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28 パーティーブレイク③

開けた大きめの獣道に差し掛かり、そこを走り抜けた。

そして、少し開けた森の広場のような場所に到達した。


ノルンとルージュの姿が見えた。

ノルンは、後ろからルージュに抑えつけられていた。


「ダメッ‼︎ クラリス逃げてッ‼︎」


ノルンが叫んだその直後。

突然、クラリスの真後ろから雷鳴のような爆発音が鳴り響いた。

それは、クラリスの背後の地面を抉り取り、衝撃波でクラリスを弾き飛ばした。


「なんだっ!?」


地面を転がりながらクラリスが見たものは。

周囲に雷電を纏いながら、後方の林の中に立ちはだかる魔獣の姿だった。


「全身を覆う黄色い鱗に、橙色の立て髪。そしてねじれ角……」


背後では、うねる3本の長い尾を振り回している。

それらは、アルバスから聞き及んでいたルードキマイラの特徴そのものであった。


「ルード……キマイラ?」


体勢を立て直しながら、思わず呟いたクラリス。

その魔獣がクラリスを睨みつけると、魔獣の周囲にバチバチという音が鳴り始めた。

そして、次の瞬間には轟音と共に雷撃が放たれた。


「くっ⁉︎ 鉄壁発動(ガード)‼︎」


クラリスはギリギリで鉄壁スキルを発動させたものの、その雷撃を正面からまともにくらってしまった。

スキルで防御しきれなかった衝撃が、熱と痺れとなって全身を駆け巡る。

そして、クラリスは地面へと倒れ込んだ。


かろうじて意識を失わなかったおかげで、全身の痛みとしびれで発狂しそうになる。


「あら、一撃? つまらない。流石にこれじゃ死なないわよね?」


全身の痺れで身動きの取れないクラリスの視線の先には、ノルンを後ろから押さえつけているルージュの姿があった。


「……」


身体がしびれて、声すら出せない。


「あなたが助けを求めた二階の二人には、あなたがいなくなった瞬間に窓の外からスキルを掛けさせてもらったわ。だから……いくら待っても助けとかはこないわよ?」


含み笑いをしながら、ルージュがクラリスを見下ろしていた。


「こっちはあなたが生まれる前から盗賊やってるの。……あんな拙い演技で、私を出し抜けるとでも思ってたの?」


その辺りで、クラリスと同時に最初の雷撃で吹き飛ばされていたルッツ達も、起き上がって状況を把握し始めていた。


「なんだよ。これ、どういうことだ⁉」


みたことのない魔獣。

ノルンを押さえつけているルージュ。

そして地面に倒れ伏しているクラリス。

もはやどこから手をつければいいのか訳がわからないような状況だ。


そこへ、ルージュがさらに皆を混乱させる一言を放つ。


「私が、あなたたちをここへ誘い込ませてもらったわ」


ノルンの背後にて。

その喉元にナイフを押し当てているルージュが、にんまりと嗤う。


「なんなんだよお前はっ!?」


「ノルンを放しなさい⁉︎」


「いや、それよりもそこの魔獣は、まさか……」


ルッツ達はそれぞれに武器を構え、臨戦体勢となった。


みんな逃げろ……


そう声を上げたくても、クラリスの痺れた身体はいうことを聞かなかった。

かろうじて呼吸ができる程度には回復してきていたが、痺れと痛みでまだほとんど身体を動かせない。


クラリスはまた間違えた。

はじめにノルンを押し留められなかったばかりか、結局ルッツ達をここまで呼び込んでしまった。

あの時、剣を抜いてでもルッツ達をキルケットに帰らせていれば……



そうこうしているうちに、ルードキマイラはルッツ達に向き直り、その口を大きく開いた。

口の中に火の魔法力が収束し、それをルッツに向かって解き放った。


ルッツの前に、スルトが飛び出す。


魔障壁(プロテクション)っ‼︎」


ルードキマイラの吐いた火炎は、スルトの魔障壁(プロテクション)によってかき消された。


沼拘束魔術(ヌーマル)‼︎ 拘束魔術(バインド)‼」


ルードキマイラの足元がうねうねと歪んでぬかるみ、その足がずぶりと沈み込んだ。

そしてさらに、上空からネットのような拘束魔術が降り注ぎ、ルードキマイラの身体を地面に縫い付けたのだった。


拘束されたルードキマイラに向けて、ルッツが剣を構えて突進した。

支援魔術によって自由を奪い、剣でトドメを刺す。

これは、紅蓮の鉄槌の必勝戦法の一つだ。


「うらぁぁぁっ⁉︎」


だが……

ルードキマイラはスルトの魔術に拘束されたままで全身から雷撃を放った。


「えっ……」


その雷撃を真正面から受けたルッツが、突進する勢いのままに転げながら地面に倒れた。


「ルッツ⁉︎」


ビビの絶叫が響く中、ルードキマイラが再び雷撃を放つ。

そして、その雷撃でスルトの魔障壁(プロテクション)が粉々に砕け散ったのだった。


「くっ⁉︎」


スルトが慌てて魔障壁(プロテクション)を張り直そうとしたが、雷撃の余波を受けて身体が硬直していてうまくできないようだ。

そんなスルトに対し、拘束魔術を引きちぎったルードキマイラは体当たりを繰り出していた。


「させるかッ‼」


ビビがルードキマイラに挑みかかり、眼球を狙って空中から全力で槍を突き立てた。


「ガァァアアアッッ‼︎」


眼球を突かれて絶叫するルードキマイラが身体を反転させ、それと同時に三本の長い尾が鋭い斬撃となってビビを襲う。


「いっ……⁉︎」


防御に使った鉄製の槍の柄などはいとも簡単に切り裂かれ、ビビは腕と腹に深々と三列の斬撃を受けて吹き飛ばされ、地面に仰向けに倒れたのだった。

切り裂かれたビビの身体から流れ出す鮮血が、徐々に地面を濡らしていく。


「ビビッ⁉︎」


そう叫んでビビに駆け寄ろうとしたスルトは、横からルードキマイラの雷撃を受けた。

それにより、スルトも全身を痺れさせてその場に倒れ伏したのだった。


「ビビ姉ぇ。嘘、だろ……」


なんとか身体を動かそうとしていたルッツが、ルードキマイラによって踏み付けにされた。



「ルッツ……、ビビ。スルト……、クラリス」


ノルンは、四人の仲間達が一瞬で全滅する様を呆然と眺めていた。

どんな強敵にだって立ち向かえると思っていた心強い仲間達は、たった一体の魔獣によって瞬く間に叩きのめされていた。


「ルージュさん……なんで?」


「さぁ、ね。首領の命令だから。かしらね」


そして、ノルンはルージュに後ろから短刀で腹を突き刺された。


「うっ……痛い、よ……」


「じゃあね、ノルン」


ルージュに足蹴にされたノルン。

そんなノルンに向けて、ルードキマイラが雷撃を放った。

ノルンは魔障壁(プロテクション)を張る間も無くその雷撃を受け、呼吸もできないほどに全身をしびれさせて倒れ伏したのだった。



それは、冒険者たちのごくごくありふれた幕切れだ。

ただただ、運が悪かった。

そして、圧倒的に経験が足りていなかった。


パーティーの実力を遥かに超える勝ち目のない敵と遭遇した場合、生き残る方法は一つだけ……

『ひたすら逃げること』だ。


決して、立ち向かってはいけない。


冒険者を長く続けている者ほど、『生き残る』ということに特化している。

そういう者は、こういう場面で正しく逃げ出す(・・・・・・・)ことができる。


今、誰一人としてそれができなかったからこそ、紅蓮の鉄槌はここで全滅したのだった。



→→→→→



「こんなの嫌だ」


やっと言葉が絞り出せるようになった口で、クラリスが呟いた。


「嫌だよ……」


自分の大好きだった仲間たち。

笑顔で別れられたと思っていた。


道は別れても、またいつでも会えると信じていた。

いつの日にか、再び集まって昔話に華を咲かせる。

そんな日々がいつかやってくるものだと、心のどこかで漠然と信じ込んでいた。


でも……

そんな仲間たちは、ここで終わってしまう。


ルードキマイラは血の匂いに引き付けられ、ハァハァと荒い息を吐きながらビビに向かって近づいていっていた。


「嫌だ……」


ルージュの姿は、いつの間にか見えなくなっている。


バージェスなら……

アルバスなら……

ロロイなら……


こんな時にどうする?


バージェスなら、自らがしんがりとなって他のメンバーを逃がそうとするだろう。

アルバスなら、魔獣とだって交渉をし始めるかもしれない。

ロロイなら、そもそもこんなやつには絶対に負けないんだろうな。


全身がしびれて激痛が走る中。

クラリスはゆっくりと立ち上がった。


少なくとも彼らなら三人とも、ここで倒れたまま終りを迎えるような事だけはしないはずだった。


バージェス達のようにやれるかどうかはわからない。

いや、たぶんそれは無理なのだろう。

クラリスはバージェスじゃないし、アルバスでもないし、ロロイでもない。


それでも……

今の自分がやれるだけのことをやる。

じゃないと、絶対に後悔する。


鉄壁発動ガード……、全開だっ‼︎」


後先考えない全力のスキル発動。

そうでもしなければ、ルードキマイラの雷撃は防げない。


「ルッツ、スルト。動けるようになったらビビとノルンを連れて逃げてくれ。すぐに治療を受けさせれば……2人とも助かるかもしれない」


後悔だけはしたくない。


「こいつの相手は、私がする。今度は異論は認めないからなっ‼︎」


そう言ってクラリスは剣を構えた。


クラリスの全身を覆った分厚い闘気の層が、ゆらゆらと大量に漏れ出して大気の中に溶けだしていく。

そして全身を覆う大量の闘気が、少しづつ、少しづつ剣を伝って登っていくことに、クラリスはまだ気付いていなかった。


ただ、目の前のモンスターを1秒でも長く抑えるための方法を考えていた。

ただただ、全力でそれを考えていた。


「だから、さっさと立って逃げろッ‼」


そして、痺れる足で一歩を踏み出したのだった。


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