17 ある再会
クラリス達がセントバールに着いてから二日目の朝。
「今日は冒険者ギルドに行って、セントバールのクエストを見てみようぜ」
セントバールの街を歩きながらルッツがそう提案した。
「ルッツ本気で言っている? セントバールまできて、しかもアルバスさんから滞在費までもらったのに、今からクエスト受ける気なの?」
ビビの呆れたような声も、ルッツにはあまり届いていないようだった。
「偵察だよ。キルケットよりもいい感じの依頼が多かったら、そのうち拠点をこっちに移すのもありだろ?」
「あ……、そう言われると確かにそうね」
出発前にも議論していたことだが。
キルケットの東部地区ギルドでは紅蓮の鉄槌が受けられる中級以下の依頼がかなり減ってしまっていた。
それもこれも、ルードキマイラのせいだ。
このままルードキマイラがいつまで経っても討伐されないようなら、そろそろ活動の拠点をキルケットの南か北か西かのどこかに移す必要があると考えていた。
その移動先の候補として『このセントバールの冒険者ギルドを入れておくのもありかもしれない』という事だ。
「街道の道は一本道だし、出てくるモンスターも俺たちの敵じゃない。宿場の宿を使えば、もう俺たちだけでいつでもここまで来られるぜ」
ルッツがそう言うと、ビビ、スルト、ノルンが次々に同意した。
「交易港だけあって商隊護衛のクエストなんかもたくさんあるかもね。ルッツ冴えてる~」
「その勢いで、そのうち中央大陸まで進出するのもいいかもな‼︎」
父親と共に中央大陸から渡ってきたというノルンは別として、ルッツ、ビビ、スルトにとってここはもう故郷のサウスミリアから遥か遠方の未到の地だ。
クエストの流れでとはいえ、自分達の足でこんなところまで来たという事実は、ルッツ達にとっては次のステージへと進む自信となったようだった。
「そっか……、そうだよな」
そんな皆の様子を見ながら、クラリスはポツリと呟いた。
冒険者の道を選ぶというのは、こういうことでもある。
冒険者というのは、状況次第で次々と拠点を移しながら活動を続けるものだ。
いずれはどこかに定住するという夢を持つものも多いが、基本的には根無し草なのだ。
今のこのクラリスのあやふやな状況は、アルバスがたまたまキルケットに滞在し続けていることと、紅蓮の鉄槌がたまたまキルケットを拠点にしていることとが重なった結果にすぎない。
そしてアルバスもまた、いずれはキルケットを飛び出していくだろう。
いつかは中央大陸に進出したいと言っていたし、商人としてのアルバスがもはやキルケットだけに収まるような器でないのは明らかだった。
『紅蓮の鉄槌』か『アルバス商隊』か。
以前は『キルケットでミトラと共に生きる』という選択肢もあった気がするが。
ミトラが貴族としての道を進み始めた以上、クラリスはその隣に並ぶつもりはなかった。
ふと、クラリスは以前に吟遊詩人のシュメリアが言っていた言葉を思い出した。
『私は、今が永遠に続けば良いと思うんです』
気持ちはわからないでもないが、クラリスはもうこの世界がそうはならないことを知っている。
クラリスとミトラとの二人きりの平穏な日々は、ジルベルト・ウォーレンからのたった一通の手紙によっていとも簡単に壊されてしまった。
そして今、ミトラは貴族としての道を進み、クラリスは冒険者としての道を進んでいる。
二人はもう、別々の道を進んでいる。
それは、クラリスとミトラが各々で選んだ結果だった。
「どうしたんだよクラリス。ほら、早く行こうぜ」
遠くからルッツに呼ばれて、クラリスは慌てて駆け出した。
「悪い、今行く」
未来永劫続くわけじゃない今の中。
自分がどうするべきかはもうわかっていた。
それは、ミトラとアルバスが教えてくれた。
どんな状況になろうとも、自分の意志であがく。
そして、選ぶ。
私は、私のやりたいことをやる。
自分の道は、自分で選ぶ。
今現在のクラリスとバージェスの曖昧な関係もまた、未来永劫続くわけではない。
そうさせる気もなかった。
少し先の坂の上。
冒険者ギルドだと思われる建物の前で、ルッツ達が並んで待っている。
坂の途中で走るのをやめて息を整えながら、クラリスはゆっくりと皆に近づいていった。
そろそろ決断をする時なのだろう。
このクエストが終わったら、皆ときちんと話をしよう。
クラリスにとって、いつの間にか大切な存在になっていた紅蓮の鉄槌のメンバーとの関係もまた。
いつまでも曖昧なままにしておくべきではないことだった。
→→→→→
クラリスが合流し、皆でそろって冒険者ギルドの建物に入った。
ギルドの中は、思った以上の活気に溢れていた。
ルードキマイラの騒動が起きる以前の、キルケット東部地区ギルドよりもさらににぎやかだ。
「へぇ、船旅の護衛まであるんだ。モンスターの討伐依頼も、キルケットとはかなり違うね。聞いたことのない名前のモンスターもいる。これって海のモンスターかな?」
ビビはクエストボードを見回しながら、キルケットにいる時のように依頼を吟味していた。
「『セントバールまできて、クエストする気?』とか言ってたのはどこのどいつだよ?」
「ルッツが焚き付けたんでしょーが⁉︎」
そしていつもの痴話喧嘩が始まりかけていた。
「ねぇねぇルッツ。あっちに人だかりができてるよ‼︎ 行ってみない⁉︎」
そんな2人を遮って、ノルンが大声を上げた。
そして、ルッツの手を取って引っ張って奥の方へと歩いて行ってしまった。
「……」
残されたビビとスルトは、少し困ったような表情をしながら顔を見合わせ、奥の方へと歩いていく二人を見送った。
人だかりの理由は、どうやら喧嘩のようだ。
「すげぇなあの女」
「ああ、中級冒険者の認識表をぶら下げてるが、実際そこらの上級冒険者よりよほど腕が立つな」
「いやいや、下手すりゃ特級冒険者並みじゃねぇのか?」
「違いねぇ」
そんな噂話が聞こえて来て、ビビも興味をそそられたようだった。
「私たちと同じ中級冒険者で、特級冒険者並に腕が立つ女の人だって、……どんな人だろ⁉︎」
ビビはそんなことを言いつつも、その場を動かない。
おそらくは、先に行ったルッツとノルンを気にしているのだろう。
「ちょっと気になるな。ビビ、スルト、一緒に見に行こう」
クラリスがそう言って歩き出すと、2人とも『待ってました』とばかりに頷いてついて来たのだった。
「いつの間にか、私ってこんな感じの役回りだな……」
苦笑しながらボソッとそう呟いたクラリスの声は、ビビとスルトには聞こえていないだろう。
→→→→→
「えっ……」
「あら、クラリス。こんな場所で会うなんて奇遇ですねぇ」
思わず声を上げたクラリスに、人だかりの中心から返事をしたのは……
吟遊詩人のアマランシアだった。
1年ほど前。
アマランシアはアルバスが立ち上げたミストリア劇場にて、劇場唯一の吟遊詩人として詩を唄っていた。
そしてアルバスがクラリスとミトラの屋敷を買い取るための資金集めをするのに、一役買ってくれたのだった。
つまりは、アマランシアはクラリスにとっても非常に恩義のある相手だ。
そんなアマランシアの足元には、ガタイのいい男が3人伸びていた。
どうやら、アマランシアに絡んでいって返り討ちにされたらしい。
「えっ……あの人、クラリスの知り合いなの?」
「なんというか。クラリスは本当に得体が知れないレベルで顔が広いな」
スルトとビビはなにやらひそひそ声で会話を交わしていた。
そんなクラリスの元に、アマランシアがスタスタと近づいてくる。
クラリスの隣では、スルトがアマランシアの踊り子のような薄着を見て顔を赤くしていた。
「一年ぶりですかねぇ、クラリス。元気そうで何よりです」
「ああ、アマランシアも変わりなさそうで良かった」
「アルバスさんもお元気ですか?」
「もう、元気すぎるほど元気だよ。今、ロロイも一緒にこのセントバールまで来てるんだ」
「そうなんですか。それはぜひご挨拶に伺わないとですねぇ」
そんな2人の会話を聞いて、ビビが少し不思議そうな顔をした。
そして……
「街道の護衛中にもちょっと気になってたんだけど……。もしかしてクラリスって、アルバスさんとは前々からの知り合い?」
そう、クラリスに質問したのだった。
「……えっ?」
それは、少し考えればわかることだった。
『一年ぶりにクラリスと会った』というアマランシアがクラリスにアルバスの近況を尋ね、それに対してクラリスが普通に答えたのだから……
「あら……、もしかして内緒だったんですか? それは悪いことをしちゃいました」
「いや。まぁ、ちょうどよかったと言えばちょうどよかったのかもしんない。そろそろ変な隠し事も止めにしたかったしね」
そこへルッツとノルンもやってきて、そのまま紅蓮の鉄槌の五人とアマランシアとで昼食を取ることになった。
→→→→→
「ええと。すごく簡単に説明すると、キルケットで一緒に暮らしてるって言った私の姉さんが、実はアルバスの妻なんだ」
クラリスのその言葉を聞き、紅蓮の鉄槌の面々は全員驚きすぎて言葉も出ないようだった。
「ってことは何? クラリスは、アルバス様の義妹だってこと?」
しばらくの沈黙の後、恐る恐るノルンが尋ねてきた。
「そうなるかな」
そして、クラリスが紅蓮の鉄槌に加入する直前まで、アルバスの護衛隊としてアルバスと共に行動していたことを告げると、5人は全員固まってしまった。
「他の護衛は二人とも化け物みたいに強かったからさ。私一人だけこんな感じで普通だから、『アルバスの護衛です』とか名乗るのはかなり恥ずかしいんだけどな」
「クラリスの前のパーティーの話聞くと、メンバー全員が化け物みたいな人たちだとしか思えなかったけど……これである意味納得いったわ」
アース遺跡の攻略に始まり、北の村の特級モンスターの討伐。
そして、水魔龍ウラムスの討伐に至る数々の功績。
それを成し遂げた護衛隊であれば、化け物揃いなのも頷けるというものだった。
「ごめんなさいねクラリス」
隣から、アマランシアが謝ってきた。
パーティーメンバーに秘密にしていたことが、結果的にアマランシアのせいでバレてしまったことについて。
アマランシアはクラリスに謝罪しているのだった。
「いや、いいよアマランシア。ちゃんと関わるなら、いつかはきちんと言わないといけないことだったからさ。それに、ビビたちなら今更そんな話を聞いたところで、急に態度を変えたりはしないだろ?」
クラリスがそう言って笑いかけると、全員が頷いた。
「確かに驚いたけど、クラリスはクラリスだしな」
ルッツがそう言うと、ビビやスルト、ノルンも皆頷いたのだった。
「いいパーティーですねぇ」
そう言って、クラリスの隣でアマランシアが微笑んでいた。