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39 あの日の真相①

目を覚まし、俺から現在の状況を聞いたロロイは、泣き喚きながら激昂していた。


「なんでッ⁉︎ ロロイが本気を出したらこんなやつすぐにやっつけてやるのですよッ‼」


「ロロイ……もうそれ以上は喋るな。まずは、みんなをキルケットに無事に帰らせることが先決だろう?」


俺は、諭すようにゆっくりとロロイに語りかけた。


「その代わり。皆の帰還を知らせに戻る役は、お前に頼みたい」


「……」


「意味は、分かるよな?」


ロロイは俺の目をまっすぐに見返しながら、ゆっくりと頷いた。


「ロロイが戻るまでに死んだら、承知しないのです‼」


「わかってるさ、大丈夫」


「絶対、なのですよ?」


「ああ」


そして、ロロイ達は荷馬車に気絶したバージェスとノルンを乗せ、それをロロイ達が人力で引きながらキルケバール街道の方へと向かっていった。



→→→→→



俺とアルミラ、そしてルージュの三人で、森のはずれでロロイの帰還を待っていた。

大樹を背にした俺の正面にアルミラ、側面にルージュがいる。


「ルージュは少し離れていてもらえないか? ……あまりにも信用できない」


「ふん、私の『忘却の魔眼』はそんなに万能なスキルじゃないわよ」


「その言葉すら、信用ならないんだよ」


「ふん……」


鼻を鳴らしたルージュは、アルミラに視線で促されて少し離れた場所に移動した。


最もまずい事態は、アルミラによって俺が無理やり拘束され、ルージュの忘却の魔眼を使われてしまうことだろう。

念のため、カルロが所持していた『呪い除け』の効果のあるアイテム『マカラの鉄像』を秘密裏に借り受けてはいるが、それでも防ぎきれなかった場合などはいろいろと厄介だ。

それに、本当に食らってしまった場合にどういった効果があるのかもよくわからない。


ルージュに関する記憶を失った状態の俺が、再び今のこの作戦を継続できるのかどうかもわからなかった。


『魔眼は万能ではない』とは言うものの、少なくともライアン達や紅蓮の鉄槌はまんまと嵌められたわけなのだから、ルージュには最大限の警戒をしておくべきだろう。


既に舞台は整いつつあった。

あとは、足掻けるだけ足掻くだけだ。



→→→→→



「随分と質の良い薬草ですわね」


俺が左腕の傷口に塗り込んでいるアルカナの薬「血止め&痛み止めの薬草ペースト(特級効果)」を見て、アルミラが話しかけてきた。


「わかるのか?」


「獣人は人工物である回復薬を好みませんわ」


「そうだったな」


アルミラがライアンのパーティーに加入した直後、俺が体力回復薬を渡そうとした際に、それをはたき落とされて瓶を割られたことがあった。

それ以来俺は、アルミラのために一部薬草関係の物資も仕入れておくようになったのだった。

そのあたりは、俺がヤック村での再スタート時に、薬草一本での商売が成り立つと本気で思っていた根拠であったりもする。


ちなみにアルミラは、薬草にはやたらとうるさくて、町や都市ごとに度々購入場所の指定までしてきていた。


「……使うか?」


俺は、そう言ってアルカナの薬草ペーストの中でも飛び切り強力なやつを差し出した。

クラリスにつけられたアルミラの腕の傷からは、未だに多少の血が滴っている。


「いりませんわ」


「……そうか。一応半分は優しさだったんだけどな」


「そのもう半分は、その薬の強力な痛み止めの麻痺効果で、わたくしの腕の感覚を持っていくつもりだったんでしょう?」


……バレたか。

アルカナのこの薬草ペーストには、獣人族を酩酊状態にするマンタビの葉の成分が含まれていた。

それは獣人族以外には通常の痛み止めとして使われるのだが、獣人族にとっては強力な麻酔薬となるのだ。


「まだまだやる気満々なんだなお前。分量は大したことないから大した麻痺にはならないぞ。それに半分が優しさだっていうのは本当だ」


「相変わらず、ふざけた男ですわね」


そう言って、アルミラは視線をそらした。

アルミラのこの反応から察するに、相手側はいまだ完全なる臨戦態勢だった。


簡単に見逃がしてくれる気はないらしい。

……やっぱり、やるしかないみたいだな。



「それで……、いったいいつからなんだ?」


「なにが?」


「お前は、いつから黒い翼のメンバーなんだ? って話だ」


「六歳の時。首領に拾われて以来ずっと……」


アルミラは、ぶっきらぼうにそう答えた。


「当時は『黒い翼』などとは名乗っておりませんでしたけどね」


「……そうか」


アルミラが六歳というと、今から二十年以上も前の話だ。

つまりは俺がライアンと出会うよりもさらに前から、アルミラは盗賊だったという事になる。


「ライアン達とは、二年前のヤック村で道が別れたと思っていたけれど……、お前だけは最初から全く違う方向を向いていたというわけか」


「……そうですわね」


それならもう、仕方がないだろう。

アルミラが初めから盗賊団の一員だったということは……

もしかしたらライアンのパーティーに加入したことすらも、始めからライアンの持つ各種魔龍由来の武具を含む貴重なアイテムコレクションを奪うことが目的だったのかもしれない。


「……」


だが、そうなると……

アルミラをライアンに紹介してきた第三皇妃サラ・リオン・ノスタルシアや、その背後にいる獣王ビストガルドは、そのことを知っているのだろうか?


第三皇妃のサラは獣人族であり、獣王ビストガルドの異母妹に当たる。

もし、彼らがアルミラの裏の顔を知った上で、アルミラをライアンのパーティーメンバーとして紹介してきたのだとしたら。

黒い翼とその首領というのは……


そんな恐ろしい考えに行き当たり、俺は戦慄した。


「ついでに、もう一ついいことを教えて差しあげますわ」


「なにを、だ?」


「あなたがライアンのパーティーを追放された件について」


「教えるも何も、あれはライアンの気まぐれ以外の何物でもないだろう?」


俺がそう言うと、アルミラが笑い出した。


「ふふっ。切れ者のようでいて、身内のすることには随分と甘い考えしか持っていないのですわね」


「……どういう意味だ?」


「ライアンたちは最強のパーティーだった。個人個人の技能が突出していて、極限まで高められていた」


「……ああ」


そんなことは、言うまでもない。


勇者パーティーの前衛は、敵の弱点を完璧に見抜く勇者ライアンと、最強の攻撃力を持った黒金の魔術師ルシュフェルド。

中衛は、攻と防とサポートを同時にこなす獣使いアルミラと、仲間の防御に特化しながらそれを攻撃にも転用できる戦士ゴーラン。

後衛は、最高レベルの白魔術を扱う聖女ジオリーヌと、各種の有用なサポートスキルを持った皇女フィーナ。

そんな、最強レベルの技能を持ったメンバーたちが集まっていた。


「そして……個人個人が特定の技能に特化しすぎているせいで、各々の得意とすること以外は基本的には他人任せ。だから彼らには、一般常識の大部分が欠けていましたわ。ライアンなどはその最たるもので、見るだけですべてのモンスターの弱点が分かり、全て難なく討伐できてしまうせいで、そもそものモンスターの生態や生息域なんかには全くの無頓着でしたわね」


「確かに、そうだったな」


ルシュフェルドなんかも、ライアンが『神の目』で見た情報をもとに、その指示通りの属性魔術を指示通りの出力で放つのが基本だった。

だからたぶん。数々の魔龍の魔障フィールドを突き破りながらも、下手をしたら通常の魔障フィールド解析の段取りすら知らないかもしれない。


「そんな中において、パーティーの知識と知恵の部分をつかさどり、各種支援アイテムによってその最強戦力を常に最高の状態に保つために暗躍するあなたという存在は、ライアンのパーティーの影の要ともいえる存在だったのですわ」


「……買い被りだろう?」


「そう。つまりあなたは、自分の能力を何もわかっていなかった。むしろライアンたちの方がより正確にあなたの能力を理解していましたわ。弱いから追放(・・・・・・)? あれは聞いてて笑いを堪えるのに必死でしたわ」


「……どういうことだ?」


俺がそう尋ねると、アルミラは目を細めて薄ら笑いを浮かべた。

何か重大な秘密を言う前に、俺の反応を見て楽しんでいるように見えた。

そして……


「あなたが勇者パーティーを追放された理由は、全くの別にあった」


その、衝撃的な一言を言い放ったのだった。


「なっ……」


「あの追放は、わたくしとルージュが裏で仕組みましたの。あなたの追放により、あのパーティーから知識を奪い、補給を断って壊滅させるために、ね」


つまりそれは手順を踏んだ『パーティーブレイク』だった。

パーティーブレイカーと呼ばれる黒い翼の『ルージュ』

勇者ライアンのパーティーは二年前、そのターゲットにされていたのだった。


「……」


アルミラの言葉が頭の中をふらふらと浮遊し、やがてカチリとどこかに収まった。

そしてなぜか、その真相は俺の中で意外としっくり来てしまったのだった。

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