07火種
「マジかよっ‼︎ 闘技大会の参加費って、1人5000マナもするのかよ⁉︎」
キルケット東部地区ギルドに、ルッツの悲痛な叫び声が響いた。
賞品選定会の数日後、ついに闘技大会についての情報が正式に解禁となり、闘技大会の告知書がギルドに張り出されたのだ。
そして、参加費などというものがあることを今初めて知ったルッツが、大声で不平不満を述べているのだった。
「ほんと、キルケットのお貴族様は金儲けに余念がないね。まぁ受付の期限は20日後だから、今からでも節約すればなんとか貯められる額ね」
ビビが呆れたよう肩をすくめ、そう応じた。
「でも、勝ち進むにつれてオークションの護衛として高額の報酬で雇ってもらえるみたいだな。トーナメントの3回戦まで進めば、護衛の報酬は5万マナだってよ! すげぇじゃん、ここまで行けば大儲けじゃん‼︎」
「なんであんたはベスト16まで残れる気でいるのよ? でも、つまりは徴収した参加費で護衛代を浮かせようって魂胆なわけね……。ホントに、お貴族様は商魂逞しいわ」
「うわっ! 本当だ! でも、つまりは勝ちゃいいんだろ?」
「だからあんたは……まぁいいや」
「なんだよ!」
「なんでもない!」
そんなルッツとビビの会話を聞きながら、クラリスは引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。
なぜなら。
クラリスはつい数日前、姉がその『キルケットのお貴族様』の名を名乗ることになったと聞かされたばかりだったからだ。
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「姉さんが決めたことなら、私は反対なんかしないよ」
アルバスとの結婚以来、少しずつ変わって行く姉の姿を、クラリスは嬉しくも少し寂しい気持ちで見ていた。
そして、これで姉が本当にクラリスとは全く違う道に進んで行ってしまったということを肌で感じていた。
それでも、やはりそれは祝福すべきことだった。
アルバスという人生の伴侶を得て、彼と共に全力で前に進んでいく姉の姿は、クラリスにとってもこの上なく喜ばしいものだった。
「でも、私はその名を名乗る気はない。私は、私の決めた道を進んで行きたい」
そのクラリスの判断を、姉も義兄も尊重してくれた。
クラリスの望む道。
それは冒険者として、バージェスの隣を歩むこと。
その気持ちは、時間を経ても弱まるどころかどんどん強くなっていた。
そんなバージェスは今、東部地区ギルドで銀等級の冒険者として「ルードキマイラ」という魔獣の討伐隊に所属しているようだった。
たまにギルドで見かけると、クラリスはどうしてもその姿を目で追ってしまうのだった。
どうやらバージェスはクラリスやアルバスと知り合う前の一時期、キルケットにてこの東部地区ギルドを拠点にして活動をしていたらしい。
「今じゃ『キューピッド・バージェス』なんて呼ばれて弟子みたいな連中がたくさんいるけどさ。ここに流れてきたばかりの頃は死んだような目をしてずっと1人で椅子に座ってるような暗い奴だったんだよ」
長らくここで受付係をしているニコルという女性が、ずっとバージェスを目で追っているクラリスに、たまにそういう話を教えてくれた。
「一時期、西のヤック村の方に行っていたみたいだけどね。そこから戻ってきたらまたさらに性格が明るくなってて驚いたよ。なんでも今は、そこで知り合ったアルバスっていう商人の護衛をしてるんだってさ」
聖騎士の肩書きを捨て、この地に流れ着いたばかりの頃のバージェスの話をニコルから聞くことは、クラリスの最近の楽しみになっていた。
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「この特級クエストを受けられれば、1発で3人分の参加費が集まるんだけどなぁ」
そう言って、ルッツはウルルガルムの討伐クエストを物欲しそうな目で見つめていた。
「無理だってルッツ。それって特級のクエストでしょ? 流石に中級のうちらじゃ受けさせてもらえないよ」
「でもよぉビビ姉、討伐対象はウルルガルムだぜ。俺たちならもう倒せるって」
「そのクエストはシヴォン大森林絡みだからね。だから討伐対象が上級モンスターなのにクエストランクが特級になってるのよ」
ちなみにそのクエスト報酬は、通常の上級のクエスト相場の2倍だった。
シヴォン大森林は、今やルードキマイラがうろつく危険度の高い場所であり、そこに関するクエストを受けられるのはほんの一握りの特級冒険者のみだ。
必然的に、シヴォン大森林絡みの依頼がクエストボードに残ることが増えており、その相場は少しずつ吊り上がっているのだった。
「でもこうなると、私たちみたいな中級は、コツコツ初級とか中級とかのクエストを受けて小銭を稼いでくしかないわね」
「そんな調子で、期日までにちゃんと金が貯められるのか?」
「うーん。でも、他の方法っていうと……」
そうなると、最近姿を見かけなくなった他の冒険者達のように他の地区のギルドに拠点を移すしかない。
ビビは昨日も、メンバー達にそんな話をしたばかりだった。
「せっかくこの東部地区ギルドに慣れてきたのになぁ。できればもうしばらくここで頑張りたいよな」
受付係に顔と実力が知られているということは、それだけでもクエストを受ける時に色々と便利なのだ。
それに、顔見知りになった他の冒険者達もいる。
拠点を変えるということは、そういった人間関係を一旦リセットするということだ。
「どうするかねぇ」
身の振り方についても、色々と考える時なのかもしれなかった。
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「ねぇねぇルッツ、こっちにも良さげな中級クエストがあるよ⁉︎」
そこで、ノルンが声を上げた。
ノルンが指しているのは『【中級】港町セントバールまでの要人の護衛(往復)』だ。
開始日は明後日。募集人数はちょうど5人だった。
そして報酬は『1人当たり1万マナ』と、単発としてはそれなりに高額な依頼だった。
アース遺跡群を突っ切るアース街道と比べると、キルケバール街道は平原ばかりで見通しもきく。
その上はるかに人通りが多いため、護衛の難易度としては低めに設定され、そのクエストは中級扱いとなっていた。
「これなら、少し時間はかかるけど確実に目標額のマナが手に入るよ」
受けるクエストについては、いつもルッツとビビとで決めていて、そこにノルンが絡んでくるのは珍しいことだった。
ただ、最近のノルンはやたらとビビに対して対抗意識を燃やしているようで、よくこういう慣れないことをする。
その理由は、完全にルッツだろう。
ノルンはルッツに気があって、なんとかビビとルッツの間に入り込もうとしているのだ。
ただ、当のルッツはまったくそれに気付く気配がないのだった。
「お、本当だ。護衛クエストはやったことないけど。『補佐』って書いてあるし、キルケバール街道のモンスターが相手なら大丈夫かな。……ビビ姉、これどう思う?」
ノルンの意見をそのままビビに振ってしまうあたり、やはりルッツは鈍すぎる。
クラリスは頭を抱えながら、そんなルッツ達の様子を見ていた。
「でもセントバールって、ここから歩いて4日はかかるでしょ? それに、向こうでの滞在期間とかも書いてないし。往復で8日以上も使って、この報酬だとちょっと安くない? そのあたり、みんなはどう思う?」
「ビビってさぁ、そうやってもいつも私の意見を潰そうとするよね」
当然、それが面白くないノルンが拗ねる。
ビビはまともな意見を言っているだけだし、そもそもパーティーメンバーの意思を確認しているだけのつもりだったのだが。
ルッツが下手をこくせいで、いつもそれが軽い火種となっているのだった。
仕方がないので、最近はいつもクラリスが間を取り持つようになっていた。
「私はそれでもいいと思うよ」
討伐系のクエストは、数をこなさないとなかなか稼げない。
だが、これからも毎日目標額を稼げるだけの数のクエストがあるとも限らない。
そんな状況の中でこの依頼は……
「たしかに日数に対しての報酬は少し安いかもしれないけど。確実な稼ぎが見込めるってことを考えると、私はこれも悪くない選択肢だと思うな」
クラリスがそう意見を出すと、ビビもノルンも納得してそういうことに決まった。
そして、クラリスがそのクエストの依頼書をクエストボードから剥がそうと手を伸ばしたところで、横から出てきた別の手とぶつかった。
「あれ? お前達もこの依頼受けようとしてるのか?」
それは、見るからに腕の良さそうな雰囲気を纏った男だった。