33 賞品選定会②
俺はこの日のために、ミトラに特別製の置物家具を作ってもらっており、まずはそれを披露した。
「確かに上等な置物のようだが……」
「それは、闘技大会の賞品にするようなものか?」
もちろん……反応は悪い。
冒険者にとって、そんな家具などはなんの足しにもならないからだ。
西門の外の土地を取得して、そこであんな大々的な事業を開始しておきながら、ここで出す賞品が置物では期待外れもいいところだろう。
だがもちろん、これはただの置物ではない。
「この彫刻は仕掛け箱になっている。そして、この鍵を差し込むと……裏側が開く」
そう言って俺は、彫刻の背中の蓋を外して、1枚の紙を取り出した。
鑑定などにも使われる、特殊な紙だ。
「中に入っている紙の右側に、俺の印章が押してある。そして、この闘技大会にてこの彫刻を手に入れた暁には……その気があるならば反対側にあなた方の印章押してもらいたい」
そしてその紙にはこう記されている。
この者は商人アルバスの商売『長期滞在者専用宿』の下請け管理者となり、その一部屋に居住しつつ宿賃回収業務を担うこととする。
※なお下請け管理者の取り分は、回収した宿賃の1/8とする。
「賃料は月4000マナを想定している。そして、ひと区画の管理住居数は20だ。入賞した暁には、希望者には副賞として、この契約書を渡したい」
冒険者たちも、貴族たちも、ポカンとしていた。
「アルバス。それには、少々説明が必要だろう?」
この一瞬で。
おそらくは俺の意図と賞品の内容。そして門外で俺がしていることの全てを理解したであろうジルベルトが、満足そうにそう言った。
「俺の考える通りなら。それは、この城塞都市キルケットの宿事情を、数年で塗り替えてしまうようなとんでもない話だ。憎々しいが……素晴らしい」
ジルベルトのその言葉に、冒険者だけでなく貴族たちまでもがザワザワとざわめき出した。
俺はジルベルトを一瞥した後、再び冒険者達に向き直って話を続けることにした。
「今、俺が西門外の土地で大々的な建築事業を行っていることは、冒険者ギルドでも話題になっているのでだいたいの者は承知していると思う。まずは、そこに建築している『長期滞在者専用宿』について説明しようと思う」
俺がキルケット西門外に建てた建物。
それは一見すると普通の宿のような建物なのだが、もちろんただの宿ではない。
『少なくとも半年以上は滞在することを宿泊開始の条件』とする『長期滞在者専用の宿』なのだ。
現在想定している宿賃は、月に4000マナ。
30日で割ると1日あたりは約130マナと、キルケットの標準的なランクの宿屋に比べて多少だけ安めの価格設定としている。
最初の半年分は全額前払い。そしてそれ以降は毎月の支払いだ。
ちなみに、オークションに向けて宿賃が高騰している今の時期からすると、かなり安いと言えるだろう。
ただし、食事や布団の洗濯、掃除などは全て入居者本人でしてもらうことになるので、その辺の手間はかかる。
入居者のメリットとしては……
宿の一室ではあるが、宿賃未払いなどの問題がない限りは、ほぼ無期限でそこに住み続けることができるということだ。
そうなれば、面積は狭いが、ほとんど自分の家のように扱える。
「土地は門の外だが、現在は警護体制もほぼ整いつつある」
今の時期に宿代の節約のために野宿をしている様な冒険者でも。
それが目標に向かってマナを溜め込むための節約で、普段からそこそこのマナを稼ぎ出しているような連中ならば……
この機会に俺の宿に入居して、そのままこの先何年も住み続けることも、現実的な選択肢として考えるだろう。
俺の側のメリットとしては……
日々宿賃を回収するような面倒がないこと。
宿の一室さえ提供すれば、後は月一の代金回収のみで、それ以上の手をかけずに放っておけること。
そして、周辺の自分の土地に飲食や武具や家具の店を開けば、当然そこの入居者たちは全て顧客として抱えられるということだ。
土地貸し代をとって、希望する商人に店を開かせてもいい。
とにかく、一帯はすでに俺の土地だ。
「長期滞在者専用宿についてはある程度分かったと思うが……。俺が今回の大会の賞品として提示するのはさらに良いものだ。それは、俺の下請け人として『その宿の管理者となる権利』だ」
その管理者の主な仕事は『月に一回、宿の滞在者達から翌月分の宿賃を回収すること』だ。
管理者1人につき一個の建物で20人分を受け持ちとしており、月に一回、4000マナ×20人分を徴収するというのが、その主な業務だ。
そして管理者の月の取り分は1人あたりの4000マナのうちの1/8……つまり500マナ×20人=10000マナだ。
ちなみに管理者本人の宿賃は、無償とするつもりだった。
「つまりは、月に1回、入居者からの宿賃回収という業務を行うだけで、月々10000マナが手に入るというわけだ。これはそのまま、下請け管理者としての賃金だと思ってもらいたい」
それだけあれば、一人分の月の生活費には十分に足りる。宿賃がかからないことを考えれば、普通の街人と同等かそれ以上の暮らしができるだろう。
そうなれば当然、妻を持ち子供をもうけることさえも、現実的に考えられるような経済状況となる。
実際には入居者とのトラブルなども想定されるので、1日働くだけで済むかどうかはやってみないことには分からないが……
そのあたりまでを俺が詳細に説明すると、どうやらおおむねメリットは伝わったようだった。
冒険者達が、ザワザワとざわめきはじめていた。
「つまり、俺が今回の大会の賞品として提示しているのは……」
俺はそこで、少し勿体ぶって言葉を区切った。
東部地区ギルドでニコルに話を聞いた時に、ぼんやりと頭の中に浮かんだ案。
それがこうして形となり、ついに人前で披露する瞬間がやってきたのだ。
「それは『安定して住み続けられる住居』と『安定した収入』の二つだ」
それらがあれば、さまざまな『未来』を思い描くこともできるだろう。
もちろん、その収入を得ながらも、引き続き自分の土地や家を買うためにマナを貯めるのも良いだろう。
冒険者側からの契約の解除は、いつでも良いこととしていた。
『安定して住み続けられる住居』
『安定した収入』
『伴侶や子を持つ未来』
これらは、冒険者にとって人生の目標そのものと言っても過言ではない。
そして、それこそが……
今回俺が提示する賞品の正体なのだった。
ちなみにこれは、俺にとっても大いなるメリットがある話であった。
闘技大会で上位に食い込むような屈強な戦士が、俺の代わりとなって他の屈強な冒険者から賃料を巻き上げてくれるのだ。
これは、ありがたいことこの上ない話である。
そしてこの機会に、長期滞在者専用宿のシステムを大々的に宣伝し、今後もさらに棟数を増やす予定の宿への入居希望者を募ることもできる。
まさに、一石二鳥の話なのだ。
「長期滞在者……専用宿」
「安定した収入?」
「本当にそんなことが出来るのか?」
「でも、管理人としてじゃなくても、そこに住んでみたいな。月に4000マナなら、そもそも宿に泊まるより良いんじゃない?」
そして俺は、そこでさらなるトドメとなる条件を提示することにした。
「管理者の権利としては、もう一つ。4部屋まで、貸し出す相手を選べる権利を付与しようと思っている。おそらくだが、今後ここへの宿泊希望者は増え、宿の部屋数を上回るだろう。そこへ、管理者の権限として4名まで、今のパーティメンバーや恋人……候補など、好きな者を宿泊させることができる様に取り計らおう」
この会場に集まった銅等級や銀等級の冒険者といえども、自宅を持っているものなどはそこまで多くはないだろう。
また、パーティを組んだりしていて、そのパーティメンバーと同じ宿に泊まっているという者も少なくないはずだった。
だからこそ、俺のこのトドメの提案は、なかなかにウケが良かったようだ。
前々から狙っている、異性の冒険者なんかに声をかけることを考えてる奴もいるかもしれない。
会場のざわめきはどよめきになり、やがて喝采へと変わっていった。
『冒険者の欲しいものは冒険者に聞く』
やはり、その考えは間違ってはいなかった。
会場の盛り上がり。冒険者たちの顔。
その全てが、俺が準備してきたことの正しさを証明していた。
「以上だ。少し説明が長くなってしまったが……有益な話であったことを願う」
そして、これまでのどの商人よりも大きな喝采を浴びながら、俺はゆっくりと壇上を降りた。
司会進行役が俺を讃える言葉を述べると……
追って、さらに盛大な拍手喝采が巻き起こったのだった。
その後開かれた選定会では、俺の提示した賞品がダントツで多くの冒険者票を集めることになり、闘技大会における1〜4位の賞品とされることとなった。
「ただ、1〜4位の賞品が同列ではマズいだろう。一部屋のサイズに差をつけ、賃料に差をつけるというのはどうだ? そうすれば入賞者の手にするものの価値は跳ね上がる。……お前の用意している土地はまだまだあるのだろう?」
ジルベルトからそんな助言が飛んできて、俺がそれを承諾すると、会場はさらなる盛り上がりに包まれたのだった。




