10 野営地の夜
「えっ、野宿するんですか?」
少し日が傾き始めたキルケバール街道に、ノルンの悲痛な声が響いた。
特に人の往来が多いキルケバール街道には、大体1日分の距離ごとに3つの宿場町が存在している。
キルケットほどではないにしろ、それなりに頑丈な石の壁に覆われており、その周りのさらに広範囲を簡易な木柵が覆っている。
ただ、木の柵はかなり隙間が多く、小型のウルフェスやサルースならば簡単に侵入できそうだった。
「冒険者が野宿を嫌がってちゃダメだろ?」
そんなアルバスの言葉すら、紅蓮の鉄槌の面々には『凄腕冒険者の有難いお言葉』として受け止められているようだった。
「そうだぞノルン。冒険者たるもの、どんな状況にも対処できないとな」
ルッツにそう言われてて、ノルンがちょっとしゅんとした。
「いや、たぶんあいつは宿代をケチりたいだけだから……」
御者の2人まで含めると、この商隊は9人もの大所帯だ。
宿に泊まった際の宿代は馬鹿にならないし、それが往復の8日分ともなると相当な額になるだろう。
元々行商に行く予定だった女性の貴族であれば、間違いなく宿場町内の宿に泊まっていたはずだ。
そこで野宿という選択肢がでてきたのは、アルバスが経費をケチった結果に違いない。
クラリスはそう確信していた。
「うはははは、儲けっ‼︎」なんて声まで聞こえてきそうな気がしていた。
「ところで、感知罠魔術が使える奴はいるか?」
だが、実際にアルバスが口にしたのは、そんな野宿慣れした熟練冒険者を思わせる言葉だった。
「俺が使えます」
無口な罠魔術師スルトが、少し得意げに進み出た。
「円形に展開した際の範囲は? 遠隔地点での発動はできるか?」
「自分を中心に、ざっくり30mの範囲です。遠隔設置は……まだできません」
「30mとなると、ここなら目視でも見渡せる範囲だな。ちなみに発動は一晩中持つか? あと、睡眠状態でも展開は続けられるか?」
「いや、一晩はたぶん無理です。それに、眠ってしまうと途切れてしまいます」
矢継ぎ早に飛んでくるアルバスからの質問に、スルトはさっきまでの勢いを失って言いづらそうに答えた。
「なら、宿場街の外壁を背にして半円形の陣を作るか。念のためスルトの支援魔術には頼らず、2名ずつ交代で見張りに立とう」
アルバスはそう言って、早速準備に取りかかり始めた。
野営の中心地点を決めた後。
アルバスは『倉庫』スキルから設置型の柵を取り出し、周囲に放射状に柵を配置し始めた。
ロロイが慣れた手つきでそれを手伝い始め、紅蓮の鉄槌の面々と御者がそれに倣った。
「次は寝床を作るか」
そう言って、アルバスは次に天幕の組木を取り出し、男達に指示を出してそれを組み立てさせた。
「すっげぇ……」
そうして、ものの数分後には二つの天幕が完成し、さらには調理器具やらテーブルやら椅子やらが揃った簡易の食堂までもが出来上がっていた。
野宿とはいえ、ここまでくるともうかなり立派な野営拠点だ。
「信じられない……。中にベッドまであって、これじゃもう宿屋と変わらないじゃん」
ノルンも、そう言って目を丸くしていた。
宿場に出入りする冒険者や旅人達も、遠巻きにそれを見て何やらざわめいていた。
「夕飯は鍋でいいか?」
「ほーい! ロロイはそろそろまたラプロスのお肉が食べたいのです!」
「いや、特級モンスターの肉は貴重だから……。売り物にすればすごい額の金に……」
「クラリス達は昼間にすんごい頑張ってたのですよ?」
「うーん」
たぶん自分が食べたいだけのロロイが猛烈なプッシュをして、本日の夕飯は『海竜ラプロス鍋』に決まった。
「やっぱり、うんっっっっまいのですぅぅぅぅぅーーー!」
ロロイの楽しげな声が野営地に響き渡る。
紅蓮の鉄槌の面々は、震える手で特級モンスターの肉を口に入れ、その味を噛み締めていた。
「こんな貴重なものを……。アルバスさん、ありがとうございます」
「特級モンスターの肉。とんでもなくうめぇ」
ルッツは興奮しすぎて震えていた。
「美味しさの探究。これもまたトレジャーハントなのですよ⁉︎」
ロロイはお椀を掲げながら目を輝かせている。
「いや、なんか違うだろ‼︎」
そこに、クラリスがいつのものようにツッコミを入れる。
「ク、クラリスさんッ⁉︎」
「ちょ、ちょっとヤバいって!」
アルバスとロロイにとっては慣れたクラリスのツッコミに、紅蓮の鉄槌の面々があわあわと慌てていた。