32 ルージュ?
「ところで、先行部隊のメンバーは4人じゃなかったのか?」
バージェス、黒魔術師のケイト、剣士のドードリアンに加えてもう1人、今回の道案内をさせていたルージュという女がいたはずだ。
「……」
バージェスは無言のまま、地面でケイトとドードリアンに拘束されている女を示した。
「マジか……」
黒魔術師のケイトを人質に取り、ロロイに打ち据えられて気絶したその女こそが、ルージュだった。
「一体何があったんだ?」
「正直言って、俺にもまだよくわからねぇ」
二体のルードキマイラの亡骸があった広場から、バージェス達はルージュに促されるままに血の跡を追って森を進んでいった。
すると、最後にはこの広場に行き当たり、そこで待ち構えていた先ほどの獣人と戦闘になったらしい。
「あいつは、ダコラスだ。以前トトイ神殿跡地でお前を牢獄に閉じ込めた、マーカスギルド長の手下だった男だ」
「やつは、獣人だったのか……」
「ああ。人型から獣人型まで、状況に応じて身体を変化させられるようだ。以前トトイ神殿で戦った時も、最後はあの姿だった。まさか、ルードキマイラをけしかけてきていたのがあいつだったとはな……」
バージェスは、地面に虫の息で横たわる獣人ダコラスを見据えながら忌々しげにそう言った。
ルードキマイラ絡みの騒動で、現在重体となっているシュウという冒険者は、バージェスがヤック村に来る以前にキルケットにいた頃の弟子らしい。
さらに、その頃のバージェスの知り合いが幾人もルードキマイラによってその命を奪われていた。
「そこのルージュもダコラスの一味だったってことか?」
「たぶんな。目を覚ましたら詳しい話を聞く。クラリスの本当の居場所も……」
バージェス達は、ルージュの道案内でここへ誘導された。
そしてそこで、待ち構えていた獣人ダコラスとバージェスが戦闘になった。
それと同時に、どこからともなく現れた魔獣達が周囲を取り囲んだのだ。
そして、そんな状況にも関わらずケイトの『属性付与魔術』で技を強化したバージェスがダコラスを圧倒すると……
突然、ルージュが黒魔術師ケイトを人質にとり、剣士ドードリアンとバージェスを脅し始めたのだ。
『ダコラスの身体に傷がつくたび、ケイトの身体のどこかを短剣で突き刺すわ』
そう言って、バージェスとドードリアンの二人に圧倒的に不利な戦闘を強いていたらしい。
「ダコラスも、ルージュも、一体何者だ……」
そう言ってルージュの顔をよくよく覗きこんだ。
「……えっ?」
そこで俺は、衝撃的なことに気がついた。
それは脳天から全身がビリビリと痺れ、足元が揺らいで身震いするほどの衝撃だ。
「どうしたのですかアルバス?」
ロロイがキョトンとして首を傾げた。
「いや……、まさかそんな……」
「どうした? その女が、どうかしたのか?」
バージェスも、そう言って俺の顔を覗き込んでくる。
服装から何から、かなり様子が変わっていてすぐには気づかなかった。
それに、会ったのは二年前に一度だけだから、今でも絶対の確証はない。
だが今ルージュと呼ばれているその女は……
「……ミリリ?」
かつて勇者パーティーにて、俺の追放と同時に代わりの荷物持ちとして加入したはずの『踊り子のミリリ』と瓜二つの顔をしていた。
「こいつは……ミリリなのか?」
俺は、自分に問いかける様に、再びその名前をつぶやいた。
「ミリリ? そりゃ誰だ?」
勇者ライアンのパーティーは、ミリリの加入後に黒い翼に嵌められて、その貴重な武具のほとんどを奪われたという話だった。
だが、俺は、戦闘の申し子のような彼らが盗賊団なんかに遅れをとるとは到底思えなかった。
それだけがずっと疑問だったのだ。
そこで、ミリリという女がその盗賊と通じていた可能性を視野に入れると、途端に話が違ってくる。
パーティー内に敵の内通者がいた。
それにより、ライアン達は罠に嵌められたのだ。
様々な点で、話がつながったような気がした。
「こいつは以前、俺の代わりに勇者ライアンのパーティーに荷物持ちとして加入した女だ……と、思う。ミリリというのは、その時にそいつが名乗っていた名前だ」
「『偽り名』ですか……」
カルロが鋭い目つきでミリリを見据えながら言った。
「ああ」
『ミリリ』か『ルージュ』か、あるいはその両方か。
この女は、偽りの名を使って他人のパーティーに潜り込んでいた。
紅蓮の鉄槌にも、おそらくはそうして潜り込んでいたのだろう。
「そうなると、この女は黒い翼のメンバーなのだろうな」
俺の脳裏には、先程ジルベルトから聞いた『忘却の魔眼』というスキルを持ち、『パーティーブレイカー』と呼ばれている女盗賊のことが浮かんでいた。
他人のパーティーに潜り込み、パーティーを崩壊させるなど様々な策を用いてターゲットを死地に誘いだす。
今まさに、紅蓮の鉄槌やバージェスの探索隊が受けた策そのものだった。
そして、ライアン達もそうして嵌められたのだ。
「ということは、そこのダコラスも黒い翼だということか?」
「可能性は、高いと思う」
そうなると、そもそもこの一連のルードキマイラの騒動自体が、例年オークションに向けて活動が活発になっている黒い翼の今年の攻めの一手だということになる。
「確かに……そうなるといろいろと思い当たる節がある」
バージェスが歯を食いしばりながら呟いた。
「どんなことだ?」
「ルードキマイラに狙われたのは冒険者ばかりだが、皆それなりの腕利き冒険者でかなり良い装備を持っていた。で、それらの装備品はいまだに見つかっていないものがほとんどだ」
「……そうか」
そうなると、この読みでほぼ間違いないだろう。
「くそっ‼ ……つまりは、そういうことか」
黒い翼は。キルケットで例年通りに商人や街人を狙う傍ら、ルードキマイラの騒動を引き起こし、今年は冒険者までもをターゲットにした盗賊活動を行なっていたのだ。
「くそったれがっ‼︎」
ガンッと、バージェスが地面を殴りつけた。
「とにかく、ミリリが目を覚ましたら詳しく話を聞こう。クラリスの行方についても、たぶんそいつが知っているはずだ」
バージェス達の治療開始の前に、カリーナに『広域生命探知』を使ってもらったところ、この付近にはまだクラリスはいなかった。
後は、闇雲に探すよりもなんとかミリリから方角だけでも聞き出すべきだろう。
「は、かはは……」
その時、背後からか細い笑い声がした。
虫の息となっていたダコラスが、一人で笑い出していた。
「ダコラス……」
バージェスが立ち上がり、その頭の近くまで歩み寄った。
「てめぇは、まだ生きてやがったか」
「ああ、バージェス。忌々しいクソやろう」
「それはお互い様だろう。……お前は、黒い翼なのか?」
「……」
「死ぬ前に、そのくらい答えていけ」
「ああ、そうだ」
「……そうか。さっきは答えなかったが、お前はクラリスの行方を知っているのか?」
「ああ」
「……じゃあ、答えろ‼︎」
「ここから北の丘を越えた先にある、洞穴の中だ。ゴブリン共の巣窟に丸腰のまま叩き落してやったから、もう手遅れかもしれねぇけどな」
「……くっ」
「ああ、クソやろう。どうせ負けるならもっと、ちゃんと……正々堂々と、全力で……ク、ソ……やろ……」
そこまで言って、ダコラスは再び気を失った。
その息遣いが徐々に弱々しくなっていく。
もはや虫の息だ。
このまま放っておいても、息絶えるのは時間の問題だろう。
バージェスは無言のまま、大剣を持って立ち上がった。
そして、ダコラスに背を向け、一人で歩き出そうとしていた。
「待てバージェス。場所に関する情報が少ないし、その話自体真実かどうか疑わしい」
ダコラスが死に際に放ったその言葉すら、また罠の可能性だってある。
「……」
バージェスが鋭い目つきで振り返った。
「だから、なるべく全員で一緒に行ったほうがいいだろう。クラリスのことが心配なのは、俺やロロイも一緒だ」
そう言って俺は、まだぼんやりとした光を放っているクラリスのキズナ石を取り出して見せた。
「あぁ。……すまねぇ」
バージェスが天を仰いで深く息を吸い込んだ。
「少し取り乱してた。もう、大丈夫だ」
「北に進みながら、カリーナの『広域生命探知』で正確な位置を割り出そう。その方が確実に早くクラリスを見つけ出すことができるだろう。彼女が探索の要だ」
「私はもう大丈夫です」
「くそっ、不覚を取った。だけど、もう大丈夫だ」
俺の意図を理解したケイトとドードリアンが、そう言ってカリーナの治療を切り上げて急ぐよう促した。
そして、手足をしっかりと拘束したミリリに、カルロが持っていた魔眼封じの布で目隠しを施し、その身体を担ぎあげながら北の丘へと急いだ。
ミリリを担ぎ上げる役は、バージェス並みにガタイのいいドードリアンに頼むことにした。
【シヴォン大森林、紅蓮の鉄槌探索パーティー】
★第一部隊、第二部隊合流後
魔法剣士バージェス(リーダー・前衛)
武闘家ロロイ(前衛)
剣士ドードリアン(前衛)
武闘家カルロ(中衛/護衛)
黒魔術師ケイト(後衛)
商人アルバス(地形読み/荷物持ち)
白魔術師カリーナ(探索/治療)
黒い翼のルージュ、またはミリリ(捕虜)