06 紅蓮の鉄槌のゴブリン退治
「そう言えばさ、クラリスって本当に副属性無しなの? その剣のスキルって『水属性付与』でしょ? それなりにしっかり発動してるように見えるんだけど……」
その日のクエストに向かう道すがら、ビビがクラリスにそんなことを尋ねてきた。
「ん? 一応、西部地区ギルドでちゃんと本職の鑑定士に鑑定してもらったから、副属性が無いのは確かだよ」
「そうなんだ」
そうは言いつつも、ビビはどこか納得がいない様子だった。
「何か変?」
「うーん、私の天賦スキル『魔人の慧眼』によるとね……クラリスってかなり基礎魔法力が高い感じに見えるんだよね」
ビビの天賦スキル『魔人の慧眼』は魔法力の流れが目視できるというものだった。
魔法力属性の識別はできないため、ライアンの『神の目』のように魔障フィールドの解析や属性攻撃の見極めには役に立たないらしい。
だが、魔術の発動前から魔法力の収束する様子などが見えるため、対魔術師戦にはめっぽう強いというレアスキルだった。
そのビビによると、クラリスは属性魔法力がないが、その元になる『基礎魔法力』が高いようだとのことだった。
「例え基礎魔法力が高くても、私は全く魔術を扱えないんだから宝の持ち腐れだよ」
クラリスはつまらなそうに悪態をついた。
「そうとも言えないよ。基礎魔法力が高いってことはそれだけ魔術やスキルの攻撃に対する耐性が高いってことだし。しかもそれって、習得スキルや支援魔術にも関係するからさ。クラリスが習得スキルを覚えるのが早くて扱いがうまいのは、たぶんのそのせいよ」
「あ、そう言えばアルバスもそんなこと言ってたかも……」
「アルバス? 勇者パーティーの?」
「いや、ごめん今のなし。とにかく、悪い話じゃないってことだな」
「そうそう。クラリスって、自分で言うよりもずっとずっと能力値高いと思うよ」
ビビにそう言われて、クラリスは悪い気はしなかった。
バージェスやアルバスといった雲の上の存在からそう言われても、やはりどうしても慰めのように思えてしまうのだが……
同世代のビビから言われると、それを素直に受け止めることができた。
→→→→→→
今日のクエストは、5人で洞窟に潜りそこに潜むゴブリンの群れを一掃するというものだった。
「上位種のボスゴブリンもいるみたいだから、ゴブリン相手とはいえ気は抜かないようにね」
各自装備の確認を終えたのち、ビビがそう言いながらルッツと歩き出した。
そして、川岸の岸壁にぽっかりとあいた洞窟の中へと先行していった。
外は暖かい陽気だったが、洞窟の中に入るとひんやりとしていて一気に気温が下がる。
「このパーティーって、実はかなり洞窟探検に向いてるよな。なにせ照明点火を使える奴が二人もいるからな」
ルッツがそう言って、3番目と4番目に隊列を組んでいる支援魔術師のノルンと罠魔術師のスルトに声をかけた。
「任せてよルッツ」
「無駄口叩いてないで、護衛頼む。……さっそく来たぞ」
そんなスルトの言葉の直後。
二人分の照明点火で煌々と照らし出された洞窟の奥から、ギィギィと耳に触る声を出しながら数体のゴブリンが飛び出してきた。
「ビビ姉、右側2体任せたッ‼」
「了解、リーダー」
ルッツとビビが、それぞれに腰から短剣を引き抜いた。
普段平原で使用している槍や剣といった長物は、狭い洞窟内では扱いづらい。
それをきちんと把握してクエスト内容に合わせて装備を変えることからも、この紅蓮の鉄槌がただの勢いだけのパーティーではないことが伺えた。
そしてルッツとビビはあっさりと5体のゴブリンを葬った。
「楽勝」
「だね」
だがその直後、最後尾のクラリスの背後から3体のゴブリンが襲撃してきた。
「クラリス、後ろッ!」
「っ! 大丈夫だ!」
クラリスは水鏡剣シズラシアを腰から引き抜き、それを器用に扱いながら瞬く間に3体のゴブリンを葬った。
大振りで振り回すのではなく、身体に近い位置に引き付けながら扱うことで、狭い洞窟内でも問題なく剣を振るうことができていた。
また、ゴブリンの相手はアルバスたちと潜ったアース遺跡群でかなり手慣れていた。
なんだかんだ言ってすでに百体は討伐しているクラリスにとって、ゴブリンの相手はお手のものだった。
「すごい……」
「うおっ、一瞬焦ったぜ」
実は、ルッツたちは後ろからの襲撃を想定していなかった。
クラリスを最後尾に配置したのはあくまでも念の為で、短剣などの洞窟内戦闘用の装備は前衛のルッツとビビだけが装備していたのだ。
「大丈夫だ。この程度なら私一人で問題ない」
「今のクラリスの動きやばかったな。暗いせいもあるけど、剣の軌道が全然見えなかった」
「マジでクラリス頼りになるね。でも念のため、最後尾は私と交代にしようか」
そうして、そのまま5人で隊列を組んだまま洞窟の中を進んでいった。
→→→→→
5人が洞窟を抜けたのは、もうすぐ日が沈むという時間帯だった。
「意外とキツかったね」
「まさか、ボスゴブリンがデカスライムと共生してるなんてな」
「しかも10体はいたぞあれ…。クラリスがいなかったらやばかった」
洞窟の最奥にて。
多数のゴブリンに襲撃されて分断されたクラリスたちは、さらにボスゴブリンと通路を埋め尽くす数のデカスライムの襲撃を受けたのだった。
最後尾の魔槍術士ビビは、土属性をまとわせた魔槍でデカスライムを葬ったが、ルッツの通常斬撃では、魔障フィールドをまとうデカスライムに全く傷をつけることができなかった。
そんな中、水鏡剣シズラシアのスキルを全力で発動させたクラリスが、ルッツの代わりにデカスライムの魔障フィールドを次々と貫いたのだった。
「やっぱ俺も、属性付与スキル付きの武器が欲しいな」
ルッツがうらやましそうに、水鏡剣シズラシアを見つめながらそう言った。
「ルッツの副属性は、水と火だったよね?」
そう言ってすかさず、ノルンがルッツの言葉に反応する。
「だな。水の剣はクラリスが持ってるから、そうなると俺はやっぱり火属性だな」
「いいじゃん炎の剣。かなりかっこいいと思うよ」
「でも……高いよなぁ。クラリスの剣もけっこう高かったんだろ?」
「うん。ただ私は……義兄さんに成人のお祝いで買ってもらったんだけどね」
『水鏡剣シズラシア(水属性付与【大】)』
購入金額は、かなり値切った上での3万5000マナだ。
それは、普通の冒険者の3~4か月分の生活費が吹っ飛ぶような額だった。
クラリスはこの2ヶ月ほど紅蓮の鉄槌の面々と過ごしてみて、自分の金銭感覚が普通の冒険者とかなりずれてしまっていることに気がついた。
アルバス達と知り合ってアース遺跡群の攻略を成し遂げてからというもの、しょっちゅう10万単位のマナを目にしていた。
そしていつの間にか、それが当たり前の光景となっていた。
だが、普通の冒険者にとって10万マナ入りの封霊石なんてものは、まずお目にかかれるようなものではない。
3万5000マナもするような武器を提げている中級冒険者なんて、クラリス以外にほとんどないだろう。
東部地区ギルドにきたばかりの頃、目立ってごろつきみたいな冒険者達に難癖をつけられたのも、今となってはよくわかる話だった。
「そう言えばもうすぐ闘技大会だろ? 確か、今日が景品の選定会じゃなかったっけ?」
クラリスはふと、そのことを思い出した。
最近は西部地区のお屋敷にはほとんど帰ってこないアルバスとミトラだったが、たしか前にそんな話をしていた気がする。
クラリスがそう言うと、ルッツが「それだっ‼」と言って、手を打った。
「『属性付与スキル付きの武器』……たぶん、賞品にあるよな? そうでなくても、勝ち進めば賞金とかでがっぽり稼げるかもしれない」
「東部地区ギルドからも、先輩の冒険者が何人か選定会に参加してるから……明日になれば詳しい景品の話とかも聞けるんじゃないかな?」
「いよっしゃ‼ マジでやる気出てきたぜッ!」
そう言ってルッツは、夕暮れ時の街道を剣をぶんぶん振り回しながら歩いていったのだった。




