12 『雷電魔龍ギガース・ドラン』①
紅蓮の鉄槌の要人護衛クエストは、2日目と3日目も問題なく過ぎていった。
紅蓮の鉄槌の面々は、時間の経過と共にどんどん護衛としての動き方に慣れていっていた。
次々と現れるモンスターに対し、クラリスの指示がなくとも対処法についての共通認識を持つようになり、今では声を掛け合いながら各自で連携してことにあたっている。
クラリスは自らも戦闘に加わりつつ、全体を見ながらたまに動きを修正するような指示を出していた。
そしてロロイは相変わらずあちこちをちょこまかと歩き回っている。
ただ、よくよく見ているとたまに周辺の林や草むらに向かけてアルミナスの遠隔攻撃を放っているようだった。
おそらくは他の護衛達が気づいていないなんらかの脅威に対し、そうやって牽制をしているのだろう。
やはりロロイの護衛感覚は、にわか仕込みの護衛達とは一線を介すレベルのようだった。
「一歩引いた場所で戦場を俯瞰してみると、色々と面白いだろ?」
アルバスが、馬車の中から顔を出してクラリスに話しかけた。
「そうだな。なんか、今までとは全然違う世界が見えてきた気がする」
紅蓮の鉄槌の面々は皆少し離れた場所にいるため、クラリスはいつもの口調でそう返した。
「俺はいつも戦闘には参加できなくて、ずっとこうしてみんなの動きを見てきたからな。その俺から見て、クラリスの指示出しはなかなか様になってると思うぞ」
「……」
いきなり義兄にそんなことを言われて、クラリスは胸がむずむずするような不思議な感覚に陥った。
「にしても、ロロイの感覚は並外れてるな。同じ戦場にいる時も凄すぎて訳わからなかったけど……。今ここから見ても、私にはロロイに何が見えてるのかさっぱりわからないや」
照れ隠しもあり、クラリスはそう言って話題をロロイに移したのだった。
「感覚の鋭さが違うってことなんだろうな。それはそれだ。それに、さっきからアルミナスを使って色々やってるのって、ひょっとしたらただの暇つぶしで、意味もなく空中を打ち抜いてるだけかもしれないぞ?」
「えっ、そんなことあるか?」
「ロロイなら、あり得る気がするな」
「た、たしかに……」
そこで、妙に感のいいロロイが会話する2人に気づいて近づいてきた。
「2人でこそこそ、何の話をしているのですか?」
「いや、別に」
「なんでもないよ」
「なんだかロロイのことを話されているような気がしたのですが……何でもないならいいのです」
ロロイはどこか納得いかないような顔で、またフラフラと歩き回り始めた。
そしてまた、草むらに向かって拳をふるいはじめた。
→→→→→
ルッツ達はアルバスに、野営のたびに勇者パーティーの話をねだった。
勇者ライアンが討伐した魔龍の話は、どれも比較的有名なため、話としてはすでに知れ渡っている。
だが、やはり噂話で聞くのと、そのパーティーの一員だった当事者から話を聞くのとでは臨場感が全く違う。
「アルバスさん。もしよかったら、今日は雷電魔龍ギガース・ドラン討伐の話を聞かせてください」
食後にビビがそう言うと、アルバスは軽い感じで承諾し、話をし始めた。
それは、腐毒魔龍ギルベニアの討伐から遡ること一年ほど前の話だ。
雷電魔龍ギガース・ドランは、皇都の遥か北東の地で初めにその姿が確認された。
そして、周辺に雷電の雨を降らせ、野山を焼き払い、二つの村を消滅させながら、皇都東方の街『魔導都市アマルビア』へ向かってゆっくりゆっくりと迫っていたのだった。
その当時、ライアンのパーティー『黎明獅子団』は皇都ノスタルシアに滞在していた。
その皇都ノスタルシアから、雷電魔龍の進路にある魔導都市アマルビアまでは徒歩でおよそ1日の距離だ。
ちなみに当時の『黎明獅子団』のメンバーは、ライアン、ルシュフェルド、ジオリーヌ、アルバス、の4人。
これはライアンが勇者の称号を得る二年ほど前の出来事だが、その時のライアンは『風魔龍ルードマリア』『土魔龍ドドドラス』『双炎魔龍カエンバ』といった三体の魔龍の討伐実績により、すでに相当に名の知られた冒険者となっていた。
顔と名前が知れ渡り、皇都のどこへ行ってもチヤホヤされるライアンは、当時調子に乗って毎晩のように遊び歩いていた。
そして、その流れで貴族や騎士などとのトラブルを連発し、ついには大貴族の名の下に無期限の謹慎を言い渡されている最中だったらしい。
「えっ……勇者様って、そんな感じなんですか?」
「まぁな。戦闘力こそ凄まじかったけど、当時から我が強くて性格にはかなり難のあるやつだった。トラブルに関しては、まぁ相手も相手だってことが多かったけどな」
『庶民が調子に乗るな』という貴族や騎士団上層部の圧力に反発し、逆に力で相手を完膚なきまで打ち負かすような騒動を度々起こした結果。
やられたやつのさらに上の親玉が出張ってきてどんどん話がややこしくなり、どんどんトラブルが大きくなっていったという話らしかった。
「じゃ、やっぱり勇者様は良い人なんですね‼︎」
「うーん。良い悪いは置いておいて、とにかく強かった。だから、他の奴にはできないことを次々とやってのけるやつではあったかな」
雷電魔龍ギガース・ドランに話を戻すと。
観測史上かつてないほどに強固な魔障フィールドを持つその魔龍に対し、皇都騎士団と魔導都市アマルビア魔術師部隊との連合軍は瞬く間に甚大な被害を被り、なすすべもなく破れ去っていた。
そしてそんな中で、トドメとなる出来事が起きる。
当時の勇者であった『聖魔双剣のバルク』が雷電魔龍の雷撃の直撃を受けて戦死してしまったのだった。
騎士団の指揮系統は混乱を極め、もはや軍の体をなさなくなっていた。
そんな状態では、全員が命を投げ打ったとしても、数分の足止め程度にしかならない。
そんな時、皇都にて魔龍発生と勇者の敗北を聞きつけたライアンは……
「ここで活躍したら、俺が次の勇者になれるんじゃねーのか?」
などと言って一人で勇んでいた。
そして謹慎を破り、嫌がるパーティーメンバーを率いてアマルビア北方の地へと出陣したのだった。