04 紅蓮の鉄槌と上級討伐クエスト
クラリス達が闘技大会の噂話をしていた日から、さらにさかのぼること一カ月ほど前。
クラリスが紅蓮の鉄槌に加入したばかりの頃。
メンバーたちは上級モンスターの討伐クエストに出かけていた。
数回の中級モンスター討伐クエストを経て、この5人ならばやれるかもしれないと少し背伸びをして受けた依頼だった。
ちなみに、東部地区ギルドの鬼婆ニコルに見つからないように、細心の注意を払って彼女が休みの日に受注した。
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「クラリス、ウルルガルムがそっち行ったよ」
魔槍術士ビビがそう叫んだ。
彼女は、素早いウルルフェス達の攻撃を、さらに素早い動きで避けながらカウンターを繰り出している。
クラリスたち『紅蓮の鉄槌』の、今回の討伐対象は『ウルルガルム』だ。
ウルフェスの上級上位種で、ウルルフェスよりもさらに身体が大きく、さらに獰猛なモンスターだった。
上級モンスターに分類される強敵であり、大抵はウルフェス種の群れのボスとして君臨している。
そして、周囲に多数のウルルフェスやウルフェスを従えている。
今、クラリスとビビはそんなウルルガルムを群れから引きはがそうと、誘いをかけながら戦っていた。
そしてウルルガルムが、クラリスの誘いに乗ってクラリスに襲いかかってきているのだ。
「わかった‼︎ 手はず通りに群れから引き剥がす!」
クラリスは、目を血走らせながら迫ってくるウルルガルムに背を向けて走り出した。
一瞬にして背中に荒い吐息が近づいてくる。
「俊足発動!」
クラリスは2倍の速度で移動できる習得スキル『俊足』を発動し、一気に地面を蹴って前に出た。
数秒後に後ろを振り返ると、真後ろに迫ってきていたはずのウルルガルムを一気に引きはがしていた。
「行ける……」
クラリスは少し速度を調節し、ジグザグに走りながらウルルガルムの注意を引き付けた。
若干の不安要素はあったが、俊足スキル発動中であれば十分に対応できるスピードだ。
覚えたてのスキルではあったが、教えてくれたビビからすぐに太鼓判を押されるほどの速度を出せるようになっていた。
打ち合わせ通りのルートを一気に駆け抜けながら、クラリスは周囲の林に潜んだパーティメンバーたちに合図を送った。
姿は見えないが、準備万端の合図の『白い布』が枝からぶら下がっている。
そして、約束のポイント。
目印の地点を飛び越え、そこで立ち止まって振り返る。
「ほらっ、こいよ」
そしてウルルガルムは、大木を背にして逃げ場のないクラリスに飛びかかろうと身構えた。
その時……
「拘束魔術‼」
「術式強化‼」
罠魔術師スルトの放った拘束魔術と、支援魔術師ノルンの放った強化の魔術により、ウルルガルムの身体が地面にベタンと叩きつけられた。
「ギャワァァァァァーン」
……だが足りない。
ウルルガルムの巨体は、一瞬の後にその拘束魔術を引きちぎり、すぐにでも左右の魔術師達に飛びかかろうとして再び身構えた。
「いまだ、ルッツ!」
荒い息を整えながら、クラリスがそう叫ぶ。
それと同時に、剣士ルッツが右手の林の中から躍り出て、ウルルガルムの胸の急所に深々と剣をつきたてたのだった。
相手が上級モンスターであれば、拘束魔術が破られるのは織り込み済みだ。
「ギャォォォォーン」
断末魔の叫び声をあげ、倒れ伏して動かなくなるウルルガルム。
「よっしゃあ! ウルルガルム討伐完了だ。上級モンスターも、もう俺たちの敵じゃねぇな」
ルッツは剣を納め、座り込んで荒い息を吐くクラリスに向かって手を差し伸べた。
「私より、ビビは……」
ビビは、ウルルガルムを群れから引き離すクラリスに代わり、多数のウルルフェスとウルフェスの群れの中に1人で残っていた。
元々、クラリスとビビのうち片方がウルルガルムを誘う役で、もう片方がその他のウルフェスとウルルフェスを引きつけておくという作戦だった。
「そっちもちゃんと倒したね! クラリスの加入のおかげで、私たちの戦術の幅がぐーんと広がったわ」
そう言って、ビビが血のついた槍を拭いながら近づいてきた。
既に、あちら側にいたウルルフェスたちも全て討伐が完了したようだ。
「凄いなビビは、もうあの数のウルフェス達を討伐したのか」
クラリスが驚いてそういうと、ビビは恥ずかしそうに鼻をこすった。
「私は、速さじゃ誰にも負けないからね。スピード頼みのウルフェス種なんかは敵じゃないよ。……まぁ、半分くらいはウルルガルムの断末魔を聞いて逃げていったんだけどね」
そんな風に、皆でクエストの完了を喜び合っていた、その時……
討伐したはずのウルルガルムが、突然動きだした。
「ギャォォォォオォォォォーッ‼」
口から血を吐きながら、再び断末魔に似た叫び声を上げ、血走った目をクラリスたちに向ける。
そして、クラリス達が身構える間も無く、いきなり飛びかかってきたのだった。
「やべぇっ‼︎」
「みんな回避してっ‼︎」
ルッツとビビが即座に回避行動をとり、横に逃れる。
だが……
クラリスはそれより先に手が動いていた。
腰の剣を鞘から引き抜きながら、そのまま上に跳ね上げる。
「くっ……」
しかし、腕力が足りずに致命傷を与えることはできなかった。
クラリスは、そのままウルルガルムの体当たりをもろにくらい、林の中へと吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされながらも剣を振り下ろしてさらに一撃を加えるが、これも致命傷を与えるには至らない。
地面に転がったクラリスに向かって、左右から新たなウルルフェスが飛びかかってきた。
逃げていったと見えたウルルフェスが、森の中から回り込んできていたのだ。
「くっそ!」
地面を転げながら、それをギリギリで回避する。
ついでに前足を斬りつけて、1匹を行動不能にした。
クラリスが立ちあがろうとした瞬間を狙って、もう1匹が飛びかかってきたので、それも返り討ちにした。
「くっ、ウルルガルムは……」
「大丈夫。今度こそ、完全にトドメを刺した」
ウルルガルムの方は、回避の後に左右から同時にとびかかったルッツとビビによって、今度こそ完全に息の根を止められたようだった。
前足を負傷して動けなくなったウルフェスは、スルトの拘束魔術によって地面に張り付けられている。
「大丈夫、クラリス?」
そう言ってビビが近づいてくる。
少し遅れて、ルッツも駆け寄ってきた。
「クラリス……お前、それで本当に中級なのかよ?」
「えっ?」
ルッツから掛けられた言葉に、クラリスは一瞬耳を疑い聞き返してしまった。
先程のウルルガルムの攻撃について。
2人は完全に回避できていたのに、クラリスだけはまともにその体当たりを食らっていた。
多分ルッツは、そのことを言っているのだろう。
「えっ、いや……」
突然の侮蔑の言葉に、クラリスは言葉を失ってしまった。
アルバスのパーティにおいても、クラリスは他の2人に比べて完全に格下だった。
聖拳アルミナスを使いこなし、魔龍すらも討伐してしまうほどの力を持ったロロイ。
元聖騎士であり、とてつもなく広い視座で戦場を捉えているバージェス。
そんな2人に対して、常に抱いていた劣等感。
それが、こんな場面で再びジリジリと心を蝕んでいった。
自分には誇れるような技も特技も、技術もない。
「私は……」
自分なんかは……
「すっっっげぇじゃねぇか、クラリス!」
「えっ……?」
「あの状況でよく反撃なんかできたな! しかも二発も‼」
「私達なんか、逃げるだけで精一杯だったのよ」
「あんな動きできる奴、たぶん上級にだっていねぇよ!」
「あと、ルッツは気付いてないっぽいけど。さっきウルルガルムにぶつかられる寸前、左手だけ鉄壁スキルで覆ってガードしてたでしょ? あのスキルの発動速度。私、見てて震えがきちゃったよ」
「クラリス。やっぱりお前、めちゃくちゃ強いんだな!」
ルッツとビビに代わる代わるに話しかけられ、クラリスは何が何だかわからなくなってしまった。
「えっ……。そうなの?」
本当に、自分はそんなことを言われるほどの腕前なのか?
クラリスには、疑問でしかなかった。
「そうなのって?」
「私って……強いの?」
それを聞いて、2人は顔を見合わせた。
「強いだろ?」
「どう見ても、かなりいい腕前してるよ」
「いや、今までこんなくらいは当たり前というか……、今までのパーティにはもっとすごい奴らしかいなかったし……」
「いままでどんな化け物パーティにいたんだよ」
呆れたようにルッツがそう言った。
「それは……」
魔法剣を使い、100体近くのゴブリンを一瞬で全滅させるやつとか。
無尽水源の力を使って平原を雪原に変えるやつとか。
特級モンスターを討伐するやつとか。
魔龍を討伐するやつとか。
あと、100万マナ分もの装備品をポンと護衛に買い与えるような太っ腹な商人とか。
よくよく考えてみると、あのパーティにいたやつらは全員普通じゃなかった。
「……そう、か」
ポッポ村でアルバスが言ってた通り。
クラリスの日々の鍛錬は、知らず知らずのうちにきちんとクラリスの力になっていたのだろう。
「ありがとう。なんかやる気出てきた」
クラリスがそう言うと、ルッツたちは再び顔を見合わせた。
「このまま行くと、そのうちルッツとリーダー交代だね」
「まてまて、俺だってちゃんと訓練して成長してるんだぞ! だいたいビビ姉だってなぁ……」
と、いつもの調子でのからかいあいが始まった。
「……」
紅蓮の鉄槌は、とても居心地がいい。
アルバスの護衛隊と比べると、相対的に自分の役割が大きくて、皆の役に立てているという実感が持てた。
先程のウルルガルムの討伐クエストについても。
もしアルバスたちと共にそれを受けたのなら、アルバスとバージェスが作戦を決めて、ロロイあたりが遠くから遠隔攻撃スキルでぶん殴るだけで全てが終わっていたのだろう。
そこに、クラリスの出番なんかはどこにもない。
せいぜい後方のアルバスの前に陣取って、護衛という名目で時間を潰すくらいだ。
でも、紅蓮の鉄槌ならば……
皆で作戦を立てて。
皆で協力して。
時にアクシデントに見舞われながらも皆で一丸となって目的を達成する。
それは、クラリスにとってとてつもなく魅力的でやりがいのあることに感じられたのだった。




