14 勇者パーティー最強の闘士
翌朝は、いつものように日の出と共に野営地を出立した。
アルバスによると、このままのペースで進めば、昼過ぎには港町セントバールまで辿り着けるだろうとのことだった。
日が高くなるにつれて街道には徐々に人通りが増えていき、モンスターを狩りに出てきている冒険者なんかとも頻繁にすれ違うようになった。
そのせいか、周りからどんどんモンスターの数が減り、クラリス達護衛部隊はかなり手が空くようになっていた。
一応付近を警戒するような陣形を組んではいたが、このままならもうほとんど戦闘らしい戦闘をせずにセントバールまで辿り着けそうだった。
紅蓮の鉄槌の面々は、馬車の脇に司令塔のクラリスを残し、前後に分かれて少し離れたところを歩いている。
「そういえばさ、魔龍って『水』とか『火』とかの魔法属性の他に、『腐毒』とか『海原』とかっていう変なのも混じってるよな。あれってどういうことなんだろ?」
クラリスは、ふと頭に浮かんだそんな疑問を馬車の中のアルバスに投げかけた。
「それも魔法属性なのですよ」
すると、横からロロイが出てきてそう答えた。
「いや、そんな属性聞いたことがないぞ」
「『腐毒』も『海原』も合成の魔法属性なのです。『腐毒の呪い』は『風』と『闇』、『海原の祝福』は『水』と『光』の合成属性なのです」
「俺もロロイ以外からは聞いたことがない話なんだけど、どうやら本当にそういう属性があるようだ」
アルバスによると、すでに認知されている『爆裂』『氷雪』『雷電』などの合成魔法属性の他に、『腐毒の呪い』『大地の祝福』『海原の祝福』などと呼ばれる、通常には認知されていない別系統の合成魔法属性が存在するらしいということだった。
「俺も気になって色々と調べてみたんだけど……」
アルバスはそう前置きをして話を続けた。
「これまでにスキルで鑑定された魔龍の名称や、各地で発見されているオメガシリーズの名称を確認してみると、ロロイの話を裏付けるようなものがいくつもあったんだ」
アース遺跡群の地下深くに眠っていた無尽太陽。
その『尽きない太陽』の名を冠するアーティファクトもまた、そのひとつだということだった。
「あれは『太陽の祝福』なのです‼︎ 『火』と『光』の合成魔法属性なのです」
「そうか。世界には、まだまだ私の知らないことがたくさんあるんだなぁ」
「あぁ、俺もだ。知れば知るほどにそう思う」
「未知との遭遇。それこそがトレジャーハントなのですよッ⁉︎ ロロイはアーティファクトを全部見つけて、その全部を手に入れたいのです‼︎」
そう言って、ロロイが勇ましく拳を突き上げていた。
「私はそれよりも、もっともっと剣の腕を上げたいな」
知識の習得や探求は、アルバスの役割だろう。
クラリスには、クラリスの役割がある。
「クラリスは今でももう十分強いのですよ」
「出たな適当な慰め。私なんか、例え十人いたってロロイには勝てないだろ?」
「たぶん、クラリスが二十人くらいいたらロロイは負けてしまうのです。きっとクラリスなら二十人いてもちゃんと連携して攻めてくるから、さすがにロロイはスタミナが持たないのです」
ロロイがそう言うと、クラリスは「ははは」と乾いた声で笑った。
戦闘に関するロロイの見立てはかなり正確だろう。
ロロイは長期戦に弱い。
属性魔法力はとにかく、体力と気力、そして腹が持たないのだ。
「現状の戦力差は二十倍か。じゃあ、一対一でも勝てるようになるまで腕を上げなくちゃな」
「ファイトなのですクラリス! クラリスは毎日どんどん強くなっているのですよ!」
「もし私がロロイに勝つとしたら……、ロロイの言うようなスタミナ勝負だろうな。スタミナをうまく配分して、なんとかロロイの攻撃を受けきりつつ長期戦に持ち込むしかない」
クラリスは天賦スキルを持っていないので、スキルのスタミナに関してロロイとの単純な比較はできない。
だが、少なくとも鉄壁スキルなどの習得スキルに関しては、ロロイよりもかなりスタミナがあった。
ただし、実際にクラリスとロロイが戦った場合。
クラリスの鉄壁による防御など、爆発力のあるロロイによって一瞬で破壊されてしまうだろう。
だから、クラリスがロロイに勝つためにはそこを技術でどう埋めるかが鍵になるはずだった。
「つまりはロロイの感覚の上をいくような戦術を組んで、なんとか裏をかくしかない、か」
クラリスは対ロロイ戦を真剣に考え、真剣に悩んでいた。
仲間とはいえ、バージェスとロロイはクラリスにとって最も身近にいる目標となる人物だった。
そしてふと、全然違う別の疑問が頭に浮かんだのだった。
「そういえば、勇者パーティーで一番強かったのって誰? やっぱり勇者様?」
「んー」
アルバスは唸りながら少し悩み始めた。
「悪い悪い。相性とかもあるから、なんともいえないよな」
「そうだなぁ。対モンスター戦の実力なら『神の目』を持つライアンが間違いなく最強だろうが、単純な『強さ』だけを言えばアルミラの方が上かもしれないな」
そして、アルバスは意外な名前を口にしたのだった。
→→→→→
「アルミラって、獣使いのアルミラ? 中衛でサポート役だった獣使いが、勇者様よりも強いっての?」
クラリスは、当然の疑問を口にした。
それに対してアルバスは、真剣な顔をして頷いたのだった。
「獣使いというのは、つまりは魔獣の群れの大ボスのようなものだからな」
アルミラに使役されている魔獣達は、その全てが束になってもアルミラには敵わない。
だからこそ、魔獣達はアルミラに絶対服従を強いられている。
「獣使いの『調教』スキルについては、人間界隈ではいろいろと誤解をされている部分が大きいようだけど……。あれはスキルというよりは、ただの『獣の性質』なんだよな」
アルバスによると……
それは『天賦スキル』と呼ぶにはあまりにも原始的なものらしい。
目が合ったら殺し合いをして、勝った方が負けた方を服従させる。
より強いものが弱いものを従え、そのすべての権利を奪い取り絶対服従を強いるのだ。
獣人同士だろうが、獣人と魔獣だろうが、魔獣同士だろうが関係ない。
種族の優劣なく、ただただ強い奴が弱い奴を服従させる。
それは、ただの群れを成す獣の性質だった。
アルミラは、使役する百を超える魔獣のすべてを暴力でねじ伏せ、強制的に暴力による絶対服従を強いていた。
それだけの圧倒的な暴力を持っていたのが、アルミラという獣人なのだった。
とはいえ、勇者パーティーでのアルミラはあくまでも、配下の魔獣を使って警戒やサポートをするという役回りに徹していたらしい。
「ただ、一度だけアルミラが本気で戦ってるのを見たことがあるが、あれはヤバかった」
それは、ライアンが勇者となった後の話だ。
その時ライアンは、獣王ビストガルドからの要請を受けた皇王の勅命により、獣人国で起きた内乱を鎮めるために獣人国を訪れていた。
そしてその戦いの最中、獣人の反乱分子達がなんらかの方法で呼び起こした『闇魔龍ガミラス』と『光魔龍シルビス』の二体の魔龍がライアン達の前に現れたのだった。
「普段はずっと落ち着いていたアルミラが、なぜかあの時ばかりは激昂して、いきなり魔龍に殴りかかっていったんだ」
そしてアルミラは、素手で闇魔龍を殴り飛ばした挙句、魔障フィールドごと地面に叩きつけた。
そして、身動きしようとする魔龍をさらに殴りつけ続け、ついには魔龍の動きを完全に止めてしまったらしい。
相手の魔龍が生まれたてで、魔障フィールドの生成や魔法攻撃の技術がかなり拙かったことを差し引いても、それはあまりにも化け物じみた力だった。
「闇魔龍ガミラスを殴り飛ばしたこともそうだが、魔龍の攻撃を真正面から何発も受けながら攻撃の手が全く緩まないんだ。そのタフネスは、どう考えても化け物だ」
そして、アルミラが荒れ狂う闇魔法の中で全身ズタズタになりながら魔龍の含魔石を抉り出そうとしているところに、見かねたライアンが割って入ってとどめを刺した。
「その人、ロロイよりも強いのですか?」
「たぶん、ロロイが三人いても勝てないだろうな」
アルバスによると、アルミラはライアンやルシュフェルドのように、特殊な天賦スキルや技術を持っているわけではなく、戦いに使用するスキルは『鉄壁』スキルだけだったという。
だが、アルミラは獣人特有の天性の素質として、並の俊足スキル持ちを遥かに超える俊敏さと、剛力スキル並みの剛腕をもっていた。
そしてそこから繰り出されるアルミラの体術は、剛力と鉄壁の重ねがけをしたロロイを凌ぐレベルだとのことだ。
「じゃあ、私なら六十人分か……」
「いや、アルミラはスタミナやタフネスも半端じゃないから、たぶんクラリスが百人いても無理だろうな」
「……」
またライアンの妻となった後には、ライアンから数々の高級なスキル付きの武具を贈られてさらに戦力が増強したという話だった。
「そんな化け物、本当にこの世にいるのかよ……」
アルバスは少し困ったような顔をしながら頷いた。
それが、本物の勇者パーティーの実力といったところなのだろう。
最強の天賦スキル『神の目』を持った、勇者ライアン。
最強の雷電魔龍の魔障フィールドを貫くほどの魔術を作り出す、黒金の魔術師ルシュフェルド。
超広範囲をカバーする広域回復魔術と、一対一で本気で取り組めば、生きてさえいればほとんどの傷を修復するレベルだという超級の修復魔術。そんな広さと深さの両方の力を兼ね備えた、聖女ジオリーヌ。
最強レベルの格闘家でありながら、数々の魔獣を使役したサポート役に徹する、獣使いアルミラ。
鉄壁の防御と、それをパーティーメンバーにまで付与できる特殊な天賦スキル『鉄壁付与』を持った北の英雄、戦士ゴーラン。
習得している支援魔術は平凡ながら、親にすらひた隠しにしていた三つの特殊な天賦スキルを持つ、皇女フィーナ。
そして、荷物持ちのアルバス。
「まぁ、あのパーティーの中じゃ、間違いなく俺だけ浮いていたわな」
魔界ダンジョン攻略を命じられる直前の、完全に戦力が整った状態の勇者パーティーは、たった六人のパーティーでありながら皇都の騎士団を丸ごと相手にできるほどのとんでもない戦力を有していた。
そしてそれ故に、皇国内部の政治的な抗争に巻き込まれ、過去千年に渡り攻略不可能とされてきた難攻不落の古代遺跡『魔界ダンジョン』の攻略を命じられたのだった。