36 圧倒的な力
「ア……」
「あら。もしかして、少し見ないうちに喋ることすらできなくなったのかしら? アルバス」
不敵な笑みを浮かべるその女。
「相変わらずの無能っぷりですわね」
「ア……、アルミ……ラ?」
獣使いアルミラ。
勇者パーティーのメンバーであり、勇者ライアンの第四夫人。
行方が分からなくなっているはずの勇者パーティーの一人が、なぜかそこにいて……
ロロイとバージェスを一瞬で戦闘不能にしたのち。
黒い翼のルージュの隣に立っているのだった。
「……どういう、ことだ?」
絞り出せた言葉は、それだけだった。
「『どういうことだ』とは? いつも通り、言っていることが意味不明ですわね」
その突き放すような冷たい言葉に、どこか懐かしささえも感じてしまう。
だが、少し回り始めた頭で考える限り、これは最悪の状況だった。
勇者パーティー最強の闘士、アルミラ。
彼女には、今の俺達が束になっても全く敵わない。
その証拠に奴は、いましがたロロイとバージェスを瞬く間に戦闘不能にしていた。
もし、アルミラが本当にルージュの側に付いているのならば……
直接戦闘では俺たちに万に一つの勝ち目もない状況だった。
「なんでお前が、黒い翼のルージュと一緒にいるんだ? そいつは、ライアン達を嵌めて武具を奪った、盗賊団の女だろう。お前らは、いったいどういう繋がりなんだ?」
なんとか絞り出した俺の言葉を聞き、アルミラが笑いだした。
「『どういう繋がりなんだ?』ですって? アルバス、あなた相変わらず鈍いんですわね」
「……」
「わたくしが、今ここに盗賊団と共にいる理由。そんなの、ひとつしかないでしょうに」
盗賊団『黒い翼』は、キルケットのみならず中央大陸全土でも、最近名前を聞くようになってきた盗賊団だった。
幹部クラスにはかなりの実力者がそろっているという噂もあったが、自警団や騎士団に捕まるのは末端の構成員ばかり。
各地で暗躍を繰り広げながらもなかなか尻尾をつかませないため、その全貌はほとんど明らかになっていなかった。
「お前も……黒い翼の一味だってことか?」
言葉が宙ぶらりんだった。
それは、自分の声ではないように聞こえた。
目の前に突きつけられている事実。
俺には、それがどうしても信じられなかった。
「お前。本当に、アルミラなのか?」
「あら、六年間もパーティーを組んでいたメンバーの顔を忘れるだなんて、ついに頭が腐ってしまったのかしら?」
獣使いアルミラは、いつものように俺を馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながらそう言った。
「そのルードキマイラは、お前の配下なのか? じゃあ、さっきまでのルードキマイラも……」
「下級の獣みたいにキャンキャン喚かないでくださる? 耳障りですわ」
「いいから質問に答えろっ‼︎」
返答によっては……
いや、それはもうとっくに分かりきっていることだった。
「……」
そして、アルミラの顔から薄ら笑いが消えた。
「ルードキマイラは、私がこの西大陸に持ち込みましたの」
「……何のために?」
「それを、あなたに言う必要がありますの?」
「あるだろう。ついさっき襲われた。あと、一応は元パーティーメンバーだ」
「いっそ、襲われたまま死ねばよかったのに……」
「……」
相変わらずの対応だ。
苛つきを通り越して懐かしささえ覚えてしまう。
だが、ルードキマイラを持ち込んだのが本当にアルミラだとすれば。
ルードキマイラによってキルケットの冒険者達が受けた一連の大損害は、全てアルミラによって引き起こされたものだということになる。
なぜ?
なんのために?
勇者パーティーとして、これまでに多くの人々を救ってきたアルミラが……なぜ?
「さて、感動の再会はその辺にして、そろそろ本題に入りましょうか」
そう言って、ルージュが少し前に進み出た。
俺は彼女の目を見ないようにと目を伏せ、足元を注視した。
「本題?」
「盗賊団としての本題よ。つまりはお仕事の……品物の話」
「……何が欲しい? マナか? 水魔力ウラムスの含魔石か? それとも、海竜ラプロスの素材か?」
俺の持っている物の中で、価値の高いものといえばその辺りだろう。
土地建物や劇場などは、盗賊が持っていても仕方がないものだ。
「話が早くて助かるわ」
そう言って、ルージュがニンマリと笑った気配がした。
「私たちは、あなたの持つ未加工の『水魔龍の含魔石』が欲しい。素直に渡すのならば、この場は見逃してあげるわ」
「そのために……」
「ん?」
「そんな物のために、こんなことをしたのか?」
紅蓮の鉄槌を嵌めて窮地に陥れ、バージェスと俺をこの場に呼び込んだのは、本当にそんなことのためだったというのか……?
「水魔龍を倒すほどの力を持ったあなたの護衛戦力。それを、わたくし達はライアンやルシュフェルドを擁する、わたくしが加入する前の勇者パーティー並みであると想定していましたの」
勇者パーティ―中最強の戦闘力を持っていたアルミラをもってしても、力づくではどうにもならないほどの戦力。
アルミラ達は、俺の護衛戦力をそう見ていた。
だからこそ、奴らはこのような策を練って事にあったのだった。
「ただまぁ、全くの見当違いだったようですけれど……」
そう言って、アルミラは地面に倒れ伏しているロロイとバージェスを見やった。
「当初の計画では、あなたの義妹を人質にして、その監禁場所の情報と引き換えに『水魔龍の含魔石』を要求する予定だったんですわ」
しかし、そこで一つ問題が起きた。
ダコラスがバージェスへの私怨を晴らすことを優先して勝手な抜け駆けをしたのだ。
本来の計画ならば、バージェスに伝えられたクラリスの危機は、俺に直接伝えられるはずだった。
バージェスの話ではルージュもダコラスと共謀していたようだが、ここではダコラスとジャハルの勝手な行動だという話になっていた。
「あの忌々しいクソ野郎共が、わたくし達の計画をめちゃくちゃにしやがりましたの」
なんにせよ、結局はダコラスがバージェスに敗れ、最期にクラリスの居場所をバラしてしまったことが問題だった。
そのことにより、アルミラ達は完全に計画を変更し、俺の部隊と直接対決をせざるを得なくなった。
本来ならば、アルミラ達は俺との直接対決を避けたかったはずだ。
それは、相手側にとってもある種の賭けだったのだろう。
ただ、アルミラ達はその賭けに勝った。
武力によるぶつかり合いの結果は、見ての通りだった。
ロロイは、単身で水魔龍を討伐したとはいえ、それは魔宝珠による無尽水源の制御権の奪い合いに勝ったが故だった。
単純な戦闘力だけで水魔龍を討伐したわけではない。
そして、アルミラ達の方が戦闘力で優っていることが証明された今、やつらは武力による脅しで『水魔龍の含魔石』を要求している、というわけだった。
「俺が『渡さない』と言ったら?」
「後ろの護衛達に一人ずつ死んでもらいますわ。そして、全員が死んであなたが一人きりになったら、次はその身体の頭から遠い場所から順番にぐちゃぐちゃに潰していってあげますわ。あなたが、わたくし達の言うことを聞きたくなるまで、ね」
「そりゃ、怖いな……」
「そうでしょう?」
まぁたぶん、この女ならそのくらいは平然とやるんだろうな。
アルミラは獣人国の王『百獣王ビストガルド』直属の四天王の一人であり、獣人の中でも選りすぐりの戦闘力を持った戦士だ。
『獣拳帝アルミラ』の二つ名を持ち、単純な戦闘能力だけでいえば勇者ライアンを超えるほどの実力者だった。
そんなアルミラが相手では、バージェスとロロイが二人がかりで戦っても、たとえ不意を突かれなかったとしても全く歯が立たないだろう。
俺たちと相手側の間には、それ程までの圧倒的な戦力差があった。
さらに、こちらは非戦闘員が二名に、命からがら生き延びた負傷者が五名いる。
また、ロロイもバージェスもダメージが大きく、まだ意識すら戻っていないようだった。
これでは逃げることもままならない。
さて、この状況でどうするか……
俺の頭は、必死になってこの状況の打開策を探していた。
そんな俺の後ろで、クラリスが剣をかまえる気配がした。