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11 『腐毒魔龍ギルベニア』

そんな初日の夕食も終わる頃。


「アルバスさんは、本当に勇者パーティーのアルバスさんなんですか?」


ルッツがいきなりそう切り出した。

隣からビビが「失礼でしょ⁉︎」と言ってルッツを引っ叩いた。


「正しくは『元』だな。ただ、2年ほど前まで勇者ライアンのパーティーにいたっていうのは、まぁ本当の話だ」


アルバスがそう答えると、紅蓮の鉄槌の面々がどよめいた。


「やっぱり、本物はレベルが違うな」


たいまつの明かりに照らされた周囲の野営設備を見渡しながら、スルトが言った。


「私たちもサウスミリアやキルケットでいろんな冒険者を見たけど、こんなことできる人は一人もいなかったもんね」


「倉庫スキル持ちとか、そういう次元の話じゃないな、たぶん」


ビビとスルトも、感心しっぱなしだ。

ちなみにスルトも『倉庫』スキル持ちらしかったが、パーティーの不要物を預かるくらいでしか使っていなかった。


「去年キルケットで流行(はや)った(うた)の、勇者様が風魔龍ルードマリアを討伐した時に駆けつけた『荷物持ち』って、もしかしてアルバスさんのことですか⁉︎」


「ああ、俺のことだな」


それは、昨年のミストリア劇場発足時に吟遊詩人アマランシアが唄ってから一気に流行し、一時期はキルケットの至る所で(うた)われるようになっていた(うた)だった。


「土魔龍ドドドラス討伐の時、悪い神官に騙されて奴隷闘技場に捕まったジオリーヌ様を助けに、命懸けで闘技場に潜入したって本当ですか⁉︎」


「それはライアンとルシュフェルドだ。俺は、タイミングが悪くジオリーヌと一緒に捕まってた。……牢は別だったけどな」


「すっげぇ‼︎ マジで本物なんだ‼︎」


勇者ライアンのパーティーが行った、多数の魔龍討伐を含む偉業の数々。

アルバスもまた、その偉業の中心にいた人物なのだった。



「もしかしてアルバスさん。勇者様達が腐毒魔龍ギルベニアと戦った時にも、その場所にいましたか? っていうか私、アルバスさんに見覚えがあるかもしれないです⁉︎」


そこで、さっきからアルバスの顔をじぃっと見ていたノルンが、恐る恐るという感じで声を上げた。


「ん?」


「あの時、あの場所に。ジオリーヌ様と一緒に……アルバスさんもいましたよね⁉︎」


徐々に記憶が蘇っていっているようで、ノルンは喋りながら次第に興奮し始めていた。


そんなノルンが言っているのは……

皇都外周の街に出現した腐毒魔龍ギルベニアを討伐したという、勇者ライアンの有名な逸話だ。


「ジオリーヌ様の隣で、ジオリーヌ様に何か水をかけてましたよね⁉︎」


「あー、たぶん魔力回復薬だなそれ。口から飲んでたんじゃ魔法力の回復が間に合わなくなって……それで仕方なく全身にもぶちまけてたんだ」


「それで、ジオリーヌ様に凄い怒られてた⁉︎」


「あー、あいつ本当に口悪いよな。自分から『いいから早くぶっかけろ‼︎』とかって言ってきたくせにな。いざやったら罵詈雑言の嵐だ」


「凄い‼︎ 本当に、本当に勇者様の……、ジオリーヌ様の……」


そう言いながら、ノルンは感極まって泣き出してしまった。



→→→→→



それは『勇者ライアンの逸話』というよりも、『聖女ジオリーヌの逸話』といった方が正しいかもしれない。

それは、腐毒魔龍ギルベニアが撒き散らす猛毒の瘴気から、のちの聖女ジオリーヌが人間の限界を超えるような力で皇都外周都市の人々を救ったという逸話だった。


「魔龍ってのは、いつも本当に突然出現するんだ」


そう言って、アルバスはゆっくりとその話を語りだした。



→→→→→



今から約八年前。

『腐毒魔龍ギルベニア』は、突如として皇都ノスタルシア南方の山中に出現した。


全身から致死性の瘴気を撒き散らし、付近の生態系に甚大な被害を与えながら、その魔龍は皇都南方の外周都市へと至った。

そして、そのまま外周都市の上空をゆっくりゆっくりと横切りはじめたのだった。


間近で浴びれば数秒で全身が痙攣を始め、数分後には全身が紫に変色して死に至るという超猛毒。

このままでは皇都で数千人単位の死者が出るのは、もはや避けようのない事態だとされていた。


そんな中。

皇都近郊での『魔龍発生』の知らせを受けた貴族達は、騎士団に自分たちの警護を指示しつつ、我先にと皇都からの脱出を図りはじめた。

そして南方外周都市の住民達は、何もわからぬままに魔龍の襲撃を受け、上空から降り注ぐ猛毒の瘴気の中に取り残されることになったのだった。


そんな非常の事態に際し、後の勇者ライアンは騎士団の有志と連携して住民の避難誘導を行いつつ、魔龍との戦闘に入った。


「前年に起きた別の魔龍の一件で、ライアンは騎士団にもだいぶ顔が利くようになってたからな。ライアン達が出ると聞いて、貴族達の命令を無視してこっちに合流する騎士もかなりいた」


ただ、ここで大きな問題が持ち上がった。

あれほどの瘴気を撒き散らす腐毒魔龍ならば、もし仮に討伐できたとしても、消滅前に街中に落下することでさらなる甚大な被害をもたらすことが予見されたのだ。


最悪の場合。

都市がひとつ、2度と人の住めない不毛の地と化す。


そこで、ライアンたちは魔龍を皇都郊外へと誘導してそこで討伐するという作戦を立てた。


だが、相手は神の如き力を持つ魔龍だ。

どう考えても、こちらの思う通りに魔龍が動くはずがなく、作戦の実現見込みは非常に薄かった。

作戦とも呼べないようなその作戦の考案者は、後の聖女ジオリーヌだった。


「魔龍の瘴気被害はあたしが食い止める。とりあえず、死ぬ気で気張るから、ライアン達は魔龍に集中して」


そして、白魔術師ジオリーヌは、別動隊として猛毒を撒き散らす魔龍の真下の街中へと向かった。

そこで渾身の広域回復魔術によって降り注ぐ魔龍の瘴気を中和し、皇都の白魔術師達と共に毒に侵された住民たちの解毒治療を施して回ったのだった。


「この子、その時に外周都市に住んでて、ジオリーヌ様の回復魔術で命を助けられたんです。それでずっと感謝してて……」


ビビがそう補足すると、ノルンは鼻をしゃくりながら話を続けた。


『死ぬな‼』

『痛くても、苦しくても、諦めんじゃねぇ』

『私が助けるって言ってんだから、黙って助けられろ‼︎』

『もし私の魔術の中で死んだら、後で私がぶっ殺してやるからな‼︎』


結局その戦闘は三日三晩の長期に渡り、ついに腐毒魔龍ギルベニアは皇都郊外の平原にまで追い詰められた。

そして、ライアンの手によってトドメを刺され、付近に莫大な量の瘴気を撒き散らしながら消滅したのだった。

腐毒魔龍ギルベニアが消滅したドクサ平原は、今でも広範囲にわたり草木も生えぬ不毛の荒野となっているのだそうだ。


その後、その類稀なる回復魔術の力で多数の皇国民の命を救った功績により、ジオリーヌは白魔術師ギルドから『聖女』の称号を付与されることになる。

ちなみに、ライアンが『勇者』の称号を得たのは、この翌年のことだった。


「みんなは、聖女になるような人がそんな口汚いことを言うはずないって言うけど……、私はその言葉を聞いて生きる力をもらったから、あの地獄を生き延びられたんです」


ノルンが涙を拭いながらそう言うと、アルバスは少し困ったような顔をしていた。


「あいつ、本当に口悪いからなぁ。俺も『クソ』だの『ボケ』だの『ド阿呆』だのって、いつも散々なこと言われてたな」


「なんでも言い合えるのって良いですよね。本当に信頼し合っているからこそというか……」


「……。まぁ、そういうことにしておくか」


アルバスはかなり複雑そうな顔をしながらも、どこか懐かしそうだった。


そんな義兄を見ながら、クラリスは以前アルバスが語っていた話を思い出していた。

それは、アルバスが追放された経緯について、アルバス自身が語っていた話だ。


『茨の道や未踏の地を進むときには、俺のサポートも役に立つんだろう。だけどライアン達はこの先、整えられた道だけを進むと決めた。だからもう、荷物さえ持てれば俺じゃなくてもよくなったんだろうな』


『どこかで道が分かれるってのはまぁ、たぶんそういうことだ。別に誰かが悪いわけじゃない』



屋外に一瞬で野営拠点を作りだし、その力で魔界ダンジョン攻略中でさえも、勇者たちに日々街の宿屋と変わらぬレベルの暮らしを提供していたというアルバスは、以前そんなことを言って笑っていた。


追放されたことを根に持つどころか、良い思い出に変えてさっさと先に進んでいく。

飄々としていながらも、心の芯に柔軟さと力強さを併せ持つ義兄(アルバス)ならではの折り合いのつけ方だった。


そして、勇者ライアン達の『戦闘力』と『結果的に成し遂げた功績』については、いまでもアルバスはそれを誰よりも高く評価していた。


勇者ライアンの逸話について語るアルバスを見ながら、クラリスはそんなことを思い出していた。

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