15 セントバール到着
そうして街道を進み、四日目の昼に差し掛かる頃。
アルバスの商隊は港町セントバールへとたどり着いた。
「ここが、セントバールか……」
生まれてこの方、城塞都市キルケットからほとんど出たことがなかったクラリスは、その光景を見て思わず声を上げていた。
港町セントバール。
そこは皇都のある中央大陸に向けて開かれた、西大陸唯一の大規模な交易港だ。
行き交う商人達は活気に溢れ、あちこちから値切りや交渉の声が聞こえてくる。
「さて、俺はこれから2日ほどかけてジルベルトから請け負った仕事をしてくる。次の集合は、明後日の朝7時に今のこの場所だ。それまでは各自好きなことをしてきていいぞ」
そう言ってアルバスは、紅蓮の鉄槌のメンバーと御者達に1000マナずつを手渡した。
「これは、クエストの報酬とは別だ」
どうやらそれは、ここに滞在する二日間のための滞在費ということらしかった。
「その代わり帰りも野宿だからな。もう文句言うなよ」
この1000マナは、つまりは野宿で浮かせた分の宿賃の還元だ。
二日分の宿代として想定される一泊200マナ×二日分の400マナを差し引いても、かなり自由にやりたいことができそうだった。
「本当ですか⁉︎」
「やったぁ‼︎」
思わぬ追加報酬に、紅蓮の鉄槌の面々は大いに喜び勇んでいた。
「いや、みんな騙されるなよ。結局はかなりの額を自分の懐に入れてるぞそいつ⁉︎」
キルケバール街道の宿場は、キルケットよりも宿賃相場が高い。
かなりざっくりと計算してみても、今しがた出てきた1000マナ×人=7000マナよりも9人×6泊分の往復の宿にかかるであろう宿賃の方がはるかに高かった。
だから、それによってアルバスがかなり得をしているのは明らかだった。
「でもまぁ、みんなも喜んでるからこれでいいのか……」
野宿とはいえ、就寝のための設備はアルバスの能力で問題なく整っていた。
毎晩の見張りに立つのは面倒だったが、それはそれで貴重な経験にもなっている。
そんなふうに考えると。
道中で宿に泊まることよりも、ここで1000マナの滞在費をもらえることの方が嬉しいに決まっていた。
クラリスが野宿で浮いた分のマナの額を細かく計算したり、それをみんなに伝えたりさえしなければ、何も問題は起きない。
ある意味で、全員が得をしているWin-Winの状況だった。
それに、本当ならアルバスは浮いた分のマナを丸々全部懐に入れることもできたかもしれない。
それなのにそこで皆に還元してしまうあたりが義兄のしたたかなところであり、人の良いところであり、人を惹きつけるところなのだった。
「それじゃあ、いったん解散だ」
アルバスはそう言って、ロロイを伴って人ごみの中に消えていった。
→→→→→
「よっしゃ‼︎ まずは何する⁉︎」
「とりあえず、街並みを見に行ってみようよ‼」
「同じ港町だが、ここは俺たちの故郷のサウスミリアとはかなり違うな」
アルバスや御者達と別れ、紅蓮の鉄槌の五人はセントバールの街中を散策していた。
サウスミリア出身のルッツ、ビビ、スルトの3人は、クラリスと同じくセントバールが初めてらしく、気分は完全に観光だった。
「早速昼飯にする?」
「それよりも、今夜の宿を早めに見つけておいた方がいいかもね」
そう言いながらビビが示した先を見ると、『本日満室』の文字を掲げた宿屋が幾つも見えた。
「なんかめちゃくちゃ混んでるな。いつもこうなのかな」
「クラリスはどこか食べに行きたい店でもあるの?」
今しがた昼飯を気にしたクラリスに、ビビがそう言って質問してきた。
「ああ。出発前にシュウって奴に教えてもらったんだけど、『海の夢見亭』っていうところの海鮮シチューっていうのがかなり美味いらしい」
「へぇ。確かにお腹も空いてきたし、とりあえずそのお店を探してお昼にしよっか……」
「あっ‼ クラリス、あれじゃない⁉︎」
少し先のノルンが指差す方に『海の夢見亭』という看板を下げた、外見に味のある宿屋があった。
「宿屋なんだ。しかも満室マーク無し。これで価格が手頃なら、今夜はここでもいいかもね?」
ビビがそう言い出して、ルッツとクラリスが同意した。
そして、5人で宿に向かった。
そんな中クラリスは、スルトがさっきから妙にキョロキョロしていることが気になっていた。
「スルトは、さっきから何か探し物?」
「ダメだって、そいつにそれ聞いちゃ……」
「都会は美人が多い。しかも、キルケットとはまた違ったタイプがいて、見ていて飽きない」
ノルンの静止より先にスルトがそう答えて、クラリスは思わず笑ってしまった。
「スルトはスルトで、ブレないなぁ」
「がっつき過ぎなのよこいつ。こんなんじゃ、一人目の妻をもらう日が逆に遠のくんじゃないの? ってか、そんな日は一生来ないんじゃない?」
「そんなことはないだろう。俺だって俺なりに努力している」
「へぇ~、それってどんな努力?」
いじわるく、ノルンはスルトにそんなことを聞いた。
スルトは、ノルンから目線をそらして黙ってしまった。
「でもさ、努力云々はともかく。はじめから沢山の妻を得ることを狙うんじゃなくて、最初はちゃんと1人に絞った方がいいんじゃないか?」
「……」
クラリスの言葉で、スルトはさらにムスッとして黙り込んでしまった。
「勇者様も、1人目の妻ができてから2人目の妻ができるまでが2年空いてて、3人目はそのさらに7年後だって話だったじゃん。たぶん、最初からたくさん作るつもりだったんじゃなくて、一人一人と向き合ううちにただ単に大切な人が増えていったってことなんじゃないか?」
それはたぶん、義兄もそうなんだろうな、とクラリスは思っていた。
アルバスにとっては、アルカナも、ミトラも、ロロイも皆が皆大切な存在に違いない。
妻とは違うだろうが、たぶん、クラリスやバージェスも……
そう思えるからこそ『ミトラの妹』という立場でありながら、クラリスはアルカナやロロイに対して妙な感情を抱かずにいられるのだった。
クラリスのその言葉を聞いて、スルトがゆっくりと顔を上げた。
そして、ノルンの方横顔を見ながら「そうだな」と呟いて、『海の夢見亭』に入っていった。
→→→→→
海の夢見亭は比較的手頃な価格の宿だった。
そして、5人で1部屋でもよければ部屋は空いているらしかった。
「男女で同室だってさ、どうするビビ姉?」
「私は、ルッツやスルトとは昔から姉弟みたいなもんだから何も問題ないよ。クラリスとノルンはどう?」
「私も構わない。前のパーティーの野営じゃ、毎晩おっさん達との雑魚寝みたいな感じだったし……」
アース遺跡群探索中は、そんなこと構っていられるような状況じゃなかった。
クラリスが男のふりをしていた時期には、数ヶ月間もバージェスと同じ部屋で寝泊まりしていたこともあった。
「クラリスの前のパーティーって、話で聞くとなかなかのヤバさだよね。私はおじさんとの雑魚寝とか絶対に無理……怖い」
ノルンが顔を歪めながら言った。
「このパーティーだったら?」
「まぁ、ルッツとスルトならいいかな。ビビとクラリスが一緒なら大丈夫そう。……スルトがちょっと覗きとかしそうで怖いけど」
「……覗かない」
「うん。じゃあ、私もいいよ」
そうして女性3人が了承し、男性2人も特に異論はないようだったため、男女5人1部屋での宿泊となった。