40 あの日の真相②
「……冥界への土産話にしては、随分と重たい話だな。一体どうやってそんなことをしたんだ?」
「簡単に言いますと。あなたが、かつて皇王に処刑された第二皇妃シャロンの残存勢力と内通しているという話を、ライアンたちに吹き込みましたの」
第二皇妃シャロンとは、皇王の暗殺を企てた罪により、かつて逆賊として処刑された皇妃だった。
そしてその出自であるニール家も、シャロンの処刑と同時に皇都騎士団に攻め込まれ滅亡していた。
アルミラは、俺がその第二皇妃の残存勢力と密通していたという真っ赤な嘘を、ライアン達に吹き込んでいたというのだ。
「ライアン達が、そんな話を簡単に信じるわけがないだろう?」
「……六年」
「?」
「六年の年月をかけて、少しずつ彼らにそれを信じ込ませましたの」
「……」
「手始めに各補給地では、あなたが第二皇妃派閥のアジトだとされる建物へと向かうように仕向け、ライアン達にはそれとなくそれを目撃させた」
「そんなこと……」
出来るわけない。
そう言いかけたが、ふと思い当たる節があった。
「何か、思い出しましたかしら?」
「お前がパーティーに加入してからというもの、お前はいつも俺に……各街ごとに指定の場所で自分用の薬草を買ってこさせていたな」
俺の脳裏には、各街にあったアルミラ指定の商店の映像が浮かんでいた。
そういえばそれらの商店は、いつもあまり品揃えが良くなかった。
もしその商店にアルミラの息がかかっていたのならば、店頭の品物の量を調整して、俺が一気に仕入れすぎないようにすることもできたのだろう。
「ええ。その購入先の一部を、ライアンには第二王妃の残存派閥との連絡地点の可能性があると吹き込んでおりましたの。もちろん、それは真っ赤な嘘なんですけれどね」
だが、一度疑いの目を向けられてしまったが最後、全てが疑わしく映るというわけだ。
「それとあなた、皇都の裏通店ではルージュとも顔を合わせていましたのよ」
「?」
「会った時には毎回『忘却の魔眼』でその周辺の記憶を消されていましたけどね。だから、ライアン達が疑い始めた頃にそれとなく探りを入れられた際、あなたはずっと知らぬ存ぜぬでしらを切り通しておりましたわ」
「……」
しらを切るというか……
ルージュの魔眼の効果によって本当に覚えていない状態にされていたという事だ。
そうやってアルミラは長い時間をかけて少しずつ、俺が第二皇妃シャロンの残存派閥に肩入れしているかもしれないということをライアン達に信じ込ませていったらしい。
「なんだかんだ言って、ライアンたちは古参のあなたを信用し、重用していた。だから、最終的な決断をさせるまでにはかなりの時間がかかってしまいましたけどね」
その他にも、街中で俺に接触してきた女が、実はかつて第二皇妃シャロンに仕えていた人間であり、後にライアンがそれを偶然知るように仕向ける、など。
その六年間でアルミラは外堀を埋めながら周到に準備を進めていたらしい。
そんな中、俺の追放の決め手となったのは、ヤック村にてライアン達にもたらされたある噂話だった。
それは「第二皇妃の残存派閥が第五皇妃と組み、勇者ライアンの暗殺を目論んでいる」というものであった。
ヤック村にて、ライアン達にその話をもたらしたルージュは、アルミラが俺の持ち物に何の意味もない文字が彫られたキズナ石を紛れ込ませることにより、ライアン達にまんまとその話を信じ込ませたのだった。
たとえ勇者ライアンのパーティ―といえど、支援部門を司っていた俺が敵陣営につき、すべての武具や支援アイテムを失った状態で大軍勢に襲われるとなると、かなり分が悪い。
ゆえに、第二皇妃の残存勢力が最も多く潜んでいるとされる中央大陸西側地域に近づく前に、ライアン達は俺からすべての物資を取り返す必要があった。
それゆえライアン達は、あのタイミングで俺を追放し、俺から全てのアイテムを取り戻すという決断を下したのだった。
「もしそのキズナ石が作戦指示書の一部だとして。俺が、そんなものを他人の目につく場所に置いてくはずがないだろ……」
「ええ、だからこそライアン達も最後まで半信半疑でしたわ。そして何の意味もないその文字の羅列を解読しようと必死になっていましたわ。だからこそ、全てのアイテムを取り戻した後にはあなたを処刑すべしというわたくしの主張は通らず、あなたは生きたまま追放されることになった」
「……」
つまり。
場合によっては、俺はあのままライアン達に殺されていたかもしれなかったってことか……
ちなみにその時の『処刑すべし派』はライアンとアルミラ。『追放に留めるべし派』はその他の四人だったらしい。
「……ライアンらしいな。自分の思い通りにならない奴はいっそ殺すとか、あいつが考えそうな極論だ」
「ええ、私もそうやって殺されそうになりましたわ。……返り討ちにしてやりましたけど」
「お前の場合は本物の裏切りなんだから、完全なる自業自得だろうが……」
俺は、とんだとばっちりだ。
パーティーブレイクだかなんだか知らないけど、俺の関係ないところでやって欲しかった。
そう。つまりあの追放は、アルミラとルージュが勇者ライアンのパーティーに仕掛けたパーティーブレイクの一部だったのだ。
内部に不和を仕込み、俺を追放し、ライアン達から武具を奪って戦力を削いだ上で、制圧する。
今、ルージュがキルケットでいくつものパーティーに仕掛けていたという手口も、ライアンのパーティーが受けた手口も、内容としては同じ類のものだった。
そして、俺が勘づいて荷物を持ち逃げすることを防止するため、『俺には最後までそのことは伏せるべきだ』というアルミラの主張により、俺は何も知らぬまま『弱いから』という理由で追放されることになったのだった。
それは、俺が生きていること以外、アルミラとルージュが推し進めた通りの展開だった。
その後アルミラ達は、冒険者に扮してギルドに紛れていた第三皇妃サラの私兵(とライアン達には説明した盗賊)を、荷物持ちの代役としてライアンに紹介した。
こいつらもまた、すでに魔界ダンジョン攻略前の皇都でライアン達と接触済みのメンバーだ。
そして、ライアンたちは彼らを、第三皇妃サラが第二皇妃シャロンの残存派閥に対抗するために遣わした、騎士団の工作員だと信じ込んだ。
だがその全ては、アルミラとルージュによって六年もの歳月をかけて周到に計画されてきた計画だったのだ。
そして、正体を現してライアンたちから武具を奪った盗賊たちは、ルージュとともにライアンたちを黒い翼が待ち構える森の中へと誘い出した。
そこで、黒い翼の精鋭部隊、および待機させていたアルミラの精鋭魔獣部隊で各方面からの波状攻撃を仕掛けたのだ。
ライアン達は、西大陸には生息していないはずの数々の特級魔獣や、辺境の盗賊ではありえないレベルの戦闘力を持った襲撃者達からの集中攻撃を受けた。
おそらくはその場に俺がいれば、モンスターの生息域などから、瞬時にその敵の違和感に気づいたことだろう。
だが、ライアンたちはその違和感に気づかずにいつものような殲滅戦を行ったらしい。
そうしてライアン達は、徐々に戦力を削られていった。
「しかし、さすがは歴代最強と謳われた勇者パーティーでしたわね。補給を断たれたたった五人のメンバーに、キルケット中央地区を攻め落とすために集まっていた黒い翼の精鋭部隊百名が、ほとんど壊滅させられてしまいましたもの」
そして最後には、ダコラスや正体を現したアルミラといった黒い翼の幹部クラスとの激戦となった。
実力が拮抗する中、最後の決着は黒い翼の首領が参戦することでついた。
「あの時、黒い翼は相当な痛手を負わされましたわ。最後は首領が自ら最前線に赴くという判断をする程には、ね」
そのため、その年はキルケットオークションでの黒い翼による被害がほとんどなかった。
そしてその翌年である昨年も、シルクレッドなどの新参者を中心にした軽い戦力しか整わず、黒い翼による襲撃は大した成果を収められなかったということだった。
「ライアンは、お前の裏切りを知った時になにか言っていたか?」
「『俺の物でなくなるのなら、死ね』と、それだけ……」
なんか、ライアンらしいと言えばライアンらしいセリフだった。
魔法力の尽きた妻達をゴーランに任せ、たった一人でアルミラに挑んだライアンは、最後の最後まで剣を握って戦い続けたそうだ。
「お前は……、あいつらが今どこにいるか知っているのか?」
「冥界ですわ。最後は首領の魔術で五人仲良く時空の狭間に飲み込まれていましたもの」
「……」
冥界。
それは死後に肉体から抜け出した人間のマナが行くとされる場所。
だが、ライアンたちが死後の世界にいるのだとすれば、そのキズナ石が光るはずはなかった。
「……」
アルミラが嘘をついているのか。
もしくは、俺の知らない何らかの理由で、そのキズナ石の輝きが消えていないのか。
俺の脳裏には、フィーナの行方を必死に探すリオラの顔が浮かんでいた。
ライアンたちの行先が冥界じゃ、どれだけこの世界を探し回ったところで絶対に見つかるはずはなかった。
→→→→→
「アルバスッ‼︎」
そこで、息を荒げながらロロイが戻ってきた。
「あら。話の途中ですけど、ここまでのようですわね。さぁ、約束通り『水魔龍ウラムスの含魔石』を渡しなさい」
話は終わりだとばかりに、アルミラが立ち上がって俺たちに向き直った。
「悪いが、少し離れていてもらいたい。その後で、そこの岩の上に置く」
「いいですわよ」
そう言って、アルミラは少し距離をとった。
「倉庫取出」
俺がそう唱えると、俺の手のひらの中に『水魔龍ウラムスの含魔石』が出現した。
俺はそれを目の前の岩の上に置き、ロロイとともにゆっくりと後ろに下がった。
「これでいいだろう?」
「ええ、すぐに品物を確かめさせてもらいますわ」
「じゃあ、俺たちはもう行くぞ」
そう言って、ロロイとともに歩き出した俺の背中に……
「あら、まさか本当に見逃してもらえるとでも?」
そう、アルミラが非情な声をかけたのだった。
全く……
こういう時ばかり予想通りに事が進むことについて、俺は本当に腹が立っていた。




