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24 送別会

翌日、クラリスはルッツたちと約束の時間きっかりに冒険者ギルドで合流した。


「さっそく闘技大会のエントリーをしに行こうぜ‼︎」


そして、そのまま冒険者ギルドの一画に設けられた闘技大会のエントリー受付に向かった。

参加費は、三人分で1万5000マナだ。


「無くなる前によく目に焼き付けようぜ。こんな大金なかなか見ないぞ」


「クラリスは見慣れてるかもだけどね」


「そんなことないって。アルバスはあれでいてかなりの倹約家だぞ」


セントバールまでの往復の宿賃をケチって、毎晩野宿をするくらいには……


そしてクラリスたちは受付で三人分の参加費用を支払い、無事に闘技大会の受付を済ませた。


「予選は乱戦形式なんだ……。対策しないと厳しそうだね」


「なんだよビビ姉、ビビってんの? ……ビビ姉だけに?」


「うるさいわね。人の名前で遊ばないでよ‼ そういう事じゃなくて、せっかくパーティーメンバーと一緒に出るなら、いろいろと作戦を練っておいた方がいいかなって話」


「パーティーメンバー、か……」


二人の会話を聞きながらも、クラリスはずっと心がざわついていた。


今日こそは、ちゃんと言おう。


そう心に決めてきたのに、いざとなったら心が揺れていた。

そして、流されて一緒に闘技大会のエントリーまでしてしまった。


この、居心地のいい場所にずっといたい。

そう思ってしまっている。


でも……

やっぱり……


「ごめんみんな。ちょっと真面目な話があるんだ」


ちゃんと自分が前に進むためには、ちゃんと言わなくちゃならない。


「前々から考えてたことなんだけど。私、そろそろアルバスの護衛に戻ろうと思ってるんだ」


「えっ、それって紅蓮の鉄槌(このパーティー)を抜けるってこと⁉」


クラリスの宣言を聞いて、ノルンが悲鳴のような声を上げた。


「なんでよ? いきなりすぎるって‼」


泣きそうになってそう叫ぶノルンに対して、他の三人は意外にも冷静だった。


「やっぱりそうなるよねぇ、クラリス」


「俺も、なんとなくだけどそんな気がしてた」


「クラリスが見ている相手はたぶんここにはいないからな」


ビビ、ルッツ、スルトの3人が次々にそんなことを言った。


「な、なんでよみんな‼ クラリスいなくなっちゃうって言ってるんだよ?」


「その気になればいつでも会えるだろ? 別に死ぬわけじゃないんだから……」


「こらルッツ、縁起でもないこと言わないの」


「あ、ごめん」


「みんなごめんな。あっちのパーティーに、どうしても離れたくない奴がいるんだ」


「いいって、気にすんなよ」


「なんとなくだけど、そのうちこうなるだろうってわかってたよ。あっちでも頑張ってよね、クラリス」


「な、なんでよルッツ。ビビ‼」


納得のいかないノルンを置いてけぼりにして、話はどんどんと進んでいく。


そして……


「あと一週間ほどでルッツの成人の誕生日だし、それに合わせてクラリスの送別会を開くというのはどうだ?」


スルトがそう言って、皆が同意した。


そしてそれは、それまでの残りの一週間、最後に一緒にクエスト(名残)()こなす(惜しむ)時間を取ろうという話でもあった。


全員がスルトの言葉に同意したものの、ノルンだけは最後まで納得がいかなそうだった。



→→→→→



そして、あっという間に一週間が過ぎた


「ルッツの成人と、クラリスの門出にっ‼」


午前中に五人パーティーでの最後のゴブリン退治をしてから、その会は夕方ごろに始まった。

場所はギルドに併設された食堂だ。


「よっしゃ! これで俺も晴れて成人だ。ついに酒解禁だぜ! 今日は一晩中飲みまくるぜ」


「ちゃんと飲めるかどうかもわからないんだから、始めは程々ほどにしておきなさいよ」


ジト目のビビを無視して、ルッツはいきなりガバガバと酒を煽り出す。


「クラリスもどんどん飲めよ! 今日は最後にとことんまで付き合ってもらうんだからな‼︎」


「あんまり飲みすぎるなよ、ルッツ……」


クラリスの方は、渡された酒に申し訳程度に口をつけていた。

クラリスの酒癖も、あまり人のことを言えたようなものではなかった。

一年ほど前、酔っぱらってバージェスに結婚を迫った挙句、あーだこーだと言い訳するバージェスを怒りに任せてぶんなぐってしまっていた。

それ以来、なるべく酒は飲み過ぎないように気を付けていた。


結婚か……


そしてふと我に帰ったクラリスが、紅蓮の鉄槌のメンバー達を見ると……

ビビがルッツの横顔をじっと見つめていた。

ルッツが16歳になったということは、ルッツももう正式に結婚のできる年齢になったということだ。


そしてビビの視線が少し横にそれて、同じくルッツを見つめるノルンが視界に入ったようだった。

ルッツを見つめていたノルンもビビの視線に気づき、目が合って二人とも慌てて逸らしていた。


以前スルトが『ルッツは成人したらビビにもう一度結婚を申し込むつもりだ』と言っていた。

そうなると、この三角関係は完全に破綻するのだろう。


1人だけまだ成人していないノルンは、もし二人が結婚してしまえばそう簡単にその間に割り込むことはできなくなるだろう。

二年後、ノルンが成人した後でルッツの二人目の妻となることもできるだろうが……それまでの間はずっと『結婚した二人』を見せられ続けることになる。

それはきっと、とてつもなく辛いことだろう。


「ところでさ。ルードキマイラってそんなに強いのかな?」


そんなビビとノルンの視線には全く気づかず、ルッツが能天気に喋り始めた。


「強いというよりも、全く尻尾をつかませないみたい。ルードキマイラを討伐できるレベルの精鋭をそろえて森に入ると、絶対に姿を現さないんだって」


逆に、レベルの低いパーティーが縄張り付近をうろついていると、すぐさま出てきて攻撃してくるのだそうだ。

そのため、おとり作戦やあえてすぐ駆けつけられる距離で戦力を分散させるような作戦を展開したこともあったらしいが、その時にはそれを察知してか全く姿を現さなかったのだとか……


「めちゃくちゃ頭がいいんだな、ルードキマイラ」


「そう。だから、ギルドの精鋭部隊が苦戦してるのよ」


「でもよ、本当の精鋭部隊なら相手がどんなモンスターだろうがさっさと討伐して欲しいよな。そいつら本当に精鋭部隊なのか?」


だんだんと酔っ払って気が大きくなってきているルッツがそんなことを言い出した。


「ちょっと、やめなってルッツ」


そう言ってビビが嗜めるのとほぼ同時に、ドスンと大きな音を立ててギルドの扉が開いた。

そして、そこから明らかに異質な雰囲気を纏ったパーティーが現れた。


現れた五人全員の装備が相当に使い込まれている。

その立ち振る舞いから、一目で全員が相当な実力者だとわかった。

そして、そのうちの何人かの首元には、銀色の認識表が見えていた。


「滅多なこと言うなよルッツ。たぶん、あれがその精鋭部隊だ」


クラリスがそう言ってルッツを嗜めた。


精鋭部隊のメンバー達は、クラリス達から少し離れた卓に付くと、食べ物と酒を注文して作戦会議を始めた。


クラリスたちがそのまましばらく宴会を続けていると……

その精鋭部隊から、1人の男がクラリスたちに近づいてきた。


「中級のパーティにしちゃあ随分と豪勢な食事だな。何かの祝いか?」


「あ、うん。彼の16歳の成人祝い」


「それと、この子の送別会なんです」


「送別会?」


近づいてきた男……バージェスが眉間にしわを寄せた。


「うん、明日からまたアルバスの護衛に戻るよ。だからまたよろしくな、バージェス」


クラリスがそう答えた。


するとバージェスは「今はギルドの雰囲気が良くない。騒ぐのも程々にしておけよ」と言って、机をドカンと叩いて去っていった。


「なんか文句でもあんのかよっ! だいたいあんたらがいつまで経ってもモンスターを討伐できないせいで……」


酒の勢いのままに立ち上がったルッツ。

ビビがその口を慌てて塞ぎ、クラリスが腕を掴んで椅子に引き戻した。


「私の知り合いだって。あいつがアルバスの護衛のバージェスだ。……あいつってこういう時には色々と不器用だからさ……」


そう言ってクラリスは、いましがたバージェスが『ドカン』と置いていった2000マナを皆に見せた。


「……宴会代出してくれるって」


それは、ここでの5人分の飲食代が十分に出る額だ。


「えっ、今のってそういうことだったの?」


「それと、さっきから周りの奴らにジロジロと嫌な目で見られているみたいだから……、確かにそろそろ引き上げた方がいいのかもね」


おそらくは、バージェスの行動は周りの冒険者へ牽制も含まれていたのだと思われる。

『空気の読めない中級パーティーを注意する』という正義を振りかざしながら、よからぬ目的のために絡む機会を伺っているような輩も多かったはずだ。

そこで、バージェスが一度こういう目を引く形で注意をした以上、この場は彼の預かりという形になる。


周囲から、舌打ちが聞こえた気がした。


ビビは、クラリスの手の中の2000マナと、ルッツの暴言など軽く受け流して立ち去るバージェスとを見て「なんか『大人』って感じだね」と、呟いていた。


「俺ももう大人だぞ、ビビ……」


なかなかに酔っ払っているルッツが、わざとらしくいつもの「(ねぇ)」を抜いてビビを呼ぶ。

それを聞いて、同じく酔っ払っているビビが少しだけ困ったような赤い顔をしていた。


そしてそれを見ていたノルンは、下唇をかんでうつむいてしまったのだった。

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