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30 キルケットの新区画①

その日。

東西南北すべての冒険者ギルドに、とあるクエストの依頼書が張り出された。


依頼者は『商人アルバス』

依頼内容は『キルケット西側門外の土地の警護』および『ベッドにて休息(8時間)』

 ※長期で入れる者優先

 ※休息は省略可能

 ※警護時に討伐したモンスターは、すべて依頼主が亡骸のまま買い取り

参加条件は『主な活動履歴の開示』と『ギルド職員による推薦』

それと『依頼主による面接を通過すること』



「どうやら商人アルバスが、西門外にある自分の土地の防衛のために人を集めているらしいぞ」


「アルバスって、例の水魔龍を討伐した商人だよな」


「ああ。アース遺跡を攻略し、昨年のキルケットオークションを荒らし、今はミストリア劇場を経営している、あのアルバスだ」


「なんだ? またアルバスが何か変なことを始めたのか?」


『商人アルバス』の知名度もあり、その依頼は当初から冒険者たちの間で話題となっていた。


「でもなんか、ちょっと報酬が安かないかこの依頼?」


「そうか? この『ベッドにて仮眠(8時間)』と『討伐したモンスターはすべて依頼主が亡骸のまま買い取り』ってのがマジなら、悪くはないんじゃないか? 宿代が浮く上に、追加報酬がもらえるかもってことだろ?」


「確かに。俺、昨日から宿代の節約で野宿してんだよな。ちょっくらこの面接ってのを受けてくるかな」


そうしてそのクエストの応募者は順調に増えていったのだった。


警護の時間帯は三交代制とした。

日中の部は7時から19時までの12時間。

夜間の部は19時から1時までの6時間か、もしくは1時から7時までの6時間だ。


当然、夜間の方が防衛の難易度は上がるため、夜間の部は時間が短くとも報酬は日中の12時間と同等にしていた。



→→→→→



「本当に、これから我々はここに住むのですね」


雑木林に面した、だだっ広い傾斜付きの野原の真ん中で。

カリーナが、いまだに信じられないというような感じでそうつぶやいた。


カリーナは治療院の移転に先立ち、腹に傷を負った俺の主治医として門外での生活を開始することとなっていた。

生活場所は、俺や警護の冒険者たちの隣りに設けられた白魔術師たち専用の天幕だ。

ちなみに俺の腹の傷は、負傷した翌日にはほとんど塞がっていた。

銀等級の白魔術師様々だ。


多くの患者たちはまだ元の場所の治療院に入院していたし、門外移転の話を聞いて他の地区の治療院に移る者ももちろんいた。


そんな中でスタートした、門外での生活だったが……

門外暮らし始めてから2週間が過ぎる頃には、意外にも白魔術師たちは、門外での生活に慣れ始めていた。

ちなみに当初から門外に来た白魔術師には、カリーナの他にミィナを含む8人の若い白魔術師がいた。


「カリーナ様、水浴びの準備ができましたよ。私の魔術で樽の水をお湯にしておきました」


「ありがとう、ミィナ」


「冒険者のおじさんたちは『モンスターが出た』って言って林の方に行ったので、今が水浴びのチャンスですよ」


初めは決死の覚悟で悲壮感たっぷりに『我々はカリーナ様についていきます』などと訴えていた彼女たちだったが……

いつの間にかここでの生活に順応していた。


「モンスターが出たんだろ? のんきに水浴びなんかしてていいのか?」


俺が若干からかい交じりにそう言っても……


「冒険者のおじさんたちが頑張ってくれるから大丈夫ですよ」


「むしろそのおじさんたちに、水浴びを覗かれる方が心配なんですよね」


「アルバスさんも、覗かないでくださいよ?」


「ほら、カリーナ様。行きましょ行きましょ」


という具合のあっけらかんとした返答が返ってくるのだった。

ここまでくると、たくましいというよりも、緊張感がなさすぎるような気もする。


ただ、白魔術師たちは遺児なども多く、キルケットの出身ではない者もいるようだった。

そして、そもそもの話だか、ヤック村やモルト町、ポッポ村などにはキルケットのような城壁は存在しない。

代わりに町の外周に防御柵をめぐらせ、自警団が定期的な見回りをするなどして対応している。


つまるところ、キルケットほどの強固な城壁などを築かなくても、モンスターが跋扈するフィールドでの生活は十分に可能なのだ。



→→→→→



キルケットの住民や貴族たちの『城壁』に対する信頼感と依存心は凄まじいものがある。

貴族たちに至っては、下手をすれば一生壁の外に出ない奴もいるんじゃないかというくらいだ。


冒険者が人生のほとんどの時間を過ごす、キルケットの壁外の世界は。

貴族たちにとっては『モンスターなどの危険がはびこる。一晩たりとも無事に過ごすことのできない超危険地帯』という認識なのだろう。

その、貴族と冒険者との認識違いが、今回は俺にうまい具合の追い風となってくれていた。


「アルバスの旦那。午前中はウルフェスが37体、ウルルフェスが2体襲撃してきましたが、全て討伐しました」


「報告ご苦労。負傷者は?」


「2名ほど噛まれましたが、大したことはありません。他は全員無傷です」


「わかった。亡骸は後で俺が素材として買い取るから、適当な場所にまとめておいてくれ。……午後も引き続き、よろしく頼む」


「へい」


そして、銅のギルド等級を持つその冒険者は、微妙に鼻の下を伸ばしながら去りかけた。


「言っておくが、白魔術師たちの水浴びは覗くなよ」


「えっ……。へへへ、そんなことしませんって。あはは……」


「そっちは、警護ポイントとは逆だぞ?」


「あ……間違えやした。あははは……」


「……」


最初の1週間には、野盗の襲撃が幾度もあった。

その際には、死者こそ出なかったものの複数名の重症者が出ていた。

そのたびに防衛の体制を見直し、柵や罠を張り巡らせ、さらに人員を強化することで、俺はここの防衛力を高めていった。

そしてこちらも負けじと野盗をひっ捕えては自警団に引き渡していたら……

1週間ほど毎日のように続いた野盗の襲撃は、やがて止んだのだった。


この直近の1週間では……

野盗の襲撃は完全になくなり、モンスターの襲撃についてもほとんど負傷者らしい負傷者はでないような状況だった。


それでもなぜか、警護の交代時にカリーナたち無償で提供している『白魔術による負傷者の手当』には、ほぼ全員が『負傷者』として列をなしているのだから不思議なものだ。

……冒険者なんて、スケベな奴ばかりだからな。


俺が『勇者パーティーの聖女ジオリーヌが使っていた癒しの秘術』として

「なるべく素手で直に触れる」「話しかけるときは、視線の高さを合わせて目を見つめる」あたりを伝授したせいかもしれないが……


「そのような秘術があるのですね‼︎」

「そんなの、カリーナ様からも教わったことがありませんでした」

「流石はジオリーヌ様です」


ジオリーヌがそれを使ってた相手は、主に夫である勇者ライアンなんだけどな‼︎

しかも、ライアンに頼まれて若干嫌々ながら……


カリーナは「商人の言うことは、あまり真に受けないようにしなさい」と、呆れたように配下たちを嗜めていた。


ただ、それでやる気を出した中年冒険者たちにより、ここの防衛力は1.5倍くらいになった気がする。

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