35 獣使い
「わかった。なら、さっさとこんな場所からは撤退しよう」
だがそうなると、どうやって気絶している五人を地上まで運ぶかということが問題だった。
正直言って、俺は紅蓮の鉄槌の5人が全員生存しているというこの状況をほとんど想定していなかった。
普通に考えれば、ルードキマイラに襲われた中級冒険者のパーティーが全員無事に生還する確率など、間違いなくほぼゼロだろう。
「だが、どうやって全員を地上に連れ出すか。そこが問題だな」
「紅蓮の鉄槌の方々は、体力が回復して目を覚ましさえすれば、おそらく自力で歩けるかと思います」
「なら、それを待つか」
カリーナの言葉を聞き、そういうことになった。
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最初に目を覚ましたのはビビだった。
「私……生きて、る? ルードキマイラに襲われて思いっきり身体を切られて……あれ? 服が……」
ビビには、俺の倉庫から出した適当な服をカリーナに手渡して着せていた。
「大丈夫か、ビビ?」
「えっ⁉︎ アルバスさん?」
全く状況が飲み込めないビビに、体力回復薬を手渡して状況を説明してやった。
クラリスから断片的に聞き取った話も込みだ。
「そんなことが……」
横で寝ているクラリスを見て、ビビは言葉を失っていた。
そして、ルッツ、スルト、クラリスが次々と目を覚ましていった。
皆、抱き合って互いの無事を喜び合っていた。
ただ、ノルンだけはいつまでも目を覚さなかった。
「俺が背負って歩きます。魔術師なので動きの制限は問題になりませんから」
スルトがそう申し出た。
そして目が覚めないノルンをスルトに任せ、そのまま地上への移動を始めることになった。
先頭にロロイ、最後尾にバージェス。
中央に俺とカリーナと紅蓮の鉄槌の五人という陣形で洞窟内を戻る。
「懐かしいなぁ。人数はだいぶ増えてるけど、なんだかアース遺跡の時を思い出すな」
「またクラリスと一緒なのです」
「二人とも、生還を喜び合うのはキルケットに着いてからだぞ」
安堵して、ここがまだ敵地の真っ只中だということを忘れてもらっては困る。
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「もうすぐだ。後五分ほど歩けば入口の大穴にでる」
時間的には既に朝日が登っている頃だろう。
前方の竪穴の底へ続く道に、薄ぼんやりとした光が差し込んできていた。
日の光が差せば、森の中の道も一気に歩きやすくなるだろう。
「外の連中を待たせすぎたな」
回復のためにかなりの時間を使ってしまったから、きっとなかなか地上に戻らない俺たちを心配しているだろう。
「あれ、他にも誰か来てるのか?」
クラリスが魔力回復薬を飲み干しながら聞いてきた。
「ああ。バージェスと一緒にルードキマイラを追っていたケイトとドードリアン。それに、ミトラの護衛に就いていたカルロだ。あと、一応ミリリ……ルージュ、もか」
最後のその名前を聞いた途端に、クラリスの顔が引き攣った。
「ルージュもいるのか⁉︎ あいつは敵だぞ‼︎ 私たちはあいつのせいでルードキマイラに襲われたんだ」
「ルージュについては、『忘却の魔眼』の件まで含めだいたいのことは把握している。バージェス達も嵌められたからな。だから今は、魔眼封じの目隠しをしたうえで、身体を拘束してる」
俺がそう答えると、クラリスが安堵の表情を浮かべた。
「獣人ダコラスを倒して、ルージュも拘束済みか……。やっぱり、アルバス達はとんでもないパーティーなんだな」
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そうして、さらに洞窟内を進み、出口に差し掛かった。
そこで……
「やっと戻ってきた。さすがに待ちくたびれたわよ」
そう言いながら、一人の女が待ち構えていた。
「ルージュッ⁉」
「捕まってたんじゃないのか?」
「残念。私の仲間はダコラスだけじゃないのよ」
その可能性までを視野に入れ、カルロ達を地上に残してきたんだがな。
クラリスが見たというジャハルや、シルクレットとその妻程度の相手であれば、上の三人が遅れをとるようなことはないはずだった。
「上……の三人は、無事か?」
俺の言葉に、ルージュが薄笑いを浮かべた。
そんなルージュに対して、ロロイがいきなり遠隔打撃を放った。
「ッ‼︎」
だがその打撃が当たる寸前、ルージュの後ろからウルフェスが飛び出してきて、代わりにロロイの攻撃を受けて弾け飛んだ。
「あのウルフェス……」
「ああ、どう考えても並のウルフェスの動きじゃないな」
そもそも普通のウルフェスは、ロロイの攻撃に反応して身代わりになるほどの速度は出せないだろう。
「獣使いのダコラスは、倒したはずだぞ……」
最前列までやってきたバージェスが、剣を構えながら困惑の声を上げた。
「他にも獣使いがいたってことだろうな……」
「あら、面白い考察ね」
薄ら笑いを浮かべるルージュは、ゆっくりと構えていた短剣を納めた。
そしていきなりスルリと俺の視界に入り込んできた。
「あっ……」
そして、ジッと俺の顔を見つめる。
瞬間的にフワリと不思議な感覚が視界から脳内に広がり始める。
「ダメなのですよ!」
だがその感覚は、俺の目の前に立ちはだかったロロイによってかき消された。
同時にロロイが放った攻撃により、ルージュは一気に後退した。
「アルバス、あいつ今なんかしようとしてたのです。護衛の後ろに隠れているのです」
ロロイは既に全身に鉄壁スキルを纏っている。
「残念。見かけによらず鋭い護衛ね」
相手に向けて放つタイプの魔眼系のスキルなどは、魔障壁や鉄壁スキルなどで防ぐことができる。
ロロイは感覚的にそれを理解し、身体を鉄壁スキルで覆いそれを遮ったのだ。
「マジで頼りになる護衛だな」
「あいつ、今からもう一度ぶん殴って気絶させてやるのです」
「ああ、頼む。あいつには、まだまだ聞きたいことが山ほどある」
俺がそう言うと、ルージュは再び短剣を抜いて薄ら笑いを浮かべた。
「例えば、どんなことかしら?」
「そうだな、例えば『勇者ライアン達の行方』とかかな」
「あらあら、面白いことを思い出しちゃったのね。そういえばあなたが勇者パーティーを追放された時、最後に『忘却の魔眼』を使っていなかったわね」
これで、ルージュがミリリであることが確定した。
「使わなかったというより、使えなかったんだろ? 『神の目』を持つライアンの前でそんなものを使い、もし看過されでもしたら計画が台無しだろうからな」
また、ルージュは知らないのだろうが、フィーナの『光精霊の加護』でも、おそらくはルージュのスキルを看過することが出来るだろう。
「さぁ、どうかしらね」
再び構えたルージュに反応して、ロロイも構えを取る。
ロロイが動こうすると同時に、ルージュの背後から唸り声が聞こえた。
そして、背後の闇の中から二体のルードキマイラが姿を現したのだった。
ルードキマイラを複数体も使役できるような獣使いが、そうそう何人もいるとは考えられない。
「ダコラスが生きていたのか……」
だが、瀕死の重傷を負っているダコラスが、いまだにルードキマイラを支配下に置いているというのも疑問が残る。
「いや……、ダコラス並みの獣使いが、他にもいるってことか?」
「盛大な勘違いをしているみたいだけど。獣使いは、最初からずーっと一人だけなのよ」
ミリリがおかしそうに笑いながらそう言った。
そして次の瞬間、ミリリの背後から黒い人影が飛び出してきた。
→→→→→
その出来事は一瞬だった。
危機に対する感覚がずば抜けて鋭いはずのロロイがそれに気づいた時には、もう完全に間合いを詰められた後だった。
「シャアァァァーーっ⁉︎」
鋭い咆哮を上げながら、瞬時に俺たちのパーティーの間近まで側近してきた黒い影。
「早すぎっ……」
ロロイが何かを言いかけた次の瞬間。
ロロイは下から突き上げるような拳を喰らい、洞窟の天井まで吹っ飛ばされていた。
そして、背中から激しく天井に衝突する。
「ロロイッ⁉︎」
ロロイはドサリと地面に落ちて、そのままピクリとも動かなくなった。
「ロ……ロイ……」
俺の目の前で、そいつがニヤリと笑って俺を見た。
その顔を見たとたん。
俺の思考は、完全に止まってしまった。
「うぉぉぉおおおーーっ‼︎」
サイドから一気に間合いを詰めたバージェスが、二刀流の連続攻撃を放つ。
あまりにも激しい斬撃の嵐。
だが、バージェスの攻撃はそのことごとくがかわされてしまっていた。
「待てバージェス‼︎ そいつは……」
「……目障り」
ドドンッ‼︎ と大きな音を立てて腹と胸に数発くらい、バージェスは血を吐き出しながらその場に膝をついた。
さらに顔面に蹴りの追撃を喰らって、洞窟奥に向かって転げていった。
「バージェス……」
あのロロイとバージェスが、わずか30秒にも満たない時間で戦闘不能にされてしまった。
「なんで、お前が……?」
頭が混乱する。
とてつもない戦闘力を持ったその女に、俺は見覚えがあった。
だが、なぜそいつがここにいて、ロロイとバージェスに向かって拳を振るったのかがわからない。
全くわからない。
全然わからない。
ただ一つ、わかることは……
もし彼女が敵なのだとすれば、この場の戦況は絶望的なものだということだった。
「ア……」
喉が乾いて、続く名前が出なかった。
新年明けましておめでとうございます。
新年早々気になる感じの引きですみません。
元々のスケジュールだと、この話が年末に来る予定でした(笑)
「ア……」
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。




