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31 バージェスの戦い

「だんだんと近くなってるのです」


走りながら、ロロイが呟いた。


「まだ戦闘中か?」


「うん」


「なら、少し速度を落として見つからないように進もう」


戦闘に途中参戦する際に敵陣営の不意をつけるかどうかは、その後の展開に大きく関わる。


「『広域生命探知』を使いましょうか?」


後ろからカリーナがそう声をかけてきた。


「いや、いい」


戦闘の気配はかなり大きい。

まだまだ距離があるにも関わらず、すでにここまで戦闘音が聞こえてきている。


カルロとカリーナを後ろに待機させ、俺はロロイと共にさらに歩みを進めた。



→→→→→



俺たちがそこにたどり着いた時には、すでにバージェス達の戦闘は佳境に入っていた。


獣のような咆哮をあげながら大剣を振るうバージェス。

火の魔術で極限まで強化された魔法剣は、もはや強烈な光を放つ灼熱を纏った鉄塊と化していた。


そんなバージェスの相手は、バージェスよりもさらに一回り大きな巨躯を持つ魔獣……いや、獣人だった。


俺たちはその光景を、少し小高くなった丘の上から見下ろしていた。


バージェスが繰り出す凄まじい速度の剣戟を、相手の獣人の男が小手で捌いている。


そんな2人の周囲を十数頭の魔獣が取り囲んでおり、その周りにはさらに多くの魔獣の亡骸が転がっていた。

そこにはパッと見でも三体ほどのルードキマイラが混じっているのが見えた。


どうやらシヴォン大森林のルードキマイラは、全部で五体どころの騒ぎではなかったようだ。

その他にそこにいる魔獣達もまた、この西大陸には生息していないはずの種ばかりだった。


「あの獣人が、ルードキマイラを操っていた獣使い……か」


周囲を囲むルードキマイラのうちの一体が身構え、バージェスに向けて飛びかかった。


「おおおっ‼︎」


獣人に向かって一歩踏み込みながら、バージェスが大剣を薙ぎ払う。

それを小手で受けた獣人が大きく弾き飛ばされた。

そしてその獣人が反撃の体勢をとるより早く、反転したバージェスの大剣がルードキマイラを捉えた。


ルードキマイラに向けて横薙ぎに降り抜かれた大剣の一撃は、その頭をかち割って一撃で息の根を止めた。


「……」


とんでもない男だ。

あのルードキマイラを、大剣の一振りで叩き切りやがった。


だが、即座にステップを踏んで反撃に転じた獣人への対応が間に合わず、バージェスは思い切り横腹を殴りつけられて吹き飛ばされた。


「っ‼︎」


飛び出そうとしたロロイの肩をつかんで、それをなんとか押しとどめた。


「なんで止めるのですかっ!」


「あっちの対応が先だ」


怒気のこもった小声で反論するロロイに、俺はバージェス達のさらに先の闇の中を指し示した。


目を凝らすと見えてくる。

そこには、2人の人間がいるようだった。

片方が片方を後ろから羽交締めにして、首筋にナイフのようなものを押し当てているように見える。


「最終的な敵味方の判断は任せる。囚われてるのがバージェスの味方だと判断したら解放してくれ。逆ならそのままバージェスに加勢だ」


不意打ちにより状況をこちらの有利になるように仕向ける。

それこそが、戦闘に途中から参戦する者の特権だ。


バージェスと獣人は、再び距離を取って対峙していた。


「そんなもんかよバージェス。へばるにゃまだ早いぜ」


「人質取っといてよく言うぜ、ダコラス」


風に乗ってかすかに聞こえてきた会話で、敵味方が確定した。

人質を取っている方が敵、人質に取られている方が味方だ。


「……ロロイ、頼む」


俺が視線を送ると、ロロイは頷いて静かに闇に溶け込んでいった。



→→→→→



その戦闘は、ロロイの乱入によって決着がついた。


人質を取っていた女の手からナイフが弾け飛び、さらに顔面を打ち据えられて人質とともに地面に倒れこむ。

そこへ、さらにロロイが追撃を加えて2人を引き離した。


人質を取っていた女は地面に激しく頭を打ち付けて気を失ったようだった。


睨み合っていたバージェスと獣人は、ロロイの遠隔攻撃が放たれると同時にそちらの方を振り返った。

だが、バージェスはそれと同時に前へと飛び出していた。


バージェスの大剣が、獣人のクロスした両腕を右肩と共に斬りつける。

獣人は血を流しながら後ろに逃れたが、バージェスの追撃によってそのまま深々と肩口から胸にかけて激しい斬撃をくらって倒れ伏した。


獣人の男が倒れると、周囲の魔獣達が一斉に吠え始める。


「来たか、ロロイちゃん。なかなか痺れるタイミングだったぜ」


「バージェス。クラリスは?」


「まだだ。だが、居場所はこいつらが知ってるはずだ」


そう言って、バージェスは倒れ伏した獣人と女を示した。


「それじゃあ、とりあえずは周りにいるモンスターをぶちのめすのです‼︎」


ロロイが言い終わるより早く、主人と統制を失った周囲の魔獣達は一斉に退散していった。



→→→→→



「バージェス。無事か?」


戦闘がひと段落付いたのを確認し、俺はカルロ、カリーナとともに丘を下りてバージェス達に合流した。

そして、俺たちの部隊はそのまま一時的な休息に入り、体制を整えていた。

探索をするにしろ、追撃をするにしろ、今こちらの陣営は負傷者が多い。


激戦で満身創痍のバージェスに加え、人質に取られていた黒魔術師の女と、もう1人魔獣にやられて負傷していた緑髪の剣士。

その3人に、カリーナは順番に白魔術による治療を施していった。

バージェスのパーティーについて、黒魔術師の女は『ケイト』、緑髪の剣士は『ドードリアン』というらしい。


「バージェス、無事か?」


「なんとかな。ロロイちゃんが絶妙なタイミングで良い動きをしてくれたおかげだ」


「あんたが無駄に馬鹿でかく放った魔法剣の『合図』のおかげで、そちらの場所が特定できたからな。そのあたりまで全部計算づくだったんだろ?」


「ああ。遠目にそっちの魔宝珠の明かりが見えて、近くまで来ているのはわかっていたからな。お前とロロイちゃんなら、ちゃんと人質の解放(ああいう動き)をしてくれると信じてたぜ」


「ロ……ロロイもちゃんとわかってたのです‼」


ロロイのこの感じは、たぶんそこまではわかってなかったんだろうなぁ。


ロロイは短期的に見た作戦では直感をもとにかなり良い動きをするのだが、長期的な作戦の中での仲間の意図や移り行く状況までを読み込んで動くようなことは苦手なのだった。


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