの背中には、いつの間にか収束した魔法力によって羽のようなものが形成されている。


その姿はまるで……

そう、まるで「魔龍」のようであった。


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