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35 ウォーレン卿の狙い

「クドドリンが、お前の劇場を狙っているぞ」


選定会の前日。

俺の天幕に現れたジルベルトは、ひとしきりロロイについての軽口を叩いた後でそんなことを言いだした。


「狙っているというのは、乗っ取ろうとしているということか?」


俺の問いに、ジルベルトは静かに頷いた。


「奴はお前の劇場に高率の税金をかける法案を議会に提出し、それが昨日承認された」


「……ふざけた話だ」


「だが、法案は法案だ。通ってしまった以上は従う義務がある」


そのジルベルトの言葉に、俺はピクリと眉をひそめた。


通って(・・・)しまった(・・・・)?」


俺がジルベルトを睨みつけながらそう呟くと、ジルベルトは口元を少し歪めた。


通した(・・・)、の間違いだろう? あんたがそれを承認しなければ、そんな法案は通らなかったはずだ」


「ああ。まさにその通りだ」


あっさりとそのことを認めたジルベルトは、続いてクドドリン卿が提案したというその法案の内容を口にした。


曰く

『劇場からは、その売上の80%を娯楽税として徴収することとする』


「本気でそんな法案を通したのか? それでは、中央地区にあるクドドリンの劇場にも税がかかるだろう?」


「お前ならば流石にすぐに気づくな。だから俺は、奴に一つの提案をしてやった」


「なるほど……。あんたの手口が、だいたい見えたよ」


俺は、ため息混じりにそう応じた。


「ほう? 言ってみろ」


「『劇場』を『庶民の経営する劇場』と変えさせる」


『庶民の劇場』でもなく、『庶民のための劇場』でもない。

ここは『庶民の経営する』とする必要があった。


ジルベルトがニヤリと笑い、左右に控えるカルロとシーマが少し驚いたように目を見開いた。


「ふっ、正解だ」


そうすれば、クドドリンの劇場には税はかからず、ミストリア劇場だけがその法案の被害を受けることになるだろう。

そしてそれは、ジルベルトにとっても非常に意味のある改変だった。


「それについて、クドドリンは即座に承知した。あいつは狡猾だが、たまに重要なところが抜けている。……ところで、なぜ直ぐに気づいた?」


「俺があんただったら、多分そうするからだ。……自分の目的のためにも、な」


俺がそう言ってジルベルトを見やると。

ジルベルトは満足そうに口元を歪めていた。


それは以前、ジルベルト自身が言っていたことに通じている。

つまるところ、ジルベルトは俺に『ウォーレン』の家名を名乗らせたいのだ。


ジルベルトはその法案に『庶民が経営する』という一文を加えるよう誘導することで、俺に、ミストリア劇場がその法案から逃れる逃げ道を提示しているのだった。


ウォーレン家を名乗る者が経営する劇場は、誰がどう考えても『庶民が経営する劇場』には当てはまらないだろう。


「やり口が気に食わないな」


「ああ、言いたいことはわかる。だがなアルバス。そもそも俺が、俺に無関係な法案のために、他の全貴族と対立する理由などあるのか?」


「……」


それはまぁ、その通りだった。


「クドドリンは狡猾な男だ。先の貴族院議会にて、そこにいる歌姫に詩を唄わせることで、貴族たちにミストリアの歌姫の実力を示した。そこからもう、やつの策は始まっていたのだ」


「……えっ?」


そこで、ミトラの傍に控えていたシュメリアが驚きの声を上げた。


前にマーカスが口を滑らせた『シュメリアによる余興はクドドリン卿によって手配された』という話。

あれは、そういうことだったのだ。


貴族たちにシュメリアの唄を聞かせ、そして『その唄をもっと聴きたい』と思わせる。

そうさせるための布石。

ミストリア劇場に高額の税をかけ、その経営が立ち行かなくなった暁には……

シュメリアを中央地区にある自分の劇場に引き入れる。

たぶん、そんなことを貴族たちに宣言したのだろう。


そうすれば、足の重い貴族たちも、近場の中央地区にあるクドドリンの劇場でいつでもシュメリアの唄を聴くことができる。

そんな講釈を垂れることできっと、他の貴族たちにもこの法案の後押しをさせたのだと思われる。


「そ、そんな……」


あの日全力で唄った自分の詩が、ミストリア劇場を崩壊されるための策略に関わってしまっていたことを知り。シュメリアは、わなわなと震え出していた。


「そんなことって……」


シュメリアに対する貴族たちからの高い評価は、最悪の形となってクドドリンに利用されてしまっていたのだった。


そんな、貴族たちの賛成多数となっている法案について……

そもそも俺に肩入れする義務も義理も無いはずのジルベルトが、他の全貴族と対立してまでそれを止める理由などどこにもないだろう。

それは、間違いなくそうだ。


「そうだな。本来あんたとは何の関係も持たないはずの俺たちが、あんたに『俺たちを助けろ』だなんてことを言うのは筋違いだな」


「ああ、これでも最大限の助力だ。好きな道を選ぶがいい」


そう。

つまりこれは、俺がリルコット治療院のカリーナに仕掛けたことと同じだった。


俺がウォーレン家の家名を名乗れば、とりあえずは目の前の危機は回避できるだろう。

だが、その後に何が起こるかはわからない。

ジルベルト・ウォーレンと言う男の懐に抱え込まれてしまっては、少なくともこれまでのように自由に自分の商売はできなくなってしまうだろう。


俺はカリーナに「俺の提案が気に入らなければ、他の道を選べばいい」と言った。


今の俺は、ジルベルトからまさにその選択を突きつけられている状態なのだった。


ジルベルトの提案が気に入らなければ、納税に反発し続けるなり、税を逃れるためにミストリア劇場を畳むなり好きにすれば良いということだ。


もしくは、劇場から物販を切り離し、その高額の税金を最低限まで押さえ込んだ上で。劇場は赤字経営と割り切り、他の商売で補填し続けるというのもありかもしれない。

今ここで準備している事業がうまく行けば、おそらくはそれも十分に可能な選択肢となるだろう。


方法など、無数に存在する。

何も、ジルベルトの提案に乗る必要などない。


「アルバスよ……真の商人というのはルールの中で勝つのではない。自らルールを作り出して勝つものだ」


「っ‼︎」


『クドドリンに作られてしまったルールの中でどう戦うか』という考えを巡らせていた俺の思考を読んだかの如く、ジルベルトがそんなことを言いだした。


「それはまさに『貴族の考え方』だな」


定められたルールの中で戦うのではなく、そもそも自分に都合のいいルールを作り出し、圧倒的に有利な条件の中で戦い、そして圧倒的に勝つ。

それこそが真の商人のやり方だと、ジルベルトはそう言っているのだった。


そういう点では、俺よりもクドドリンの方が一枚上手だったという話なのかもしれない。

だが、そもそものスタートラインが違う。

クドドリンは、全貴族に働きかけて法案などというものを作ってしまえる立場にいるが、俺はそうではない。


そんな俺が、クドドリンに勝つためにできる方法は……



→→→→→



「少し、よろしいでしょうか?」


そう言って話に割り込んできたのは、ミトラだった。


(わたくし)は、アルバス様に……、いつまでも自由な商人でいて欲しいと思っています」


ミトラが、そう言ってジルベルトから俺の方に向き直った。

分厚い目隠しで覆われてはいるが、その奥にミトラの瞳が見えたような気がした。


「だから、アルバス様は……そんな話を受けるべきではありません」


そして。

俺とミトラの、合うはずのない視線が交差する。


「……悪いな。ミトラ」


「いえ、元々それは(わたくし)のものなのですから……」


俺とミトラの間では、それだけで話が通じた。



「ミストリア劇場は……無くなってしまうのですか?」


ポツリとそう呟いたのは、ミトラの脇に控えるシュメリアだった。


「私は、今がずっと続いて欲しいと思っていました。でも、そんなことはやはり無理だったんです。お母さんの体調も少しずつ悪くなっていくし、劇場もこんなことになってしまう……。本当は、わかっていたはずなのに……」


ポツポツと絞り出した言葉には、やがて涙声が混じりだした。


「私が、あの貴族のところに行けば……そうすれば、私の大好きなミストリア劇場と、ミトラ様は、これからも今まで通りになれるんですか? だったら私は、私の大好きなものを守りたい。私は……、私が……」


「シュメリア。……大丈夫です」


泣きじゃくるシュメリアに、ミトラが優しく声をかけた。


「旦那様が、なんとかしてくれるのですか?」


ミトラが首を振る。


「欲しいものは、交渉して(たたかって)手に入れる。(わたくし)は、アルバス様からそのことを教えていただきました。そして今は、アルバス様の妻として、(わたくし)がそうすべき時なんです」


そう言って、ミトラがゆっくりと席を立ち上がる。


「ウォーレン卿」


そして、力強く言葉を発した。


「なんだ?」


(わたくし)と、取引をしませんか?」

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