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31 キルケットの新区画②

門外での暮らしを始めたのは、俺や白魔術師、そして雇われの冒険者たちだけではなかった。


「旦那様。お食事の準備ができましたよ。……30人分ほど」


「悪いなシュメリア」


「いえいえ、ミストリア劇場でもいつも10人分くらいは作っていましたので、大して変わりませんよ。それに、私のこんな料理にマナを支払ってもらえるなんて、びっくりです」


俺は、天幕の合間に適当に椅子や机を並べたスペースを作り、簡易の食堂を開いていた。

今はまだ露天だが、あまり雨が降らない時期だから問題はないだろう。


スタート時は『希望者はマナを払えば食事をして行っても良い』という感じだったが、飯時になると護衛クエストに参加しているほぼ全員がそこで飯を食い、談笑していた。

そして、シュメリアの作るサウスミリア仕立ての濃いめの味付けの手料理は、冒険者たちからかなり好評なのだった。


「アルバス様。防護柵用の木杭300本、あちらの作業場に完成しております」


「ミトラもすまんな……」


「いいえ、こうしてアルバス様の商売に直接関わることができるのですから……。これはずっと、(わたくし)が望んでいたことです。それに、そもそも言い出したのは(わたくし)ですから」


あの日……

ミトラは俺の負傷を聞き、ミストリア劇場から駆けつけてきた。

そして、俺から一連の話を聞いて、自分も一緒に外の土地に行くと言い出したのだった。


「本当にその土地が安全だというのなら、(わたくし)が行っても問題はないはずです」


「……安全に、絶対はない」


「でもそれは、壁の内側だろうと同じことではないですか? 今、アルバス様が負傷したのは壁の内側ですよ?」


「それはそうだが……」


「もし、アルバス様にとって(わたくし)が大切に思ってくださっている存在なのであれば……、それを壁の内側に留めて居ては治療院の方々に示しがつかないのではないですか?」


「それとこれとは話が違うだろう? 門外へは、俺自身が行くつもりだ」


「それに、(わたくし)の術は柵作りや家づくりにも大いに役立つと思います」


「……」


俺に結婚を申し込んできたときと同じような力強い口調で論破され、結局俺はそれを承諾したのだった。


そしてその宣言通り、ミトラの錬金術は建物の建築についてとてつもないほどの貢献をしていた。


作業場の天幕に小一時間籠るだけで、大工たちが目玉をひん剥くほどの精度で、指定された形状の木材を大量に複製する。

そのミトラの技術は、すぐにこの土地の開拓になくてはならない存在となっていった。



→→→→→



初めは本当に簡易な建物を設置しただけだった。

建物というか……

木材を簡易に組み、そこに皮や布を貼り付けただけの天幕だ。


そんなものをいくつも建てて、俺は自分や白魔術師たちの仮の住居とした。

そして警護のクエストを受けに来た冒険者たちをそこに押し込んで、ミトラの作った簡易寝台と藁敷とで、クエスト内容の『休息(8時間)』を取らせる場所にしていた。

それについては、元々宿代の節約のためにここへ来たような連中が多かったせいか、『野宿よりはかなりマシ』と言って、懸念していたような不満などはほとんど出なかった。


野盗の襲撃が止んでからは、クエスト内容の『警護』があまりキツくないというのも、不満が少なかった理由かもしれない。

この地区は、ゴブリンやウルフェスといった小型のモンスターが多い。

数は多いが上位種が少ないため、そこそこの腕の冒険者が複数でかかれば、モンスターは大した敵ではなかった。


そして、徐々に雑木林の木を切り倒して土地を広げ、警護する土地の範囲を広げて行った。

開拓した土地に簡易な防護柵や罠なんかをどんどん設置していき、警護の体制は日に日に整っていったのだった。


「段々と形になってきたな」


冒険者たちに土地の警護を任せる傍らで、俺はキルケットの大工たちを多数雇い入れて、治療院の再建を進めていった。

それと同時に、冒険者向けの石造りの宿の建設をも進めていく。


開拓した土地ごとに区画番号を振り、土の魔術を扱える基礎職人が平らに均した区画に対し、それぞれ商業区や居住区などの大まかな役割を定めていった。

食堂用の天幕なども整備すると共に、ついでに冒険者向けの武具販売の店や、ミトラによる武具修理の店なども開始した。


そうして俺の新しい商売は、徐々に形になりつつあった。


門外の広大な土地の取得、そしてリルコット治療院移転の承認を得た時点で可能になったこと。

カリーナをして「貴族院の領分」だと言わしめた俺の新しい商売。


俺がやりたかったのはつまり……


『冒険者たちの宿を中心とした、衣食住全ての機能を兼ね備えた新しい街区画を生み出すこと』だ。


リルコット治療院による治療院機能は、衣食住の次に重要なものだった。近場にあれば、西部地区の住民や他の冒険者たちですらここに呼び込むことができる。

そしてその中心に据える『住』に関わる『冒険者の宿』こそが、今回の計画の肝となる物だ。

俺の商売計画は、順調に、思い描いた通りに進んでいた。


そこに暗雲が立ち込め始めたのは……

闘技大会の賞品お披露目の会の前日に、ジルベルト・ウォーレンが俺の元を訪れた時からだった。



→→→→→



貴族院の議会から三週間が経つ頃には……

治療院の完全なる再建だけでなく、他にも冒険者のための宿となる建物が4棟ほど完成していた。


大工たち自身も驚愕していたその建築の速さに、ミトラの錬金術が多大なる貢献をしていたことは言うまでもない。


そしてその地区の防衛体制についても、この3週間で目覚ましい進歩を遂げていた。

土地周辺の林は切り開かれ、初期の頃と比べるとモンスターや野盗の接近には格段に気付きやすくなっている。

また、居住地区を三重の木柵で覆い、夜間に松明を炊くための石柱も至る所に設置した。

こうして、夜間でも広範囲を灯りで照らし出す体制を整え、初期の頃に比べて圧倒的に少ない人数での広範囲の防衛が可能となっていったのだった。


「だいたい、俺の思い描いた形になってきてるな」


そしてこの次は、今後ともここを強固に維持するための『最後の仕掛け』を仕掛けるのだ。


明日のお披露目会にて、ここを大々的に宣伝する。

そして、俺のこの新しい商売を、商売として一気に軌道に乗せるのだ。


「だだだ……旦那様‼ たたた……大変です‼」


そこへ、慌てた様子のシュメリアが走りこんできた。


「ウ……」


「う?」


「ウォーレン卿が見えています。もう、すぐそこまで……」


そのうち来るとは思っていたけれど……

結局、ジルベルトが来たのはお披露目会の前日だった。


「わかった。ここに通してくれ。それから……作業場にいるミトラを呼んできてくれ」


「はい‼」



→→→→→



「こんな簡易な天幕で悪いが……。今は第二の我が家だ。くつろいでくれ」


俺は目の前の大貴族、ジルベルト・ウォーレンに向かってそう言って声をかけた。


「……」


ジルベルトは、いつかのように左右に年配の男女のお供を引き連れている。

確か名前は、カルロとシーマだ。


「なんだ。わざわざそちらから出向いてきたのにだんまりなのか? 外の状況は見てきたんだろ?」


俺のやりたい商売は、徐々に形になりつつあった。

ジルベルトであれば、ここまでくる間に見た景色で、すでにだいたいのことを察していることだろう。


「アルバスよ。一つ、質問をしていいか?」


「ああ、なんだ?」


ジルベルトはゆっくりとあたりを見渡し、そして俺の顔を見た。

そして、その視線が徐々に下へと下がっていく。


「さっきからずっと、お前の腰にへばり付いているその女は……いったいなんなのだ?」


「俺の護衛のロロイだ。前にも会っているだろう?」


「……」


「3週間前。少し離れた隙に俺が負傷して以来、ずっとこうして俺に引っ付いているんだ」


ロロイは、自分の不在時に俺が負傷したあの日以来、片時も俺から離れようとしなくなった。

トイレや睡眠や水浴びの時にさえ離れようとしないので、いろいろ不具合が出ているのだが……


あまりにも必死なので、とりあえずは気が済むまでやらせておこうと思っていた。

そうして気づけばもう、はや三週間だ。


「相変わらず、よくわからん男だな」


自分から聞いてきたくせに、ジルベルトはため息のようなものをついた。


「カルロ、シーマ。笑ってやるな……。あれでも魔龍と渡り合うほどの戦士だ。先日は『黒の蹄団』という界隈では名の知れた五人組の冒険者パーティを、たった1人で壊滅に追い込んだとのことだ。……お前たち二人がかりでもかなわないかもしれないぞ」


ジルベルトの言葉を聞き、笑いを堪えていた二人の顔が引きつった。


その後。

ジルベルトは俺とミトラに、ある男の悪巧みについて語り始めたのだった。

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