34 救出
洞穴の内部は、しばらくは単純な一本道だった。
大声を出してクラリス達に呼びかけたい衝動に駆られながらも、洞穴内に住み着いているであろうモンスター達を刺激するリスクを考え、静かに、そして慎重に歩みを進めた。
道には点々とゴブリンの亡骸が転がっている。
たまに10〜20体程度固まって倒れている場所では、おそらく激しい戦闘があったのだろう。
念のためそれらの亡骸を全て倉庫に突っ込みながら、何かの見落としがないか。また、その亡骸の中に人間が混じっていないかを確認しながら先へと進んだ。
たまに、生きているゴブリンにも遭遇したが、そのほとんどがバージェスの剣の一撃で亡骸となった。
「次は、たぶん右だな」
カリーナの感じとった『クラリスがいるであろう方向』に向かい、いくつかの分岐を選択して進んでいく。
「これは……。左側の小さい方の穴だ」
グネグネとうねる洞窟の道を歩き、何度か体をかがめたり、戻って道を修正したりしながら移動を続けた。
そして、気づけば縦穴を降りてから30分程が経過していた。
「距離的には、そろそろ近いはずだ」
「これだけあちこち曲がりながら進んでいて、よくそれがわかりますね……」
俺の地図作成スキルに慣れているロロイとバージェスはともかく、カリーナにとってそれは驚くべきことだったようだ。
「まぁ、な」
そして、ついにその場所にたどり着いた。
→→→→→
五体ほどモンスターが暗闇の中から俺たちに向かってきて、バージェスに斬り殺された。
「バージェスなのか……。ほんとに……?」
その、モンスターが現れた暗闇の奥から、誰かの声がした。
「クラリスッ‼︎」
バージェスがそう叫び、ロロイが魔宝珠の明かりの範囲を広げた。
「クラリスなのですかっ⁉︎」
その魔宝珠の明かりに照らし出された先には、そこにはおびただしい数のモンスターの亡骸が転がっていた。
そこでは、かなり激しい戦闘があったのだろう。
ゴブリン、ボスゴブリン、ウルフェス、ウルルフェス、サルース。
そして、ロードゴブリン。
そんな激戦区のさらに先の通路脇の窪みに、魔障壁が張られていた。
先程の声は、その窪みの中から聞こえてきたようだった。
「バージェス……。アルバス、ロロイ……」
再び、声がした。
「クラリスッ‼︎」
四人で走り寄ると、その窪みの中にクラリスがいた。
そして、入口の魔障壁の他に、クラリスの背後にもう一枚の魔障壁が張られていて……
その奥に、四人分の身体が見えた。
「本当に? 幻とかじゃないよな?」
クラリスは俺たちの姿を見てヘナヘナと床に座り込んだ。
そしてそれと同時に、窪みを覆っていた魔障壁が消えた。
「よかった。よく……生きてたな」
バージェスは、走り寄ってクラリスの身体を抱き締めた。
「うぅ……。うわぁぁ……うぅぅ……」
最近は滅多なことでは泣かなくなっていたクラリスが、久しぶりに涙を見せている。
安堵からか、ボロボロととめどなく涙が溢れさせていた。
そんなクラリスの背後には、ぐったりとした紅蓮の鉄槌の面々が横たわっていた。
意識はないようだが、胸の上下動がある。
全員、息はあるようだった。
早速、白魔術師のカリーナが走り寄って行って、全員の容態を確かめ始めた。
見る限り、クラリス以外は全員、もうまともに動けるような状態ではないようだ。
服や装備品もボロボロだった。
ただ、生きている。
そして、全員が生きていることに俺はかなりの驚きを覚えていた。
獣使いに調教された二体のルードキマイラと遭遇して、中級ランクの冒険者パーティーがまともに生き残れるはずがない。
ルードキマイラとの激戦があったあの広場でも、周囲をしっかりと探せば誰かしらの亡骸があるものだと思っていた。
「ルードキマイラがいたんだ。それも二体。それをなんとか倒したんだけど……。獣人の大男とこの前のジャハルってじいさんが現れて……、わたしたちをこの洞窟に……。外からもどんどんモンスターが降りてくるから、そのまま追われながら奥に逃げてきたんだ」
「その獣人なら、もうバージェスが倒した」
「そうか。やっぱり凄いな、バージェスは」
少し笑ったあと。
安堵からか、クラリスはバージェスに身体を預けて目を瞑った。
「一晩中ここで粘っていたのか……」
おそらくは後ろにいる魔術師たちの持ち物だったのだろう。
そこかしこに魔力回復薬の空き瓶が転がっていた。
他の全員が気絶している以上、今の魔障壁はクラリスが展開していたはずだ。
ここでモンスター達との死闘を繰り広げ、使い慣れない魔障壁で仲間を守りながら一晩中耐え続けた。
体力の続く限り戦って、疲れ果てた後は魔障壁で粘る。
そしてまた体力が回復したら、外側の魔障壁だけを解除してモンスターと戦う。
そんな綱渡りのようギリギリの戦いのその果てに、全員で生き残った。
クラリスの手にはゴブリンから奪ったであろうボロボロに刃こぼれした剣が握られていた。
「そんな武器で、よく戦い抜いたな……」
凄まじいまでのスタミナと胆力だ。
さらには、周辺に転がっている亡骸には上級モンスターであるロードゴブリンさえもが混じっていた。
ロードゴブリンはいくつもの巣穴を束ねるゴブリンの長だ。
軽く200体を超えるゴブリンが配下にいるはずだった。
また、ここにいるゴブリンの亡骸についた傷は、広場で見たルードキマイラの傷と似通っていた。
おそらく、武器は違えども同じ技術を用いて切り付けられたのだろう。
そうなると、あの二体のルードキマイラも、クラリスが討伐したもので間違いないだろう。
これほどの戦闘を生き抜いたクラリスは、俺の知っているクラリスとは別人のような腕前の冒険者だった。
あえて冒険者としてのランク付けをするならば、確実に特級クラスだろう。
クラリスは全身に無数の傷を負い、いくつかの傷は出血も酷い。
気を抜けばその瞬間に気を失うほどのダメージを負いながら、それでもここで耐え続けたのは。
たぶん背後にいる仲間のためなのだろう。
そして、いずれ助けがくると信じていたから……
「よくやった。本当によく……よく生き抜いてくれた」
バージェスが、目頭を押さえながらそう呟いていた。
「バージェスは、今度から『呪い除け』の付いた装備を付けてくれ。これ、やるからさ」
そう言って、クラリスは首からペンダントを外してバージェスに押し付けた。
その後で、再び目をつぶってそのまま気を失った。
クラリスがバージェスに手渡したそれは『エルフの御守り』だ。
たしか、エルフ族が求婚の際に意中の相手に贈り、相手が受け取ったら求婚が成立するという話だったか……
いや、違ったかな……
→→→→→
その後、カリーナは倒れている紅蓮の鉄槌のメンバー一人一人の身体の状態をチェックして、命に別状がないことを確かめていた。
そして最後の一人、ビビで手が止まる。
「これは……、まさか……」
ビビは上半身が裸で上に薄布を掛けられただけの姿だった。
カリーナが慌ててその布を退けると、腹と胸にかけて歪に癒着した傷跡があった。
ジオリーヌやカリーナの、白魔術による治療痕とは少し違う、身体を溶かしてくっつけたような傷跡だった。
思わず俺もその傷口を見つめていると……
「男性お二人は後ろを向いていてください‼︎」
カリーナに怒られ、俺とバージェスは慌てて後ろを向いた。
「ん? どうかしたのですか?」
周囲の警戒にあたってくれていたロロイがそう言って、俺とバージェスが返答に困ってしどろもどろになった。
「それで、この治療を施したのはどなたですか?」
ゆっくりと目を開けたクラリスの視線が、真ん中で気絶しているノルンに向いた。
「彼女は、白魔術師ですか?」
クラリスが首を横に振る。
「そうですか……」
「何か問題か?」
俺がそう尋ねると、カリーナは静かに首を横に振った。
「いいえ、些細なことです。これは魔術ではなく魔法……スキルに近いものです。白魔術師ギルドの白魔術師にとっては禁忌に近い技ですが……まぁ、私が見なかったことにすれば済む話ですね」
そう言って、カリーナは立ち上がった。
「大丈夫です。全員、命に別状はありませんよ」
それを聞いたクラリスが、安堵のあまり再び涙を見せていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます(^^)
もう年末ですね。
二月に投稿開始してから丸々一年近く、このお話の投稿を続けるモチベを継続できたのは、PVやいいねや感想などで色々反応くださる皆様のおかげです。
投稿中の8章は新年早々に結末を迎える予定ですが、9章の構想なども少しずつ練っているところです。
結末をどうしようかは思案中ですが、なんとか完走できたらいいなと思います。
あと、書籍版の方もどうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m
それでは皆様、良いお年を!




