26 パーティーブレイク①
バージェスとかつて行動を共にしていたというシュウとケイト。
その二人は、今はギルド所属の黒等級の腕利き冒険者であり、銅等級にランクアップするのも目前言われていた冒険者だった。
「これで、一体目か……」
「ああ、だが確認されているルードキマイラは全部で五体。だからまだ四体残っている」
一時期はルードキマイラの討伐隊にも所属していたその二人は、奇襲を受けて負傷しながらも、襲ってきたルードキマイラを返り討ちにすることに成功していた。
腕利き二人の負傷の話と共に、これまで全く足取りを掴ませなかったモンスターが討伐されたという事実に、ギルドはざわめいていた。
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バージェスとクラリスがギルドの二階に上がると、治療院の出張所として使われている一室の外の椅子にケイトが座っていた。
「ケイト……」
「バージェスさん、クラリスちゃん……」
バージェスが声をかけると、ケイトはゆっくりと顔を起こした。
泣きはらしたような腫れぼったい眼をしていたが、身体の方は多少のかすり傷だけのようだ。
ニコルの言うように、ケイトの方は軽傷のようだった。
「シュウの様子は?」
「……まだ、わかりません」
ケイトは、閉じられた扉の方に憔悴しきった顔を向けながらそうつぶやいた。
数日前にクラリスが会った時のエネルギッシュさは完全に影を潜めていた。
「なんとか命は助かるだろうって話でしたが、ちゃんと目が覚めるかどうかはわからないって……」
ここ最近のケイトは、シュウとは別々に行動していたらしい。
勝手に二人目の妻を迎えることを宣言したにも関わらず、シュウは「なんでケイトが怒っているのかわからない」などと言ってケイトに付き纏い続けた。
そしてケイトは、シュウから『もう一度きちんと話がしたい』という手紙を受け取った。
一旦はそれを無視したケイトが、指定された日時を大幅にすぎた翌日の朝、ふと気になって約束の場所に向かったところ……
そこで、すでに瀕死のシュウを発見したということだった。
そしてそこで、ケイト自身も突然ルードキマイラに襲われたのだ。
場所は、シヴォン大森林にほど近い旧街道の林の中。
そもそも、なぜシュウが話し合いの場にそんな郊外の地点を指定したのかも、今となっては知ることのできないことだった。
「それで、シュウが私のことをかばって……」
ケイトと、その背後から現れたルードキマイラの気配を感じ取ったシュウは突然立ち上がり、その最後の力を振り絞りケイトとともにルードキマイラを討伐した。
バージェスの直伝だが、結局習得しきれなかったシュウの魔法剣。
ケイトによる属性付与魔術を受けることによってのみ使用できる火の魔法剣で、シュウはルードキマイラの鋼鉄の皮膚を切り裂き、これを討伐したのだった。
そして、付近の冒険者に助けを求めつつキルケットまで帰りつき、東門をくぐったあたりでシュウが意識を失った。
そして、それきり目を覚ましていないそうだった。
「私が、ちゃんと時間通りにその場所に向かってれば……」
俯いたケイトは、歯を食いしばり、涙を流し始めた。
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バージェスとケイトを二階に残し、クラリスはギルドの一階に降りた。
「様子はどうだった?」
ギルドのカウンターから出てきて、ニコルがクラリスに話しかけてきた。
「聞いた通りでした。バージェスもケイトさんもかなりショック受けてるみたいです」
「そうかい」
ニコルはそう言ってしばらくおしだまった。
「バージェスの旦那がここに流れてきたばかりのころの話なんだけどね……」
そして、唐突に昔話を始めたのだった。
「?」
「あるパーティーが上級の討伐クエストに出かけて、普通ならとっくに戻ってくるはずの二日を過ぎても戻らないってことがあったんだ」
「上級クエストとなると、受けたのはそれなりに経験を積んだ腕の良いパーティーですよね」
「腕は良かった。だがね、そのパーティーは上級冒険者になりたてのリーダーと四人の中級冒険者で構成されたパーティーだったんだ。まぁ、結局は腕は良くても経験が足りてなかった。そんな冒険者が力量以上のクエストを受けてヘマをするなんてのはよくある話だし、この世界じゃそんなのは自己責任だ」
「そうですね」
「そう、普通は誰も気にかけたりなんかしない。でも、その時は違ったんだ。ギルド酒場に入り浸って毎日死んだ目をしながら酒を煽ってたバージェスの旦那がさ、いきなりそのクエストの場所を聞き出してギルドを飛び出して行ったんだ。真夜中にだよ。そして、200匹近くのゴブリンがいるはずのロードゴブリンの巣穴から、生き残りの二人を助け出して帰ってきたんだ」
「……」
「その時はみんな、バージェスの旦那のことをただのやさぐれた飲んだくれだと思ってたからね。上級モンスターが巣食う巣穴にたった一人で突っ込んでいって、そこから二人も担ぎだしてくるなんざ……そりゃあ、驚いたもんさ」
今このギルドの二階にいるシュウとケイトは、その時バージェスによって助け出された二人なのだそうだ。
五人のパーティーのうち、残りの三人は間に合わなかったらしい。
それ以来、バージェスはその二人と行動を共にするようになった。
そして半ば押しかけのような形で『バージェスの弟子』を名乗り始めた二人の面倒を見ているうちに、バージェス自身の顔にも少しずつ生気が戻って行ったのだそうだ。
「あの二人のことは、私も随分と前から知ってるからね。なんとか戻ってきて欲しいもんだよ」
そう言ってニコルは目を伏せ、ギルドの受付カウンターに戻って行った。
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「あっ……」
不意に、クラリスの後ろで誰かが息をのむ気配がした。
振り返ると、そこには昨晩涙の別れをしたばかりのノルンがいた。
「ノルン。ほかのみんなも一緒?」
お別れをした翌日であることに若干のばつの悪さを感じながら、クラリスがそう尋ねた。
するとノルンはふいっと横を向いた。
「誰もいないよ。私も今日で紅蓮の鉄槌を抜けることにしたんだ」
そして、感情を押し殺した声でそんなことを言い出したのだった。
「ど、どうしたんだよいきなり……」
クラリスは、とりあえず食堂のテーブルに移動してノルンから話を聞くことにした。
「別に、大したことじゃないよ。もともと合わなかったんだ」
ノルンによると、昨晩クラリスと別れた後である事件が起こっていたらしい。
ただ『事件』と言っても、ある意味では予定調和のようなものだった。
ある一点を除いては……
クラリスと別れて宿に帰り着いた後。
ルッツが真剣な目で「話がある」と言ってビビを呼び出した。
そしてそのまま2人は宿のロビーに行ったきり、なかなか部屋に帰ってこなかったらしい。
追いかけていきたい衝動を抑えつけながら、ノルンは一人、ビビがいない部屋で一夜を明かした。
だが、明け方近くになって妙な胸騒ぎがして目が覚めた。
そして部屋の外に出ると、隣のルッツとスルトの部屋の外の椅子で、一人で寝ているスルトを発見したのだった。
その部屋の中にいるのは、どう考えてもルッツとビビだろう。
二人は結婚した。
どうしようもない事実を突きつけられつつもノルンの中に『結局は前々からわかっていたこと』と、諦めにも似た気持ちが沸き起こったのだった。
だから、ノルンはそれを受け入れることにした。
「ルッツの思いが、私のせいでビビに届かないのはつらい。だから、ルッツの思いがビビに届いたのなら、それはそれでもう受け入れようって決めたんだ」
それは、ノルンにとってどれほど辛い選択だったことだろうか。
ノルンは『結婚した二人』を見せつけられる覚悟を決めたのだ。
だが、明け方にノルンの部屋に帰って来たビビは……
ルッツの結婚の申し入れを『断った』と、ノルンに告げたのだった。
「そんな嘘をつくなんて……ふざけてる‼ きちんと言ってくれた方がまだましだった‼︎」
「それで、紅蓮の鉄槌を抜けたのか……。ビビの言う事は、本当だったかもしれないだろ?」
「そんなわけないでしょ? 私は、ルッツがビビのこと好きなことなんてとっくに気づいてたよ。ビビがルッツのことを悪く思ってないのも……だって私、ずっと二人のこと見てたんだもん」
「ノルン……」
「それなのに、ビビは……あんなを嘘ついて……」
怒りが全く収まらない様子のノルンは、唇をかみしめ、白くなるほどこぶしを握り締めていた。
「ノルン。二人でやるのにちょうどよさそうなクエストがあったよ。私たち二人パーティーの初クエストだね」
そこで、一人の女がノルンに近づいてきた。
「ごめんねルージュ。手続き全部やらせちゃって」
「いいのよ。ノルンは今落ち込んでるんだから、そういう時はちゃんと人に頼りなさい。特に年上のお姉さんにはね」
そう言ってノルンに近づいてきた女は、数日前にケイトと一緒にいた女だった。
ルードキマイラに襲われたシュウとケイトの、パーティーメンバーだったはずの女。
「あら、どちら様?」
クラリスに気づいたルージュが、わざとらしくそんなことを言った。
まるで、初対面かのような口ぶりだ。
つい一週間前、クラリスはケイトとルージュと、三人で会話を交わしていた。
だから、クラリスはルージュのことを知っているし、当然ルージュの方もクラリスを知っているはずだった。
だが。
もしクラリスの予想が正しければ……
この女は人の記憶から自分の存在を消すことができる『忘却の魔眼』というスキルを持っている。
そしてビビによると、その力は基礎魔法力の高いクラリスには効きづらいらしい。
もし、ルージュが『クラリスの記憶を消したつもりになって』いるのだとすれば、ルージュの今のおかしな発言の全てに合点がいくのだった。
「初めまして、ノルンの元パーティーメンバーのクラリスです」
胸騒ぎを覚えながらも、クラリスはそう答えた。
完全に、女のことを忘れているふりをした。
もしこれに、この女が平然と答えたのならば……
「初めましてクラリス。私はルージュ。見ての通り野伏よ」
その答えは、完全にクロだった。
ルージュは『忘却の魔眼』の力を用いて、クラリスの記憶を消したつもりになっている。
だからこそ、ルージュの事を覚えていないふりをしたクラリスの言動を当然のこととして受け流し、改めて自己紹介をしたのだった。
「ノルンとは同じ宿で、ここ1週間くらいたまに挨拶したりちょっと立ち話をしたりとかしてたのよ」
「そうだったんですか……」
「ああ、そうだ。よかったらこれからクラリスも一緒にクエストに行かない? 中級くらいのクエストなら、私一人でも十分前衛が務まるはずなんだけど、やっぱり剣士がいる方がパーティーとしては心強いわ」
そして、ルージュはクラリスまでもパーティーに誘ってきた。
この女の目的がわからない。
ただ、このままノルンを放っておくわけにもいかなかった。
「わかった。でも、ここまで一緒に来た奴がいるから、クエストに行くのはそいつに一声かけてからにするよ」
胸騒ぎを押さえつけながら、クラリスはルージュの問いにそう言って頷いたのだった。
そして、書籍版一巻は本日発売でございます(^^)