22 帰路
その日の晩の、皆が寝静まった後。
小さなたいまつに照らされ天幕の中で、アルバスとアマランシアが二人きりで会話をしていた。
ロロイは、アルバスの後ろのベッドで静かな寝息を立てている。
「アルバス様。昼間の詩のことですが……、詩の中の青年は、何故あんなことを言ったんでしょうね?」
「それは……そいつが、近いうちに闘技場で騒ぎが起きることを知っていたからだろうな」
だが、そんなことを誰が聞いているかわからない牢獄で口に出すわけにはいかなかった。
ただ、少しでも彼女の生存時間を伸ばせれば、もしかしたら間に合うかもしれないと思った。
「だから、適当な言葉で彼女を焚き付けて戦いに向かわせた。それだけのことだ」
青年は、エルフの少女に『運が良ければ、もしかしたら生き延びられるかもしれない道』を提示するため、あえて慰めのような言葉を口にしたにすぎなかった。
少なくともアルバスはそう思っているようだった。
「ええ。でも、そうだとしてもその言葉で少女が救われたことに変わりはありません。それは少女の詩と同じです。偽りであろうとなんだろうと、あの言葉があったからこそ、私は自分の詩に誇りを持ち、そして自分の本当の願いを思い出せたのですから」
「……そう、だな」
「私はまた、しばらくはキルケットに滞在します。その間は是非、またアルバス様の商売のお手伝いをさせてください。お望みとあれば配下の者も動かせます。私は、私の恩人を裏切ったりはしませんよ」
「吟遊詩人の言葉を全て真に受けるのもどうかと思うがな」
「あら、それを言ったら商人の言葉も大概なものではないですか?」
「まぁ、な」
「ふふ」
「どこかつかみどころがないのは、ヤック村で再会したころから変わらないな」
「元々が、こういう性格ですからね」
「……そうか」
「そうです」
しばし、二人は見つめ合っていた。
「じゃあ、改めてオークションの時の礼を言わせてくれ。……本当に、助かった。ありがとう」
それを聞いたアマランシアは、照れくさそうに笑った。
「少しでも、お役に立てて良かったです。では、私の方からも言わせてください。12年前のあの日、私を焚き付けてくれて、本当にありがとうございました」
「実際、大したことはしてないんだがな」
「私にとっては、あの日が人生の新しい始まりのようなものですから」
アルバスからはもう、アマランシアへの警戒心は消え去っていた。
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その後のキルケットへの帰途は順調だった。
アマランシアの加入で護衛体制が大幅に強化されたこともあり、問題らしい問題は全く起きなかった。
夜は行きと同じく野営をして、行きと同じく交代で見張りに立った。
また、帰り道でクラリスは、ノルンの提案でスルトから支援魔術を習うことになった。
ここ最近のノルンは、なぜかスルトとクラリスを一緒にいさせたがる。
完全に勘違いされているようなので、せめてもの抵抗としてクラリスはそこにノルンも引っ張り込むことにした。
そうして時間を見つけては、たびたび三人で魔術の練習に励んだ。
「クラリス、魔障壁は手先に集めた無属性の魔法力を、前方の見えない壁に塗りたくるイメージだ」
「いや、そんなイメージで魔術使ってるのはスルトだけだから……。クラリス、魔障壁は防衛魔術の基礎が全部詰まってる魔術なんだよ。まず初心者は手の平に無属性の魔法力を集める練習から……って、クラリスは鉄壁スキルが使えるからそれは簡単か。それじゃあ次はその魔法力を世界に定着させるための訓練を……」
そんな、比較的穏やかな日々を過ごしていた。
そして、行き道と同じだけの時間をかけて、商隊はセントバールを出て四日目の昼前にキルケットへと到着した。
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出発時にも集合場所としたキルケットの東門付近にて。
「ご苦労さん。約束の報酬だ」
そう言って、アルバスは約束の報酬1万マナをクラリスたち一人一人に配ってまわった。
紅蓮の鉄槌の面々は皆が皆誇らしげだ。
合計九日間にも及ぶ、紅蓮の鉄槌の初めての護衛クエストは、こうして大成功のままに幕を閉じたのだった。
アマランシアはオークションまではキルケットに滞在する予定らしく「また近いうちに、ミストリア劇場に顔を出しますね」と言って深々とお辞儀をした。
「ああ、また近いうちにな。昨年のオークションの礼もまたきちんとしたい」
再会直後にはなぜかアマランシアを警戒していたようだったアルバスは、いつの間にかそんなそぶりを見せなくなっていた。
「では、また近いうちにお会いしましょう」
そうしてアマランシアが立ち去った。
「それじゃあ俺も、雇い主様に首尾を報告しに行くかな」
そう言って、アマランシアに続いてアルバスとロロイ、御者たちが立ち去った。
そして最後には、紅蓮の鉄槌の5人がその場に残った。
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「よっしゃ‼ 早速闘技大会に参加申請しに行こうぜ‼」
1万マナ入りの封霊石を握りしめ、ルッツが声高にそう叫んだ。
もともと、紅蓮の鉄槌がこの護衛クエストを受けたのは、闘技大会の参加費である5000マナ×三人分を確実に稼ぐという目的があった。
「さすがに疲れたから、私はこのまま宿屋に行って一日中寝ていたいかな」
一番体力がないノルンは、さすがにへとへとに疲れ果てていた。
なにせ毎晩の見張りに加え、日中はほとんど歩きっぱなしで、戦闘しっぱなしの緊張しっぱなしだったのだ。
しかも、空いた時間にはクラリスに支援魔術の指導までしていた。
「私は、無事に帰ったことを姉さんに報告しにいかないとだ……」
「それは、アルバスさんからも伝わるでしょ?」
「あっちはあっちで、セントバールで仕入れてきた商品の引き渡しとかですぐには家に帰れないと思うんだよね。下手すりゃアルバスが無事だってことまで私が伝えてやらないといけないだろうから……」
アルバスはたまに連絡を怠る。
忙しかったり、他に気になっていることがあったりすると特にだ。
「た、確かに……」
「それじゃあ闘技大会の登録は明日にして、今日はいったん各自で自由行動にするか」
最後にルッツがそう言って、いったんここで解散となった。
ルッツとビビは冒険者ギルドに依頼完了の報告に向かい、ノルンとスルトはいつもの宿屋へと向かっていった。
そしてクラリスは、九日ぶりのわが家へと足早に歩きだした。