37 共に歩む
「お兄様……」
再び宴会が始まった会場の片隅にて、ミトラがジルベルトとソファーに座り込んで相対していた。
「なんだ、ミトラ」
「ご協力に感謝いたします。ですが、ミストリア劇場は私とアルバス様のものでございます。決して、ウォーレン家のものではございませんよ」
「……わかっている。俺は本気で取り組んでいる者の商売をかすめ取るような、姑息な真似はしない」
「その言葉が、嘘偽りのないものであることを願います。先程は『可愛い妹』などと、随分な大嘘をつかれておりましたが……?」
ミトラのその言葉に、ジルベルトは少し『ふふふ』と笑いながら答えた。
「アレは効果的だっただろう? クドドリンはなかなか良い顔をしていたぞ」
「そうでございますか。私には見えませんでしたが……」
「俺は、俺が認めた相手に嘘はつかん。そして俺は、お前のことを認めている。だからミトラよ……お前もきちんと約束を守れよ」
「もちろん。わかっております」
ミトラは、ジルベルトの方に真っ直ぐ顔を向けながらそう答えた。
→→→→→
選定会の前日。
「私と、取引をしませんか?」
そう言ったミトラに対し、ジルベルトはその言葉を一笑に付した。
「取引だと? お前が、か?」
「私は。アルバス様には、いつまでも自由な商人でいて欲しいと思っております。だからこそアルバス様は、そのような足枷は負うべきではないと……そう思っております」
「ほう?」
ジルベルトからの威圧がキツくなり、すでに泣き顔だったシュメリアの顔が、さらに引き攣った。
だが、ミトラはそれを意に介さずに話を続けた。
「ウォーレンの家名は私が名乗ります。アルバス様とクラリスは、あくまでも自由な商人と冒険者でございます」
「ウォーレンの名を『足枷』とは、随分な物言いだが。まぁいいだろう。ではミトラよ……お前は何ができる? この俺に対して『取引』などと抜かすのであれば、もちろんそれなりの対価を用意しているのだろうな?」
「……私に商売の才能はありません」
「ほう。では何ができる? よもや『木を彫れる』などどは言わぬだろうな?」
「ええ、その通りでございます。私は、木の細工が作れます」
その言葉を聞き、ジルベルトが大声で笑い出した。
「それで? それができる者が、このキルケットに何百人いると思う?」
「それは……私1人でございましょう」
「なにを馬鹿なことを……」
再びジルベルトが笑い、話は終わりだとばかりに手を払った。
「では……、今からここで、その証拠をお見せしましょうか?」
「ほう。それほど言うならば、見せてみろ」
あくまでも自信に満ちたミトラの言動。
それに、ジルベルトは少しだけ興味をそそられた様だった。
「はい。では……」
そう言って、ミトラがゆっくりと立ち上がる。
そして、木の机を挟んで、ジルベルトの前で両の手を左右に広げて見せた。
「? 何をする気だ?」
「言いましたでしょう? ……証拠をお見せします」
ミトラの両の掌に、風と土の魔法力が集まり、魔術を形成していく。
ミトラはそれを、パチンと中央で混ぜ合わせた。
二つの魔法力は瞬時に均一に合成されて錬金の魔術となり、ミトラの前方で大きく膨らんでいった。
そして、ミトラとジルベルトの間にある木の机を丸々と包むほどまでに広がり、そのままパチパチと音を立てて弾けていった。
「っ⁉︎」
それに危険を感じたシーマがジルベルトの前に飛び出して右手をかざす。
その右手から結界が展開され、瞬く間にジルベルトとシーマを覆い隠した。
支援魔術ではなく、おそらくはアイテム由来のスキル『魔龍の結界』などに類するものだろう。
それと同時にカルロが前方へと飛び出し、ミトラの魔術の発動を中断しようと襲いかかる。
だが、カルロはミトラまで到達するより前に天幕の外へと吹っ飛んでいった。
「ミトラを殴るのは、ロロイが許さないのですよ‼︎」
「ちっ⁉︎」
即座に体勢を整えて天幕に戻ろうとするカルロに対し、ロロイが遠隔攻撃の連撃を放ってそれを阻害する。
「ミトラ。こういう場で魔術を使うときは、一回その旨をキチンと宣言してからにしろ。今のは……こちらが悪い」
「申し訳ございません。こういう場には不慣れなものでして。護衛のお二方、驚かせてしまい申し訳ございませんでした」
そう言ったミトラを、シーマの作り出した結界の中から見やったジルベルトの顔が……驚愕の色に染まった。
ミトラとジルベルトとの間にあった木の机が変形し、それが、この地区全体に俺が思い描いている街の全景を模った、精巧なミニチュアとなっていた。
建物の形状どころか、壁や屋根の質感、そして草木や土地の起伏に至るまでが、そこには完全に木で再現されていた。
「なんだこれは……。これは、ミトラ、お前がやったのか?」
ジルベルトは見たことのない顔をしていた。
それほどまでに、目の前の光景が信じられないのだろう。
「ウォーレン卿。私はこのように木の細工が作れます。ただし……、手を触れず、一瞬で、大量に、材料がある限りいくらでも……それを作ることができます」
先程までと変わらぬ口調で淡々とそう語ったミトラは、再び同じことをして一瞬でそれを元の木の机に戻したのだった。
「さて、ウォーレン卿。この私と同じことができる者が……このキルケットに何人おりますでしょうか?」
「ミストリア劇場の精巧な木人形……、そして、あまりにも早いこの地区の建造物の建築速度……。そういうことか」
ジルベルトは、そんな驚きの中、徐々に状況を受け入れているようだった。
「私は一生涯をかけて、私のこの力を。それを見出してくださったアルバス様のためにのみ使うつもりでした。ですが、もし血と名を分けた家族からの懇願であり、それがアルバス様のためにもなるというのであれば……多少の助力は、考えてみても良いかと思っております」
そのミトラの言葉を聞き。
驚愕に染まっていたジルベルトの顔が、瞬時にギラギラした商売人の顔となった。
「あの屋敷と共に俺が捨て去ろうとしたものは、これほどのものだったというわけか……」
「いいえ。それは違いますよウォーレン卿」
「ほう……。アルバス、か」
「ええ。アルバス様が、私の手遊びに過ぎなかったものに価値を見出してくださいました。ただの自己満足に過ぎなかった私の力を、生きるための確かな技術へと変えてくださいました。そして、それをここまで磨き上げるための、心の拠り所となってくださいました。もし私があのままウォーレン卿の庇護の元に居続けたとしたら……この力は今でも何物にもなっていないままだったことでしょう」
「……」
ウォーレン卿は黙り込み、それから俺の方をじっと見据えた。
そしてポツリと「これが愛というやつか」と呟いた。
「ジルベルト様も、そろそろ探されてはいかがですか?」
すでに結界を解いたシーマが、ジルベルトに対してそんな軽口を叩く。
それに対して、ジルベルトはめんどくさそうに手を払ったのだった。
「ウォーレン卿。……私と取引をしませんか? 私が十分な対価をご用意できることは、もうお分かりいただけたかと思います」
「ああ。確かにその力ならば……欲しい」
「一度は屋敷と共に売り払われた身でございます。そして、今更名乗るつもりなど毛頭なかった名でもありますが……今は私にもウォーレン家の権力が必要です」
互いに互いの欲しいものを提示し、その価値に納得し合い、取引を行う。
「ああ、では……」
「はい。では、商談を先に進めましょうか、お兄様」
ミトラとジルベルトは、その後いくつかの細かい取り決めを交わし、そして互いに合意に至ったのだった。
ミトラは、ジルベルトを相手にしても一歩も怯むことなく、望む条件での交渉を進めきった。
その、以前とは別人のようなミトラの姿に、ジルベルトは終始驚きを隠しきれない様子だった。
『望むものは、自分達の才覚と力で掴み取る』
『俺を前にして、堂々とそう言い放つお前たちだからこそ、俺はお前たちをウォーレンの一族として迎え入れたいのだ』
そして、どこか嬉しそうにさえ見えたのだった。
→→→→→
お披露目会の後。
宴もたけなわとなり、俺はバルコニーに逃れていた。
ミトラとクドドリンの言い合いの後。
何故か俺のところに『なんたら卿』みたいな奴らが度々話しかけてきた。
また、その子女だという若い女たちを度々紹介され、さらには色々と質問攻めにされてしまっていた。
そんな俺の様子に耳を傾けていたミトラは、やがて少し不機嫌そうな態度を見せながら、ジルベルトと何処かへ行ってしまった。
そしてロロイは、寄ってきた貴族の子女たちに対抗して、何故かやたらと俺に引っ付いてくるので余計に話がややこしくなってしまっていた。
そんな色々なものから逃れて、俺は今このバルコニーで一息ついているところだというわけだ。
人の熱気に当てられたのか、横ではロロイが珍しく疲れた顔をしていた。
「こんなところにいたんですか、アルバス様」
そこへ、カーテンを左右に分けて現れたのは、ミトラだった。
ミトラは、魔法力を飛ばして触れずに錬金を行う技を身につけると同時に、カリーナの指導を受け、周囲のマナを感じ取る『生命探知』と呼ばれる白魔術師の習得スキルを身につけていた。
近くであれば、俺の居場所もある程度までわかるらしい。
今は、シュメリアの助けがなくとも人にぶつからずに歩き廻れるようになっている。
壁にはよく当たるらしいが……
「外は良い風ですね。アルバス様」
「ミトラ……」
俺の隣にいたロロイは、俺が何かを言うより先に口笛を吹きながらカーテンの向こう側に消えていった。
姿を隠しただけで、すぐ近くにいるのだけれども……
ミトラに対しては、ロロイもそんな気を回すようなのだった。
そして、バルコニーにはミトラと俺の2人きりとなる。
「今回は、色々と面倒をかけたな」
俺の言葉に対して、ミトラはゆっくりと微笑んだ。
「アルバス様は、名前などに縛られるべきではありません。それに、この名はもともと私の物でございます。私はもっと早くから、この名を名乗るための行動を起こすべきでした」
「結果として、クドドリンに一泡吹かせられたんだから。まぁ悪くないだろう」
俺がそう言うと、ミトラはいたずらっぽく笑いながら俺の隣に腰掛けた。
そして至近距離から顔を覗き込んでくる。
眼帯があるため、互いに見えていないはずなのだが……最近はどうも目が合う様な気がしていた。
「いずれアルバス様が金等級となられ、貴族としての家名を得られた際には……。私にもその名を名乗らせてくださいね」
「ああ、約束する」
「私も、全力でサポートいたします」
「こんなにも心強い妻を持って、俺は幸せ者だな」
風がすこし強く吹き、ミトラの髪がハタハタと揺れた。
ゆっくりと立ち上がったミトラが、少しだけ前に向かって歩く。
「私をそうしてくださったのは、アルバス様です。あなたと出会わなければ、私はいつまでも何もできない……ただ周りに流されるだけの存在にすぎなかったでしょう」
「それは俺の力じゃない。例えきっかけが俺だったとしても、それはミトラ自身が力を尽くしてきた結果だろう」
振り向いたミトラが、ゆっくりと微笑んだ。
「私は、今が永遠に続けばいいとは思いません。その代わり……私に生き方を教えてくれたあなたと、この先もずっと共に、この人生を歩んでいきたいと……そう思っております」
「ああ、俺もだ。ミトラ」
再び風が吹き、ミトラの黒い髪をなびかせた。
俺はそれを、本当に綺麗だと思った。
「西大陸商人ギルド編②」メインストーリー終了でございます。
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます。
実は今回、一旦完成させて投稿を再開した後で、かなりの改変を加えました。
3話目以外のシュメリア登場回は、大体が後からの追加ですw
そして、その流れで追加した最後のほうのざまぁ回と、ミトラの名前に関連した一連のエピソードは、元々考えていた予定を繰り上げて8章に盛り込むことになりました。
結果的に悪くないまとめ方ができたかなぁと思っています。
その代わりに、元々入っていたクラリスと新パーティ絡みの話を大幅に削りましたので、8章は商人ギルド編の番外編としてそっちの話にしようかと思っています。
ただ、こちらはまだほとんどまとまっていないので、いつも通り、どうなるかは作者にすらわかりませんwww
ここから頑張って作っていきます。
7章の残るはいつも通りの「余談」と「棚卸し」です。
また明日明後日で投稿予定ですので、よろしくお願いします。
「ブクマ」「いいね」「感想」「レビュー」など。色々と反響いただけますと、とても励みになります(^^)
流石に最近は「ブクマ」と「評価ポイント」は頭打ちなので、「いいね」結構気にしてます(笑)