18 エルフの御守り
「実は、数日前に中央大陸から戻ったのですが、また近いうちにキルケットに移動しようと思っていたところなんですよ」
一通り昼食を食べ終えた後、アマランシアがそんなことを言い出した。
「私達は明日の朝からキルケットに戻る予定だから、アマランシアさえ良ければ一緒に来るか?」
クラリスがそう応じると、アマランシアが微笑んだ。
「是非、よろしくお願いします」
「明日の朝七時に、キルケバール街道との境の門の辺りで集合の予定」
「ありがとうございます。アルバス様に会うのが楽しみです。それでは、私は大通りでもうひと稼ぎしてきますので……また明日、よろしくお願いします」
そう言って、アマランシアはギルドを出て行った。
「なんというか、ミステリアスな人だったな」
スルトが呟いて、それを聞いたノルンが呆れた顔をしていた。
その横で、ビビが真剣な顔つきでアマランシアが去って行った扉を見つめていた。
「ビビ、どしたの?」
「アマランシアさん、凄まじい量の魔法力でずぅっと全身を覆ってた。私の『魔人の慧眼』で見ると、姿が魔法力に覆われて全く見えないくらい。普段からそこまでの防衛をしている理由はよくわからないけど……。あの人、とんでもないレベルの魔術師だよ」
ビビは、少し身震いをしながらそう呟いていた。
→→→→→
昼食を終えて、紅蓮の鉄槌の面々はギルドの外へと出た。
大通りは、相変わらずかなりの数の人が行き交っている。
「で、この後どうする?」
「私は、雑貨とか見たいかな。せっかくセントバールまできたんだから、なんか記念になるようなものを買っていきたいな」
クラリスの問いに、ノルンがそう答えた。
「俺もそれがいい。未来の妻への贈り物にできるような物が買えるといい」
そして、すかさずスルトがそれに同調した。
「げっ……また出た『未来の妻5人』」
ノルンは、ちょっと嫌そうだった。
「俺は武具の店を見に行きたいかな。キルケットからも中央大陸からも物が集まるこの場所なら、なにか掘り出し物が見つかるかもしれないしな。ノルンたちは雑貨を見に行くなら、ここは二手に分かれるか」
ルッツがそう言って、二手に分かれることになった。
ノルン、スルト、クラリスは街中の雑貨を見て回る組。
ビビ、ルッツは市場で武具の掘り出し物を探す組。
ノルンは終始何か言いたげだったが、初めに雑貨店に行きたいと言い出したのが自分だったため、結局何も言わずにルッツ達と別れたのだった。
→→→→→
「ねぇねぇクラリス、スルト。今度はあっちの方のお店に行ってみよーよ⁉︎」
だが、いざ買い物を始めるとノルンはノリノリだった。
ノルンは皇都ノスタルシアの出身で、こういった活気のある商店街なんかにはかなり親しみを感じるらしい。
「昔、お母さんが生きてた頃はよく皇都の大通りで買い物してたんだぁ」
あちこちの店をのぞいて回るノルンに引っ張りまわされ、クラリスとスルトは自分の見たいものは全く見られない状況だ。
それでも、スルトはどこか楽しげだった。
「次は、あっちの方行ってみようよ」
そう言ってさっさと走っていくノルンに、クラリスとスルトはたびたび置いて行かれてしまった。
「本当に、仕方のない奴だな……」
あきれ顔でそんなことを言いながら、スルトが小走りでノルンを追いかける。
「スルト、ほんとにノルンのこと大好きだなぁ……」
そんなスルトの背中に向かって、クラリスは思わずそう呟いてしまった。
「……わかるか?」
どうやら聞こえてしまっていたようで、スルトは立ち止まって振りかえり、照れくさそうにはにかんだ。
「あっ、聞こえちゃった?」
「ああ、聞こえた」
聞かせるつもりはなかったのだが、聞こえてしまったものは仕方ない。
クラリスは開き直ることにした。
「スルトがノルンに気があるのはバレバレだろ。それなのになんでいつも『妻が五人欲しい』とか言ってるんだ?」
「それは、ノルンにルッツをあきらめて欲しいからだ」
「いや、それ、わけがわかんない」
「つまりはな……」
スルトによると、ルッツとビビは小さいころから仲が良かったらしい。
そしてルッツが十歳の時、ルッツはビビに結婚を申し込んだのだそうだ。
だがビビは「子供が何言ってんの?」と言って取り合わなかったそうだ。
今は仲のいい姉弟のような関係の二人なのだが、ルッツはまだその約束を覚えていて今でも本気らしい。
「もうすぐルッツも成人だ。そうしたら、もう一度ビビにちゃんと結婚を申し込むんだろうな」
ノルンを追って少し歩き始めながら、スルトがそんなことを言った。
ルッツとスルトは、男同士たまにそういう話をするのだそうだ。
逆に、ルッツの方もスルトがノルンのことを好きなのことを知ってるそうだ。
「なんだよ。じゃあルッツって、もしかして全部わかっててやってるのか……」
クラリスは、ルッツが鈍すぎるがゆえにノルンの気持ちに気付いていないのだと思っていた。
だが、実際は全部わかっていて、その上でスルトのためにノルンの気持ちに気づかないふりをして……
「いや、あいつは本当に気づいていない。だいたいがただ単にビビと仲良くしたいだけだ」
「なんだよ、一瞬ルッツがマジで演技派なのかと思ったじゃん。それで、話し戻すけど『ノルンにルッツをあきらめて欲しい』のと『妻が五人欲しい』のに何の関係があるんだ?」
いつの間にかノルンに追いつきそうになってしまったので、クラリスは小声でこそこそとスルトに問いかけた。
「ノルンに『第二婦人になるのは嫌だ』という想いを植え付けたくてな」
クラリスには、やはりスルトの言っていることの意味がわからなかった。
「よくわからないんだけど……」
「わからないか? つまり、まず一夫多妻は嫌なことだという思考を植え付けて、その次に……」
「それじゃ、それ言いまくってるスルトも嫌われるじゃん?」
「これは第一段階だ。まずはノルンにルッツをあきらめさせて……」
罠魔術師としてのクセなのか。
スルトの考えはあまりにも複雑で遠回りだった。
しかも、たぶん肝心なところがどこかずれている。
「そんなことちまちまやってるより、さっさと直接言っちゃった方がよくないか? 『好きだ。俺と結婚してくれ』ってさ」
少し苛立って、クラリスは思わずそんなことを口走ってしまった。
「……」
それを聞いて、スルトは黙りこんだ。
「二人ともそこで何してるの? なんか変な雰囲気だけど……もしかして、そういう感じ⁉」
一人で入った店から一人で出てきたノルンが、黙って向かい合っている二人を見て盛大に誤解していた。
「違う違う。スルトは……」
「クラリスっ‼︎」
気持ちをバラされると思ったのか、スルトが慌ててクラリスの言葉を遮った。
「スルトは意外と一途だよ。やり方はだいぶおかしい気がするけど」
「……」
ノルンは「えっ、どこが?」と言って首を傾げていた。
→→→→→
「あ、あれってさっきのアマランシアさんじゃないか?」
無理矢理にでも話題を変えたかったのか、スルトが突然そんなことを言い出した。
ただ、スルトが指差した方には本当にアマランシアがいた。
アマランシアは人だかりの中で、何やらペンダントのようなものを売っているようだ。
「あれ、あの人って商人だったの?」
「いや、吟遊詩人のはずだけど……」
試しにそのまま近づいてみると、やはりアマランシアはペンダントを売っていた。
「あら、クラリスさん。また会いましたね」
「遠目に人だかりの中にいるのが見えたから、何してるのかな〜って思ってさ」
アマランシアはニコリと微笑んだ後「アルバス様の真似ですよ」と言い出した。
「?」
「ここで詩を唄った後、その流れでその詩に登場したアイテムを売っているんです」
「あぁ、なるほど」
それはちょうど1年前の今頃、ミストリア劇場を立ち上げたアルバスが始めた手法だった。
吟遊詩人アマランシアの詩とともに、その時にアルバスが売っていたのは、詩の登場人物達を模して作ったミトラ作の木人形だ。
「『エルフの御守り』か……」
スルトが、横から興味深そうに覗き込んできた。
「確か、エルフ族が婚姻の際、互いの手作りの品を贈り合ったと言われるものだな」
「昔の話ですよ。そんなしきたり今はほとんど残ってなくて、ただのアクセサリーです。まぁただ、そういう謂れにはちゃんと理由がありますけどね」
アマランシアによると、遥か昔のエルフ族が手作りしたそれらの品には『運強化』と呼ばれる効果不明のスキルや『呪い避け』と呼ばれる呪いの魔術を避けるスキルつくことが多かったらしい。
運などというものが本当に存在するのかどうかはさておき、『運強化』はスキル鑑定でも鑑定される正式な武具の付与スキルなのだそうだ。
そして、そこから転じて『幸せにします』や『私が守ります』というような意味合いで、大切な人へと贈られるようになったのだとか……
「アマランシアさんは、そういう伝承にも詳しいのですね」
「国中のいろいろな場所を旅して回っていますからねぇ」
そんな話をしている最中にもアマランシアはお客の対応を続けていて、エルフの御守りは次々と売れていった。
そして、客足が引いていく頃には残り三つになっていた。
「そ、それ、おいくらですか?」
少し慌てた様子でスルトがアマランシアに尋ねる。
そして、チラリとノルンを見やった。
「どうせ『未来の妻に』とかいうんでしょ? 三個全部買う? 五個ないけどいいの?」
スルトの視線に気づいたノルンがそう言って茶化すが、スルトはそれを受け流した。
「一つでいい。まずは一人をちゃんと幸せにすることを考えたい」
「へぇぇ」
ノルンは感心したような声を上げながら、スルト、そしてクラリスへと視線を移した。
「……」
クラリスは、ノルンが何か盛大に誤解しているような気がしてならなかった。
ノルンも、自分のこととなると鈍いのかもしれない。
「一個500マナになります」
「うっ、なかなか高いんだな」
「全部手作りですので、お値段はそこそこ高めに設定してますよ。ですが……」
アマランシアはそこで言葉を区切り、客足が完全に途絶えて周りからか他のお客がいなくなったことを確認した。
「ですが……?」
「明日からしばらく一緒のパーティーですから、お近づきの印に200マナまでまけておきましょう」
半額以下の大サービスだ。
スルトが頷いてマナを支払った。
そして……
「なら、私も買おうかな」
「なら、私も買おうかな」
クラリスとノルンが、ほぼ同時に声を上げた。
「あら……」
アマランシアは、口元を歪めながら「若いっていいですね」と呟いた。
そして、それぞれからマナを受け取った。
スルト→ノルン
ノルン→ルッツ
クラリス→バージェス
各々の頭の中にある対象の人物はこんな感じで完全にバラバラなはずだが……
アマランシアは、何かを勘違いしているようだった。
「後で結果を教えてくださいね。ひょっとしたら素敵な詩になるかもしれません」
他の二人に気づかれないよう、クラリスの耳元でそっとそう囁いたのだった。




