27 パーティーブレイク②
ルージュが選んできたクエストは『【中級】キルケバール旧街道、旧宿場町のボスゴブリンの討伐×三体』だった。
それはきちんと作戦を立てた上で臨めば、ノルンとクラリスの二人でも十分に対応可能なレベルのクエストだった。
そこに、特級冒険者であるルージュが加われば、全く問題なくこなせるはずのクエストだ。
ただ、クラリスには二つの心配事があった。
一つは指定場所の『旧宿場町』が、シヴォン大森林からそう遠くないこと。
もう一つは目的のわからないルージュの存在だ。
ノルンは、なぜかルージュのことを信頼しきっている。
クラリスがあの手この手で今日のクエストを取りやめさせようとしても、全く聞く耳を持たなかった。
クエストの準備と打ち合わせを進めながらも、クラリスはずっと胸騒ぎが抑えられなかった。
「打ち合わせも終わったし、そろそろ出発しましょうか?」
ルージュがそう言って立ち上がった。
「じゃあ、さっきも言ったけど上にいる知り合いに一声かけてくるよ。ルージュさんとノルンは、先に行っててくれ」
そう言い放ち、なるべく自然に二人をギルドの建物から外へと追いやろうとした。
「いいわよ、ここで待ってるわ」
「じゃ、私も」
「わかった。声だけかけてすぐに戻るよ」
そしてクラリスは再びギルドの二階に上がった。
バージェスとケイトは、先ほどと同じ位置取りのまま、二人で黙って俯いていた。
「バージェス。ルージュっていう女から誘われて、今からキルケバール街道のクエストに行ってくる」
ふたりに近づいて、クラリスは小声でそうつぶやいた。
「……今からか?」
怪訝な顔をしたバージェスに、クラリスは現状と自分の予想を手短に話した。
その女が『忘却の魔眼』という、他人の記憶を消すスキルを持ってると思われること。
もともとはケイトやシュウとパーティーを組んでいたらしいこと。
もしかしたら、シュウの怪我やルードキマイラの襲撃事件にも関わってるかもしれないこと。
もちろんケイトはルージュという女のことは全く覚えていなかった。
「私は話に乗ったふりをして今から出かけてくるから、バージェスはその後から隠れて付いてきて欲しいんだ」
手短にすべての説明を終え、最後にバージェスに向かってそう要請した。
「私も、行く」
バージェスに続き、ケイトも鋭い目つきをして頷いた。
そして、要件を伝え終えたクラリスは足早に一階へと降りた。
あまり長居をして、ルージュに怪しまれてしまってはいけない。
「クラリスがなかなか戻ってこないから、ルージュさん先に外に行っちゃったよ」
「悪い悪い。じゃ、私達も行こうか」
そうしてクラリスはノルン、ルージュとともにキルケバール街道へと向かった。
たまにノルンに話しかけるふりをしながら後方を振り返ってみるが、バージェスやケイトの姿は見えなかった。
バレバレでついてこられても困るから、それでいいのだけど……
クラリスは、少し不安になってきていた。
→→→→→
「待てよ、ノルン‼」
そして、三人がキルケットの門を出てしばらく行ったあたりで、後ろからルッツ達が追いかけてきた。
「なんであんたらが付いてくるのよッ‼」
ノルンが大声でそう叫んだ。
……クラリスも同じことを叫びたい気分だった。
「ギルドに行ったら、特級冒険者の野伏と一緒にクエストを受けて出ていったって聞いたから……」
「もう放っておいてよ‼ 私はもう紅蓮の鉄槌を抜けたのッ‼︎」
再び叫び、ノルンが街道を駆け出した。
ルージュがすぐにそれを追っていく。
「待てよノルン‼︎ なんでいきなりそんなこと言い出すんだよッ⁉︎ ……って、クラリス⁉」
慌てているルッツが、クラリスに気づいてさらに混乱していた。
そしてノルンを追いかけるクラリスに追いついてきた。
「どうしたんだよ、クラリス? 今日からはアルバスさんの護衛に戻るんじゃなかったのか?」
「たまたま別件でギルドに来てたんだけど……なんかトラブルになってるみたいだから心配で付いてきたんだよ。やっぱりそっちとはちゃんと話が付いてなかったんだな……」
「……ああ。キチンと話を通したクラリスはともかく、理由も言わずにノルンが抜けるのを許した覚えはないぜ」
ノルンはどんどんと先へと走っていく。
「とりあえず、ノルンは私が追いかけて連れ戻すから。ルッツたちはキルケットに戻っててくれないか?」
さっきのノルンの話を聞く限り、ここでルッツやビビに追いかけ来られるのは逆効果だろう。
話し合うのは、一旦落ち着いてからの方がいい。
「そういうわけにはいかないだろ⁉︎ ノルンは紅蓮の鉄槌のメンバーだ」
ルッツも譲らず、結局はクラリスの後からついてきた。
ノルンとルージュはいつの間にか、今回のクエスト地点である旧宿場町の付近まで行ってしまっている。
そこは、キルバール街道の北側にある、昔の街道脇に残る旧宿場町の廃屋地帯だ。
地理的には平原地帯とされているためこのクエストは中級の扱いなのだが……
現地周囲には木々が乱立し、廃屋を飲み込んで深い林を形成していた。
たしかにシヴォン大森林とは別物で、位置的にも少し離れるが、まばらな林や茂みが続くその場所はシヴォン大森林の飛地のような形となっている。
そこに至り、クラリスはノルンとルージュを見失ってしまっていた。
そもそも、クラリスの足でいつまでもノルンに追いつけないこと自体がおかしなことだった。
ビビ、ルッツ、スルトが後から到着し、クラリスに合流した。
「クラリス。沼拘束魔術だ。足元に罠魔術が張られている」
最後に追いついてきたスルトが、息を切らしながらそんなことを言った。
確かに、しばらく雨など降っていないはずなのに、足元の地面はぬかるんだように緩み、少し滑りやすくなっていた。
「本来ならばもっと深く足元を完全に沈める魔術なのだが……。深さを調節した上、水魔術と合わせて巧妙に偽装されている。ノルンはそもそも沼拘束魔術を使えないはずだから、これはもう一人の女の仕業だろう」
「俺達を足止めしてたってことか⁉︎ あの女、いったい何なんだよ⁉︎」
ルッツが叫ぶように言った。
とはいえこれで、完全にノルンを見失ってしまった。
「元々は私が、ノルンの気持ちも考えずにあんなことを言ったから……」
さっきからほとんど喋っていなかったビビが、ポツリとそんなことを言った。
ビビは俯いて、明らかに元気がない。
モンスターの蔓延る街の外では、それは命取りになるかもしれない。
「ビビ、それは後だ。あのルージュって女は、たぶんビビが前に言ってた『忘却の魔眼』スキル持ちの女なんだと思う。以前あいつとパーティーを組んでたシュウさんとケイトさんだって、あいつに何かされたのかもしれない」
そう言いながら、クラリスも焦り始めていた。
後方からバージェスたちが付いてきているような気配がない。
もちろん、簡単に見つかるようについてこられても困るのは確かなのだが……
もし、本当にシュウとケイトがルージュの罠に嵌ってルードキマイラに襲われたのだとすれば……
「今のこの状況。かなりヤバいかもしれない。すぐにでもノルンを見つけてキルケットに帰らないと……」
それは、クラリスの失態だった。
ルージュと共にクエストを受けようとしているノルンを、あの場で止めきれなかった。
ルージュの未知の力を警戒しすぎて、真っ向から対立することを避けてしまった。
証拠を押さえようなどとはせず、ギルドですぐにでもルージュを拘束してしまえばよかった。
それが間違いなら間違いで、後からいくらでも謝ればよかったのだ。
それは、クラリスの選択ミスが招いた失態だった。
「ねぇ、クラリス。私が言ってた『忘却の魔眼』スキル持ちの女って……」
ビビが、眉間に皺を寄せながらクラリスの言葉に答えた。
「それ、いったいなんの話?」
「えっ? だってビビ、セントバールで……」
「?」
ビビは、そんな会話をクラリスとしたことに加え、ルージュに関連する全ての記憶を失っていた。
「あっ……」
ビビは、セントバールから戻った後のどこかのタイミングで、ルージュから『忘却の魔眼』による記憶消去を受けていたのだった。
ルージュの魔の手は、とっくに紅蓮の鉄槌を絡め取っていたのだ。
「ビビ。昨晩は本当に、ルッツと結婚してないのか?」
「な、何よいきなり」
「本当はしたのに、忘れちゃっているだけだってことはないか?」
「してたら……忘れるわけないでしょ⁉︎」
以前ビビが調べたと言っていた忘却の魔眼の力。
第一段階としては『術者の存在』についての記憶が消える。
第二段階としては「術者が引き起こしたこと」や「術者に関すること」にまで範囲が広がりその記憶が消える。もしくは、術者がいない状態に記憶が改変される。
第三段階としては「術を受けた前後にあった出来事」に関する記憶がすっぽりと消える。
もし、ルージュが術をかける段階である程度その強弱を調節できるのだとしたら……
「本当にそうなのか? 身体は? 何か違和感とかはないのか?」
「……クラリス、なんか変だよ? いったいどうしちゃったのよ?」
ビビが引き気味になってそう答えた。
「……」
もし、紅蓮の鉄槌の不和さえもがルージュによって仕組まれていたことなのだとすると……
目を付けられていたのは昨日今日の話ではないだろう。
そして、やはりバージェスたちが付いてきているような気配は全くない。
「みんな。やっぱりいったんキルケットに戻ってくれ。……とてつもなく嫌な予感がしてきた」
クラリスがそう言った直後。
林の中からノルンの悲鳴が響いてきた。
「ノルンッ⁉︎」
「くそっ‼」
スルト、そしてクラリス達が一斉に声の方向へと駆け出した。
→→→→→
ノルンの悲鳴がした方角に向かって、クラリス達は林の中へと入りこんでいった。
まばらな木々の間を一気に走り抜ける。
「ノルン‼︎ ノルンどこだ⁉︎」
スルトの声が響く中、ノルンからの返事は一向にない。
「スルト‼︎ あまり先行しすぎるな‼︎」
後ろからクラリスがそう叫んだ直後。
前方の木々の間から突然モンスターが飛び出してきた。
「ボスゴブリンだっ⁉︎」
ボスゴブリンの投げた太い木の枝を、スルトが魔障壁で防ぐ。
と、同時に拘束魔術を放ち、ボスゴブリン頭上から網状の魔法力を降らして動きを封じた。
「それっ!」
そこへ俊足スキルで瞬時に近づいたビビが、土の魔法槍で拘束魔術を貫きながらボスゴブリンにトドメを刺した。
「クラリスッ‼︎ そっちにもう一体いるぞっ!」
ルッツの声とほぼ同時に、クラリスの右手の林の中から石つぶての投擲が飛んできた。
クラリスはそれを軽くかわしつつ、俊足スキルを発動させて一気に距離を詰めた。
「なっ⁉︎」
投擲を放ったボスゴブリンに肉薄するクラリスの横で……
三体目のボスゴブリンが棍棒を振り上げていた。
「さらにもう一体っ⁉︎」
すでに完全に攻撃体勢に入っているクラリスには、その一撃はもうかわせない。
「くっ……魔障壁ッ⁉︎」
振り下ろす剣は止めず、クラリスは身体の右側に魔障壁を生成した。
クラリスが石つぶてを投げたボスゴブリンを叩き切ると同時に、サイドから現れた三体目のボスゴブリンは顔面から魔障壁に当たってよろめいていた。
「解除‼︎」
クラリスの掛け声と同時にバラバラになる魔障壁。
そしてその隙間から、クラリスの剣が体勢を崩した三体目のボスゴブリンの喉元を切り裂いたのだった。
「中級モンスター二体を、一瞬で……」
「前衛の剣士にあそこまで支援魔術を使いこなされたら、魔術師は形無しだな」
ルッツ、ビビ、スルトの三人が驚愕の目でクラリスを見ている。
「付いてくるなら覚悟決めろよっ!」
そんな三人に声を掛け、クラリスは再びノルンの声がした方へと駆け出した。




