09 護衛クエストの初日
アルバスが出発前に説明した話によると……
元々この依頼は『ラランドール・ウォーレン』というウォーレン家の三女が、セントバールまで行って野菜類の買い付けを行なってくるための護衛依頼だったらしい。
今回雇われた冒険者の護衛は、元々いるウォーレン家の護衛隊の他に、念のため雇った補佐的な護衛だということだ。
だが、出発の直前になってそのラランドールが体調を壊してしまった。
そしてその代役として、ウォーレン家にゆかりのあるアルバスが名乗りを上げ、ラランドールの代わりにセントバールに向かうことになったのだとか。
「……」
どう考えても、クラリスのパーティーがこのクエストを受けていなければ、アルバスはそんな代役は受けなかっただろう。
クラリスを心配して付いてきているのが見え見えだった。
クラリスは凄まじいモヤモヤ感を抱えながらも、ルッツ達の手前表立ってアルバスを問い詰めるわけにもいかなかった。
だからもう、むすっとしたまま黙っている他にないのだった。
「やべぇ、本物 だぞ」
「感動……」
「でも、本物は護衛なんか必要ないんじゃない?」
「いや、あの人は戦闘力ゼロだし。勇者パーティーと言っても『元』だよ」
思わずクラリスが口を滑らせてしまっても、ルッツ達にはほとんど聞こえていないようだった。
そうして、往復9日間にもおよぶ長期の護衛クエストが始まったのだった。
「さて、まずは自己紹介と行こうか。名前とギルド等級と戦闘職を教えてくれ。見たところずいぶんと若いパーティーだが……腕は確かなんだろうな?」
そう言ってニヤリと笑う義兄を、クラリスは苦々しい思いで睨み付けるのだった。
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アルバスが乗った馬車を中心に隊列を組み、キルケバール街道を進んで行く。
あっという間に午前が終わったが、アルバスは移動中のほとんどの時間を馬車に引き篭もって過ごしていた。
クラリスの予想に反して、アルバスはあくまでも『雇い主』という立場を崩さなかった。
どうやら方々に向けた手紙を書いたり、何かの設計図を確認したりしているようだ。
対してロロイは、度々外に出てきては馬車の周りをうろうろしたり、クラリスを含む紅蓮の鉄槌のメンバーにあれこれと話しかけたりしている。
『なるべく戦いには参加するな』と言われていようで、ロロイは戦闘には加わってこなかった。
だが、戦闘中でも構わずに話しかけてくるので、紅蓮の鉄槌のメンバー達にとってはただただ邪魔くさい存在となっていた。
ちなみに馬車は、おそらくはウォーレン家の従者であろう2人の男性が御者をして、2頭のウシャマに引かせていた。
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そんな中で、紅蓮の鉄槌の面々ははじめての護衛クエストにかなりの苦戦を強いられていた。
「ビビ姉、ウルルフェスが一体馬車の方に向かったぞ⁉︎」
「私今無理よ‼︎ クラリス行ける⁉︎」
「わかった‼︎ じゃあビビとルッツでこっちのウルフェスも頼む。……俊足発動‼︎」
「うぇぇっ‼︎ マジかよ」
「手の数が足りない‼︎」
普段の『紅蓮の鉄槌』の戦闘スタイルは、スルトとノルンの支援魔術で罠を張りながら、その罠にかかった獲物をルッツ、ビビ、クラリスの火力で順に仕留めていくというものだった。
スルトとノルンはそれぞれに魔障壁を扱えるため、多少ばかりのモンスターの襲撃は問題にならない。
そのため、普段から前衛3人には『後衛を守る』という意識があまりなかった。
つまりは紅蓮の鉄槌は、何かを守りながら戦うことに全く慣れていなかったのだ。
「南の上空にガーゴの群れがいる。ちょっと警戒しておいて」
「いや、街道の先にもまたウルフェスの群れっぽいのが見える。そっちが先だ」
「北の森で鳴き声あげてるのはサルース? 平原には出てこないわよね?」
「それよりも、そこにいるタマシュラを退けないと。馬車が引っかかっちゃうよ」
全員が全員バラバラの方を見てバラバラの敵に警戒するもんだから、さらに防衛陣がぐしゃぐしゃになってしまうのだった。
こういう時、バージェスのように戦場を俯瞰する指揮官がいると心強い。
クラリスはそう思いつつも、いないものはしょうがないと腹を括った。
「森までは距離があるから、サルースは気にしなくていいと思う。ガーゴも、今のところ私達には興味なさそうだから放っておこう」
クラリスはそう言って大声で皆に呼びかけた。
「もしよかったら、ルッツとビビは先行して街道の先にいるウルフェスの群れをお願い。目の前のタマシュラは私が退かす」
「よっしゃ‼︎」
「了解、クラリス」
「スルトとノルンは2人ペアで、念のため馬車付近で待機しながら、北の森のサルースと南の空のガーゴに警戒しておいて。もしそいつらが近づいてきたら、私が対処するから知らせて」
「……わかった」
「はーい」
クラリスの指示に、意外なほど素直に動く紅蓮の鉄槌の面々。
そして、やるとなったら各自の動きは素早かった。
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「いきなり指示出ししちゃってごめん」
昼食をとりながら、クラリスは皆に謝った。
「いや、助かった。……ルッツより頼りになる」
スルトが、そう答えた。
「あ! なんだよスルト‼︎」
「事実だろう? それに、皆との関係性から言っても、俺は指示役にはクラリスが1番向いてると思う」
そのスルトの意見もまた、的確だった。
普段から作戦を考案しているビビは、ルッツに絡んだノルンとの関係性の中で、色々とやりづらい思いを抱えているようだった。
だから、次々と判断を下さなくてはならないような移動しながらの護衛には向いていない。
そしてルッツ、スルト、ノルンは、そもそも作戦を立てるのが得意ではない。
「ということだから、午後も引き続き頼む。皆も異論はないよな?」
全員が頷き、そういうことに決まった。
そして初日が終わる頃には。
クラリスを指揮官とした、かなり強固な馬車防衛体制が出来上がっていたのだった。
個々の基礎能力が高いため、動き方のコツさえ掴めばかなり戦える。
それが、紅蓮の鉄槌だった。
「ロロイの出番は全く無かったのです」
「なかなか良いパーティーじゃないか」
結果的に、初日に馬車付近まで来られた攻撃的なモンスターは皆無だった。
この初日の成果は、雇い主もかなり満足のいく結果だったようだ。