43 ロロイのトレジャーハント
「くっ……」
火が消えたのちにゆっくりと立ちあがったアルミラが、怒りに満ちた顔でアマランシアをにらみつけた。
「舐めるな︎エルフッ‼︎」
アルミラが、アマランシアとの間合いを一気に詰め、激しく打ち据えて吹き飛ばした。
「うっ、がはっ……」
アマランシアの吐いた血が周囲に飛び散る。
アマランシアは、距離を取って霧の中に逃れようとして後退した。
そんなアマランシアの胸ぐらを、アルミラが掴んで投げ飛ばし、そのまま地面にたたきつけた。
そして、地面を転げ回るアマランシアを更なる追撃で追い詰めていった。
霧の中からの激しい戦闘音の後。
アマランシアのくぐもった悲鳴が聞こえた。
そして、ロロイを抱き抱えるバージェスを再び弾き飛ばして、アルミラが再び俺の前に現れたのだった。
→→→→→
見ると、アルミラの腕には『絶炎結界の腕輪』のほかにもいくつもの腕輪や指輪が装備されていた。
その中には、幾つもの俺の見知った武具が混じっている。
聖装の指輪(俊敏系スキル強化【超】)
魔装の指輪(闘気防御系スキル強化【超】)
アルミラの人差し指の「聖装の指輪」と、中指の「魔装の指輪」がそれぞれ悲しそうに輝いていた。
【オリジナル】効果のスキルを超える性能を持った【超】効果のスキルを宿した、二つの指輪。
それは、ライアンが討伐した魔龍『闇魔龍ガミラス』および『光魔龍シルビス』の含魔石から作られた指輪だった。
それは、獣使いアルミラと戦士ゴーランのそれぞれに向けて、ライアンが贈った指輪だった。
本当にアルミラは……
ライアン達から武具を奪った盗賊団の一員なのだ。
さっきからずっとわかっていたことのはずなのに。
言葉ではすでに何度も聞かされたことのはずなのに。
その輝く二つの指輪を見て、俺は完全にそのことを受け入れたのだった。
「さぁて、アルバス。一緒に来ていただけますかしら?」
「そうだな。その代わり戦闘はもう終わりだ」
「まぁ、いいですわ。こうなった以上、あなたにはわたくし達に協力的でいてもらわないといけませんからね」
本当に、どれだけの戦闘力を持ってるんだよこの女は……
→→→→→
「ダメなのですよッ‼」
俺とアルミラが同時に振り向くと、ボロボロのロロイが必死に上体を起こそうとしているところだった。
「アルバス……、行っちゃだめなのです……」
「でも、もうそれしかないだろう? さすがにもうこれ以上は無理だ」
全くもって、アルミラに勝てる気がしない。
奥の手だった『無尽水源』の力を持ってしても敵わなかった。
百を超える魔獣と戦い続けたバージェスは、すでに立っているのがやっとでアルミラと戦えるような状態ではない。
援軍として駆けつけてくれたアマランシアもやられてしまった。
もう、これ以上できることはなにもないだろう。
「ダメッ‼ 嫌だッ‼」
「わがまま言うなよ」
「いやだ! 嫌だ嫌だ嫌だッ‼ ロロイを……、置いていかないでよ……」
駄々っ子のように泣き叫ぶロロイを、アルミラが冷たい目で見やった。
「じゃあ、ずうっと先に送って差し上げますわ。大丈夫、きっと近いうちにアルバスもそこに行きますから」
「絶対に、嫌なのですッ‼」
両の足に力を籠め、ロロイが立ち上がった。
「ロロイは……もっとずっとトレジャーハントをしていたいのです」
そう、ロロイが叫んだ。
「はぁ? トレジャーハント?」
アルミラは、泣きじゃくるロロイを鼻で笑っていた。
「トレジャーハントが……なんですって?」
「アルバス達と歩く、この世界のすべてがっ‼︎ ロロイにとってはきらっきらのお宝なのです。一つ一つを一緒に見つけるたびに、いつでもドキドキワクワクするのだから、それはもう、間違いなくその全てがお宝なのです‼」
「ロロイ……」
今、ロロイのいう『トレジャーハント』とは……
「だから。だから……ロロイはずっと、アルバスと一緒にトレジャーハントをしていたいのですよッ‼」
いつもいつも「トレジャーハントがしたいのです」と言って笑っているロロイは……
ただただ、誰かとその喜びを分かち合うことを願っていた。
それが、『ロロイのトレジャーハント』だった。
それは『誰かと共に生きる』ことそのものだった。
「だから……。だから……」
ロロイの全身と拳を、鉄壁スキルと剛力スキルの闘気がゆっくりと覆っていく。
「だから。それを邪魔する奴は許さない」
そして、ロロイがゆっくりと姿勢を低くした。
「だから。ロロイの全部を懸けて、全力であなたをぶちのめす‼」
「今更、そんな使い古されたスキルの重ね掛けがわたくしに通じるとでも?」
「……負けない‼ 絶対にッ‼︎」
その瞬間に、俺の頭の中でロロイの声が響いた。
『王の末裔として命ずる……』
水魔龍と戦っていた時と同じ、頭の中に響くロロイの声だ。
『無尽の力よ。その力の全てを我に……』
その直後、俺の周囲でパチパチと何かが弾ける音がし始めた。
『冥界の門を開き、より凶悪で、より醜悪な戦う力を……我にもたらせ』
そして……
俺の頭上に……
勝手に、無尽水源が顕現した。
「えっ?」
今まで、自分の意志と無関係に『倉庫』から物資が取り出されたことなど一度もなかった。
「これは……」
本来の持ち主であるロロイの意志で、俺の意思を無視する形で強制的に取り出されたのだろうか?
あり得ないことだが、もうそうとしか考えられなかった。
「アルバス。……すぐに終わらせるから、どこにも行かずに待っててね。終わらせたら、またロロイと一緒にトレジャーハントをするのです」
振り向いたロロイが俺を見て、にこりと笑った。
その笑顔はあまりにもいつもの笑顔で、思わず涙が出そうになる。
俺の頭上に顕現した無尽水源からは、先ほどまでの透明な水の光は消え失せていた。
その代わりにどす黒い光の雫を放つ、全く別の存在となり果てている。
そのどす黒い光が、先ほどの水の流れと同じようにぐるぐるとロロイに絡みつく。
そして、一瞬にしてロロイの全身を覆い隠してしまった。
「が……、ぐぅ……がぁぁっ‼︎」
全身に黒い魔法力を纏い、黒い獣と化したロロイが、苦しそうに身悶えた。
そして、アルミラへと向き直った。
「がぁぁぁぁあああーーッ‼︎」
天に向かって咆哮を上げたロロイの額には……
闇よりも黒い漆黒の結晶石が、禍々しく輝いていた。




