05 クラリスの問いかけ
「ところでさ、みんなが今1番欲しいものってなんだ?」
その日の討伐クエストを終えた帰り道。
夕暮れ時のキルケバール街道を歩きながら、クラリスはパーティーメンバーたちにそう尋ねた。
「俺はやっぱり『勇者の称号』だな」
ルッツがそう言うと、ビビが「ルッツ、昔からそればっかり言ってるよね」とからかった。
「はぁ? ビビだって似たようなもんだろ。お前の欲しいもの言ってみろよ」
「私はあんたよりも現実を見てるからね。欲しいものは『神の目』の天賦スキルと『神速』の習得スキルってところね」
「な、ビビ姉だってこれっぽっちも現実を見てないんだ。天賦スキルなんて、ビビ姉の歳になったらもう完全に決まっちまってるから無理だってのに。ちなみに俺にはまだまだ可能性があるけどな」
「と言っても、それもあと1ヶ月くらいなんだけどね」
ルッツは15歳、ビビは17歳だった。
通常、天賦スキルは16歳の誕生日ごろまでに完全に確定すると言われている。
そのためビビは既に確定して変わることがないはずだ。
そして、ルッツもまた1ヶ月後の誕生日までがリミットという状況なのだった。
2人が話しているのは、そういう話だ。
「やめろよな。天賦スキル無し、副属性無しの私の前でそういう話すんの」
もうすぐ17歳になるクラリスがそう言って悲鳴を上げると、笑いが起きた。
「20歳になって新たな天賦スキルが発現したって話も聞いたことあるから。クラリスや私だってまだまだ可能性あるよ」
「ビビ姉、それって。元々わかってた天賦スキルが『よくよく鑑定したらその上位互換でした』ってやつだろ? 流石に全く持ってないところからは絶対に無理だって」
「なんだよ、ビビ。変な夢見せるなよな」
クラリスが膨れながらそう言うと、またひと笑いが起きた。
「あははは、悪い悪い。でもその代わり、クラリスは闘気を使う習得スキルの扱いが物凄く上手いじゃん。私の教えた俊足スキルも、コツ掴んでからはほとんど一瞬で習得しちゃったし。下手に天賦スキル持ってるより、絶対そっちの才能の方がいいって」
「でも、できれば私も『私だけのレアな天賦スキル』とかを持って、それを使いこなしたかったなぁ」
「無い物ねだりは人の常だからな」
そこで、無口な罠魔術師スルトが話に入ってきた。
「まぁね。結局は無い物はないんだし、今持ってる中で最大限努力するしかないんだけどな。んで、スルトは何が欲しいんだ?」
クラリスがそう聞くと……
「ダメダメ。こいつにそれ聞いちゃダメだって」
支援魔術師ノルンがそう言って会話を遮ってきた。
「ダメなのか?」
「そ。絶対ドン引きするから。ちなみに私が欲しいものは『支援魔術を無限に放てる魔法力』だよ」
そしてそのノルンの言葉の直後に、スルトがボソッと「妻が欲しい。……5人」とつぶやいた。
「……」
「ほらスルト。クラリスドン引きしちゃってるじゃん」
ノルンが呆れたように言い。
対してスルトが「俺もルッツやビビと同じだ」と言った。
「どこがだー!」
「一緒にすんなー!」
ルッツとビビがそう言って応戦するが。
その瞬間、クラリスはふと気付いてしまった。
「みんなの欲しいものって。もしかして、全部勇者ライアンが持っていたもの……?」
ルッツの『勇者の称号』なんてのはそのままだし、ビビのは勇者ライアンのスキルセットだ。
そしてスルトの『妻5人』というのも、勇者ライアンの公式に知られている直近の妻の数だった。
「あれ、でもノルンのだけ違うか……」
「私のは、勇者パーティーの聖女ジオリーヌ様の力だよ」
ノルンの欲しがっている『支援魔術を無限に放てる魔法力』については。
聖女ジオリーヌが、腐毒魔龍ギルベニアから皇都外周都市を救った時の逸話からくるものらしい。
「ジオリーヌ様は、勇者様達が腐毒魔龍を討伐するまでの三日間。一時も休まずに広域回復魔術を使い続け、その結果、皇都外周都市で数万人の命を救ったのよ」
その時。
聖女ジオリーヌは、自身の身を危険に晒しながら腐毒魔龍の直下まで侵入した。
そして、周囲の住民達が魔龍の瘴気に侵されていくそばに寄り添い、広域展開した魔術で住民達に解毒中和治療を施し続けたらしい。
「その時の『救われた命』のなかに、私や私の両親も入っているんだ」
その時に聖女ジオリーヌが使ったという『広域回復術』は、そもそもが凄まじいまでの魔法力と精神力を消耗する大魔術だ。
その広域回復術を、三日三晩一睡もせずにフルで使い続けたというのだから、並大抵のことではない。
「凄いよね! まさに人智を超えた無限の魔法力。やっぱり憧れちゃう!」
「もし本当にそんなことができるなら、確かに『人智を超えた無限の魔法力』だな」
実はクラリスは、その話に聞き覚えがあった。
確か、アルバスが『魔龍との戦いに荷物持ちとして参戦して、三日三晩一睡もせずに魔力回復薬の供給を続けたことがあった』と言っていた。
その時は結局、通常のパーティーなら一年かかっても使い切れないような量の魔力回復薬の蓄えを、たった三日でほとんど消費し尽くしてしまったのだそうだ。
つまりはノルンの言う『聖女ジオリーヌの無限の魔法力』の正体は、その隣にいた荷物持ちが倉庫から出し続けた、無数の魔力回復薬だということだった。
でも、わざわざそれを幸せそうなノルンに言う必要もないだろう。
「それより、元勇者パーティのアルバスという人物が今このキルケットにいるらしい。既にこのキルケットで妻を5人も娶っているという話だ」
そこでスルトが横から入ってきて、自分の推す妻の話題に持っていった。
「私も聞いたよその話! そのアルバス様って、つい最近北の街道に現れた水魔龍を討伐した人でしょ? やっぱ勇者様のパーティ―にいたような人は格が違うよね。……会ってみたいなぁ。……キルケットにいれば、いつかは会えるかなぁ」
そう、ノルンが夢見るようにつぶやいた。
「今から6人目に立候補か? ノルンはあと2年経って16歳にならないとダメだな。まぁ、そもそも相手にされないだろうが」
「うるさいルッツ。……アルバス様に結婚を申し込む気とかないし」
そう言ってちらりとルッツの方を見やるノルン。
そんなノルンを見て複雑そうな顔をしているビビ。と、スルト。
「やっぱり勇者様のパーティーにはすごい人しかいないんだよなぁ」
ルッツはルッツで、そんな3人の視線には全く気付かずに、夢見るようにそうつぶやいた。
「風魔龍討伐の話は、もちろん知ってるよね?」
「俺は、メドク大坑道攻略の話が好きだな」
「2人目の妻にジオリーヌ様を娶った時の話と、5人目の妻に皇女フィーナ様を迎えた時の話が……」
「やっぱり1番は、腐毒魔龍ギルベニア討伐の話でしょ!?」
「魚人戦争での海原魔龍の討伐とか、獣人国での三体の大魔龍討伐の話も捨てがたいよな」
わいわいと勇者パーティの偉業について語るパーティメンバーたち。
「確かになぁ。ただ、アルバスに5人も妻がいるってのは、たぶん嘘だな」
クラリスが知る限りは、3人だ。
しかもそのうちの1人は非公式というか、本当は違うと言うか、なんとも言えない曖昧な状態だ。
ただ。
クラリスの知らないところで、色々とオイタをしていたとしている可能性も、なくもない。
今日帰ったら、一応聞いてみるかなぁ。と、クラリスは思ったのだった。
「でもその水魔龍。そいつが現れた時に、もし俺たちがその場に居合わせてたら……ひょっとしたら俺たちが先に討伐してたかもしれないよな‼︎」
「ルッツは夢見すぎだって。流石に無理でしょ」
「わかってるよ! でも、俺たちもいつかそんな偉業を成し遂げたいよなぁ。この、5人で」
『5人で』という、クラリスを頭数に入れたその数を聞いて、クラリスの心は少しざわついたのだった。
→→→→→
クラリスがこのパーティーにいるのは、あくまでも臨時要員としてだ。
始めはアルバスに言われて仕方なくだった。
そのつもりだったのだが……
ルッツのパーティーには、アルバスのパーティーでは味わえないような、確かな充実感があった。
アルバスは。
確かに戦闘力こそゼロに違いないが、武具やスキル、モンスターや世界に関する知識が幅広く、遺跡探索やその準備なども抜かりなく完璧にこなす。
さらには『一度通った道はほぼ忘れない』という、探索には欠かせない能力まで持っていた。
通常よりも容量が大きいらしい「倉庫」スキルも含め、彼の能力値は冒険者のサポート役に超特化しており、その範囲において、アルバスの能力値は間違いなく最高峰の物だった。
クラリスの目から見たアルバスは、間違いなく『歴代最強のメンバーが集った』と言われていた勇者パーティの、その一角を担って然るべき人物だった。
そんなアルバスだからこそ。
勇者パーティーを抜けた後にも、バージェスやロロイといった強力な仲間達が自然と周りに集まってくるのだろう。
だけど……
クラリスには、そんなアルバスの護衛パーティの一角を担うだけの実力が、圧倒的に不足している。
そのパーティーの中で、クラリスだけはたいした役に立っていない。
常々そんな思いを抱えていたクラリスは、自分を強く必要としてくれているこの『紅蓮の鉄槌』の居心地のよさに、ずっと心が揺れ動いていたのだった。
バージェス、アルバス、ロロイの顔が、浮かんでは消える。
アルバスがいつまでも何も言わずに自分をこのままにしているということは……
たぶん、クラリスがそう望むならばこのままアルバスの護衛を抜けてもいい、ということなんだろう。
私は、どうするべきなんだろう?
そう自分に問いかけてみても、やはりすぐに答えは出なかった。




