34 クドドリン卿の奇襲
「さて……、メインの行事が終わったところで、私から一つ、先日決まったある法案を発表しようか」
そう言って。
賞品の採用が決まった入賞者たちと入れ代わりに壇上に上がったのは、クドドリン卿だった。
役目を終えた冒険者たちはすでに続々と会場を後にしており、そこに残っているのは貴族と商人ばかりになっている。
そんな中、クドドリン卿はニヤニヤと嫌な感じの笑みを浮かべながら、周囲を見回し……
そして俺の姿を見つけると、その嫌らしい笑みをさらに引き攣らせたのだった。
「先日の貴族院議会にて、ある法案が可決された。この法案は、貴族院の今後の収益を向上させる上で非常に有意義な法案である。そしてその法案は本日より施行されることとなっている」
いやに勿体ぶった言い方だ。
よほど、その法案を披露するのが楽しみなのだろう。
そして。
俺の方をジトリと睨め付けながら。
クドドリン卿はその法案の内容を発表した。
曰く
『庶民が経営する劇場からは、今後は娯楽税としてその売上の80%を徴収することとする』
「……」
「わかるか、アルバス? 利益の80%ではなく、売上の80%だ」
クドドリン卿は、例のいやらしい笑いを顔に貼り付けながら、勝ち誇ったように笑っていた。
つまるところ、ミストリア劇場が毎月稼ぎ出している100万マナほどの『利益』ではなく、その数倍にも及ぶ『売上』に対して80%もの税をかけることが決まったと言っているのだ。
その税の額は、計算するまでもなく大幅に利益の額を上回るだろう。
普通に考えれば、ミストリア劇場の経営は一瞬で成り立たなくなる。
会場はシンと静まり返ってしまった。
「よく、そんな法案が通ったな……」
そのせいで、静かにつぶやいた俺の声がよく通った。
「まぁなぁ。お前を陥れたいやつは、私の他にも大勢いるということだよ」
陥れようとしているという自覚は、あるんだな。
周りの貴族たちの反応を見る限りは、完全にクドドリンが中心となって推し進めたような形だろうが……
「なんで、あんたはそんなにも俺を敵視するんだ?」
静かに言った俺の言葉を聞き、クドドリンは待ってましたと言わんばかりにニヤついた。
「貴様は庶民の分際で、貴族の特権である娯楽施設を……」
「あんたの一族も、元々はその庶民だろ?」
俺は、クドドリンの言葉を遮ってそう吐き捨てた。
城塞都市キルケットの成り立ちは、およそ200年前に遡る。
その頃、エルフの領域であったこの西大陸を制圧し、エルフたちから金品を奪い取り、奴隷売買に手を染めることで財産を築き上げたならず者たちこそが、今のキルケット貴族のルーツだ。
騎士団や正規軍ではなく、元は傭兵やごろつきのような輩が主だったと聞いている。
「まぁその……人のものを掠め取るやり口。今も昔もやっていることはほとんど変わらないということか?」
その俺の言葉に、クドドリン卿が真っ赤な顔をして何かを叫びはじめた。
もはや、怒りすぎてて何を言っているのかよくわからなくなっている。
「ハァハァ……、だがな‼︎ どれだけ虚勢を張ろうが……。ハァハァ……お前の劇場はもう終わりなんだよアルバス‼︎」
「……」
クドドリンのわざとらしい高笑いが響く中、俺はゆっくりと周りを見渡した。
そして、1人の男と目があった。
多くの貴族が目を伏せる中、真っ直ぐに俺を見据えているその大柄な男。
……ジルベルト・ウォーレンだ。
俺と目があったジルベルトは、ゆっくりと俺たちの前へと進み出てきた。
「アルバスよ。キルケット貴族のルーツがどうあれ、今の我々が皇王より賜った『貴族』の称号と家名を手にしていることは事実。そしてこのキルケットにて数多の商売を手がけ、今も莫大な利益を産み続けていることもまた、紛れもない事実だ」
「……そうだな」
ルーツはどうあれ、その中から這い上がって栄光を手にしたと言う点で、彼らの先祖には運や才能、チャンスを物にする力があったということだ。
だから、彼らの祖先は紛れもなく大戦の勝利者なのであろう。
そして、今日に至るまでそれを維持し続けたこともまた、それを受け継いできた者たちの力なのだろう。
「それで、お前はどうするのだ? 本当に、そのままで良いのか?」
「……」
ジルベルトの言いたいことは、わかっていた。
そして……
クドドリンの法案の制定から、今ここに至るまでの全てのことが。
結局はジルベルト・ウォーレンの描いたシナリオ通りに進んでいるということも……
俺は、すでに全てを知っていた。
「あはははははは……これで私の完全勝利だ‼︎ あはっ‼︎ あははははははは……」
クドドリンは、相変わらず感に障る声で高笑いを続けている。
ジルベルトはそれを炉端の石ころを見る目で冷たく一瞥し、そして再び俺へと視線を移した。
「……いいんだな?」
「ああ」