38 余談「アルバスの借家」
これは余談だが。
俺の手がけた長期滞在者専用の宿は、やがてその宿システムそのものが『アルバスの借家』と呼ばれるようになっていった。
『借宿』ではなく『借家』だ。
それは、元々の俺の意図が組み込まれた呼び名であった。
始め、冒険者たちは「安いから」という理由でこぞって俺の借家への宿泊を希望した。
その中から俺は、冒険者としての腕や性格に問題がなさそうな者を選んで俺の宿の借主としていった。
ちなみにだが、元々この地区の防衛にあたってもらっていた冒険者たちについては、希望するならば優先的に借主となれる様に取り計らっていた。
なにせクエスト前の『面接』の主な目的は、冒険者としての腕に加え、俺の宿の借主としての適正を見極めることだったのだから……
そして彼らは、家具も何もないその部屋に自分で家具を揃え、そして住み続けるうちにだんだんと愛着が湧き、やがてそこにただ「安いから」という以上の価値があることに気づく。
大いなる目的に向かって宿代を節約するため、最後は野宿を選ぶ様な彼らだったが……
莫大な資金を貯めて土地を買うことを目指すより、このままこの部屋に住み続けるのもありなんじゃないか?
そう感じ始めるのに、大した時間は掛からなかった。
また、そうこうしているうちに俺以外の商人や貴族たちも、こぞってこの「アルバスの借家」事業に参入してきた。
ジルベルト・ウォーレンが俺の案を聞き『キルケットの宿事情を数年で塗り替えてしまうような話』と言っていたが……
一瞬のうちに、まさにその通りの状況となりはじめていたのだ。
通常の宿とは違い、半年以上の長期滞在を前提にしている『アルバスの借家』は、貸し出す側にとっては手間が少なく安定した儲けが期待できる優良な収入源となる。
貸し出す相手の冒険者としての腕や継続した金払いができるかどうかなどを見極めることが必要になるが、とにかくそれは上手くやればかなり楽に儲かる商売だった。
早くもそれに気づいた者たちが、例のお披露目会の直後にさっそく西門外の残りの空き地を買おうとジルベルトに話を持ちかけたらしいのだが……
ジルベルトの『西部地区門外の開発に横槍を入れることは、俺が許さない』という鶴の一声で、西部地区の門外における開発は完全に俺だけの特権となっていた。
ミトラの件もあり、それ以上そこに口出しをしてくる者は誰1人としていなかった。
そしてジルベルトはというと。
土地を求める貴族や商人たちに、まだ空きのある南側門外の土地を、門内の外周部とほぼ同等の値段で売り払っていった。
南側の門外地区には西側同様に雑木林が広がっている。
ただ、すぐ近くを通る河川から頻出する水性モンスターのせいで、西側以上に開発が難しそうだった。
だがそれでも、皆こぞってその土地を買い求めたらしい。
その土地の売上自体は貴族院の収益となるのだが、ジルベルトはそれらの土地売買に関わるマージンにより莫大な利益を上げていた。
さらにジルベルトは、この流れに戦々恐々としている門内の宿の経営者達へ、経営方針の転換を持ちかけていったらしい。
元々手がけていた土地売買に関する人脈を活かした形だが……相当にしたたかだ。
そうしてジルベルトは、ミトラの術で宿の内装設計を借家用へと作り替えることを、事業として成立させて行ったのだった。
さらにはその過程で門内の宿をいくつも買い上げ、元の持ち主を下請け宿賃回収人に据え、ついには自分も門内の土地と物件を使った借家経営を始めたのだから、本当に侮れない男だ。
とにもかくにも。
このままあと数年も経てば、キルケットの冒険者たちの住宅事情は、今までとは全く異なるものとなっていくだろう。
俺が考案してから数ヶ月で、キルケット中に広がった『アルバスの借家』は、冒険者や商人のキルケットへの定着を促し、この後のキルケットの人口増加や経済の発展、防衛力の強化などに大いに貢献することとなる。
そして、その元となる借家システムの考案者として……
『商人アルバス』の名は、城塞都市キルケットの歴史に深く深く刻まれることとなるのだった。
→→→→→
実際の儲けとしては……
20人収容できる借家1棟につき、平均して3200マナ×20人=64000マナの儲けだ。
そして闘技大会までに完成予定の全30棟の借家を合わせれば、実に月200万マナ近い安定した収益が見込まれていた。
さらに俺は、その俺の土地で飲食の店や武具の店、家具の店なんかも始めていた。
その中でも特に、俺は家具の店に力を入れていた。
ミトラの作るここにしかないモンスター家具シリーズはきっと、借家に住む冒険者たちだけでなく、ゆくゆくはキルケットの街人や貴族たちにも広がっていくだろう。
それら全てをひっくるめると、最終的な収益は、実に月300万マナを超えることが見込まれているのだった。
「うははは……儲け‼︎」
久しぶりに言った気がするが……
先行きは、本当に踊り出すほどに希望に満ち溢れていた。
そしてそれは、仲間たちの協力を得ながら俺が悩み抜いた末にこの手で掴み取ったものだ。
そう。
たとえ今が永遠に続かなくても。
俺は……
俺や妻達、そして仲間達にとってより良い明日を掴み取る。
そのために、これからも先へ先へと進み続ける。
いつかもう歩くことができなくなる、そんな日まで……
俺はもう、この歩みを止めるつもりはなかった。
余談ですが、いつものごとくそこそこ本筋に関わる話になってしまいました。
そして、これこそ真の余談ですが……
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