08 クラリスと要人護衛クエスト
クラリスと同時にその依頼書を取ろうとした男は、黒等級の認識票を首から提げた細身の男だった。
少しちゃらい雰囲気を纏ってはいたが、見様によってはなかなかに男前だ。
彼は、魔術師らしき女とレンジャーらしき女とで、男女比1:2の3人パーティーを組んでいるようだった。
「おいっ‼︎ ちょっと待てよ。その依頼は俺たちが先に目を付けてたんだぜ」
ルッツがそう言ってズイッと前にでた。
「認識表を見る限り、特級の冒険者ですよね? 中級の護衛クエストなんか受けなくても、特級なら他にいくらでも受けられるクエストがあるでしょ? それにこの依頼の募集人数は5人だから、そちらのパーティーじゃ2人足りなくないですか?」
そう言って、ビビがさらに捲し立てた。
例え相手が格上の冒険者でも、こういう時は簡単に下手に出るべきではない。
冒険者の世界とは、そういうものだ。
「そっか。それじゃあしょうがないな。なぁみんな?」
男は、後ろの女2人にそう言いながら依頼書をベリっと引き剥がした。
「てめぇっ‼︎」
そう言って剣を抜きかけたルッツ。
だが、その男は素早い動きでルッツの動きを制すと、そのままその依頼書をクラリスへと差し出した。
「はいよ、頑張ってな」
「えっ。あ、ありがとう……ございます」
「セントバールには『海の夢見亭』っていう宿屋があってさ。そこのおやっさんが作る海鮮シチューが絶品なんだ。宿に泊まらなくても食えるから、わざわざセントバールまで行くんなら絶対に食ってみろよな」
それだけ言って、男はさっさと行ってしまった。
続いてレンジャーらしき女が、一同を見渡した後でスタスタと男の後を追って行く。
そして、最後に残った魔術師の女がヒョイっとクラリスに近づいてきて、コソコソと話しかけてきた。
「私はケイト、それで今話してたのが夫のシュウ。私たちバージェスさんの弟子なんだ。君もそうなんでしょ? クラリスちゃん」
「えっ、あ……はい」
つまりケイトとシュウは、クラリスの兄姉弟子ということらしかった。
「バージェスさんからは『仲間と楽しくやってるみたいだから、変に構うな』って言われてるんだけど……、ちょっとだけお話ししてみたくなっちゃってさ。へへへ、ごめんね」
小声でそれだけ言って、ケイトも他の2人の後を追って行ってしまった。
「ふんっ‼︎ あいつら俺の気迫にビビって逃げたな」
「なんだったんだろうね、あの3人。最後になんかクラリスと話してたけど……クラリスの知り合い?」
「いや、知らない人なんだけど。知り合いの知り合いっぽいことを言ってたかな」
「キルケットの出身だけあって、クラリスってけっこう顔が広いんだね」
ビビが感心したように言うので、慌てて「そんなことないよ」と否定した。
顔が広いのは、クラリスではなくバージェスだ。
「ってかビビ姉、今の3人じゃなくて2人じゃなかった?」
「えっ? 3人いたでしょ?」
「ええっ⁉︎ いたっけ?」
「いたよ。見えてなかったの? それとももう忘れちゃったわけ?」
「な、なんだよ。また俺が猪突猛進で周りが見えてない馬鹿だって言いたいのかよ」
「いや、別にそういうわけじゃないけど……」
「だいたいビビ姉だってさぁ……」
そんないつもの掛け合いを背に、クラリスはさっさとクエストの受注手続きをしに受付へと向かった。
そして手続きをすすめながら、ふとあることに気がついた。
「やばい……。8日以上も家を留守にすること、姉さん達に相談せずに決めちゃった」
クエストの開始は明後日。
今更辞めるとは言い出せないから、なんとかして姉と義兄を説得しなくてはならなくなってしまった。
「でもまぁ、なんとかなるか」
姉は心配性ではあるが、クラリスの意志は尊重してくれる……はずだ。
アルバスも、きっとそうだろう。
そうしてあまり深く考えずに、クラリスはその護衛クエストを受注し、いろいろと渋られたもののなんとか保護者二人の説得に成功したのだった。
→→→→→
紅蓮の鉄槌が受注した『要人護衛』のクエストは、東部地区ギルドのニコルによると、セントバールまで行商に向かうとある貴族の護衛だという話だった。
「どこのお貴族様だろうな?」
「こういう依頼って、変な金目当てや盗賊みたいな輩に付け入られるのを避けるため、最後まで護衛対象の名前を明かさないこともあるらしいわね」
「なんだよ、めっちゃ気になるじゃん」
そんな会話を交わしながら、皆で旅の準備を進めていた。
そして、当日。
集合時間になって指定の場所に現れたのは……
「商人のアルバスだ。よろしく頼む」
「その護衛のロロイなのです‼︎ ロロイと一緒にアルバスの護衛をよろしくなのです」
アルバスと、ロロイだった。
「はぁぁっ⁉︎」
クラリスは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「アルバス?」
「アルバスって、あの元勇者パーティーのアルバス様?」
「えっ、えっ⁉︎ 本物っ⁉︎」
「マジでっ⁉︎ ええええッッ⁉︎」
ルッツ達は、一気にテンションが上がって騒ぎ出していた。
「……ど、どういう事?」
それに対してクラリスは、混乱のあまり固まることしかできないのだった。