29 白魔術師カリーナとの交渉②
「ぐっ……」
「あっ……やっべ」
ナイフを投げたごろつきが、少し焦った顔をした。
おそらくは脅しのつもりだったのに、間違って当ててしまったというところだろうか。
マジでふざけてる。
投擲が下手くそなら、投げナイフなんか脅しで使うなよ。
「アルバスさん。ナイフは抜かないでください‼ 抜いたら一気に出血します‼︎」
「それよりも、早く自警団へ連絡しろ。……あいつらの目的は人攫いだぞ」
治療のための指示を出そうとしたカリーナの身体が、ピクリと止まった。
「おい、マジで当てんじゃねぇよ‼︎ 相変わらずへたくそだなお前」
ごろつきどもは、人を負傷させることを何とも思っていないのだろう。
相変わらずの態度でナイフをちらつかせていた。
「全員動くなよ。動いたらそこのやつみたいになっちまうぜ」
「さぁて、嫁はどいつにしようか?」
「今日は、最後に1日勘違いしたことにして、どさくさに紛れて嫁をとっ捕まえてこようって話だからなぁ」
一日勘違いとか……
やっぱり、クドドリンから昨日で手を引けって言われてるんじゃねぇか。
自警団を呼びに行こうにも、ごろつきどもが目を光らせていて全員その場を動けない状態だった。
後は、ロロイが間に合えば……
「そうだったな。恨みを込めて、さんざん魔術をぶっ放してくれたあのはねっ返りにするか?」
そして顔を見合わせたごろつきたちは嫌がるミィナ拘束し、撤退しようと踵を返した。
「は、離してぇっ‼︎」
「ミィナっ‼︎ ああ、なんでこんな……」
去りゆくごろつきたちの背中に、カリーナの悲痛な声は届かない。
が、その次の瞬間。
ごろつきのうちの1人の身体が、突然ぐるりと反転した。
そして、物凄い音をさせて頭から地面にめり込んだのだった。
地面が揺れるほどのすさまじい衝撃。
俺はさすがに耐え切れず、カリーナに支えられながら地面にへたり込んだ。
「アルバス‼ あぁぁぁ~~~~~ッッ‼‼‼ ロロイは護衛失格なのです」
どこからともなく現れたロロイは、見たことがないほど取り乱していた。
「俺の合図で、ちゃんと駆けつけてくれたからいいよ。……あの子も助けてやってくれ」
俺はそう言って大きく息を吐き、目を瞑った。
傷口を見ると痛みが強まる気がするからな。
「あぁぁぁ~~~~~ッッ‼‼‼ アルバス死んじゃあ嫌なのですッ‼」
「……大丈夫だ。死にやしない」
実は……
俺とロロイにはある取り決めがあった。
繋がっている倉庫スキルを活かし、緊急事態発生時にはそれを知らせる『赤い球』を俺の倉庫からロロイの倉庫に移すという合図を決めてあったのだ。
今回俺は、ごろつきの姿を見た時点でそれを行っていた。
それにより、ロロイは合図に気づいた瞬間から、全力でここまで走ってきたのだろう。
「ああああぁぁぁ~~~ロロイのせいなのでずぅぅぅ~~~ッ‼ うゎぁぁぁ〜〜〜ん」
ロロイは半狂乱になりながらごろつきに殴りかかっていく。
「なんだこいつッ‼ がはぁっ」
「なんだこの攻撃ッ⁉ いったいどこから……ぐぶふぅっ」
ロロイがあっという間に二人を叩き伏せると、残りの二人の目付きが明らかに変わった。
「気をつけろ‼︎ ただもんじゃねぇぞ、このがっぐへぇっ」
さらに一人。
顔面に遠隔打撃を喰らって吹き飛んだ。
「俺たちゃ、元はセントバールでは名の知れた銅等級の冒険者パーティだぞ‼ それがこんなガキ一人に……ぶふぅっ」
そして、最後のごろつきが展開した風の魔術防御陣を一撃で叩き壊し、ロロイは五人のごろつきを瞬く間に叩きのめしたのだった。
「アルバス‼ アルバスゥゥ‼ ロロイがぞばを離れだせいなのでずぅ、うぅぅ……。死んじゃあいやなのでずぅぅぅ」
「大丈夫だ。ここは治療院だぞ?」
ミィナの無事とごろつき共が完全にノビていることを確かめたカリーナは、配下の1人に自警団への通報を指示した。
そして、さっそく白魔術による俺の傷の治療にとりかかりはじめた。
だがそれは、傷口が一瞬で消える魔法のようなものではない。
それは、特殊な習得スキルにより体内のマナの流れを視認し、技術と技巧により、傷ついた体内の組織を一つずつ修復していくという治癒の魔術だ。
いまは、血の流れを操作して出血を抑え込みながら、傷口の内部の血管の修復を試みているようだった。
カリーナがそこまで手が回っていないようだったので、俺は自分の『倉庫』スキルから、アルカナの『痛み止めの特級丸薬』を取り出して口に含んだ。
頭がぼんやりとしだすとともに、鋭い痛みが幾分か和らいでいった。
「アルバスぅぅ~。もう絶対そばから離れないのですよ」
ロロイは俺の首に手を回し、思いっきりしがみついている。
「とりあえず、ちょっとだけ離れてくれ」
治療中にそんなに密着されると、さすがに治療に差し障るだろう。
そんなロロイの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
……そんな顔は今まで見たことがなかったから、ちょっと新鮮だ。
白魔術による治療は依然続いており、若い白魔術師たちがバタバタと周囲を走り回っている。
「……カリーナ」
「アルバス殿、今はまだ治療中でございます。まずは血の気の多い臓器の傷を塞ぎ大出血の危険は脱しましたが……まだ喋らないでください」
手早い処置だ。
ほんの数分でそこまでのことができるなら、後10分もすれば完全に傷口をふさいでしまえるかもしれなかった。
「さすがは銀等級の白魔術師だ。しかしこの傷では入院が必要かな? これで俺も……完全なる運命共同体というわけだな」
俺は、まだまだ収まりきらない痛みに顔をゆがめながら、無理やりにそう言って笑ってやった。
まぁもともと、しばらくは俺も門外で寝泊まりするつもりだったんだけどな。
「……」
カリーナが、あきれたように俺の顔を見た。
「この状況で、商売の話ですか?」
「俺は……商人だからな」
どんな形であれ、俺は転んでもただで起き上がってやる気はない。
この負傷すらも……俺の商売に利用してやる。
「信じられません。それが、銀等級の商人の考え方というわけですか」
そう言って、思わず治療の手を止めたカリーナが頭を抱えたのだった。
その後。
俺の傷の処置を終えたカリーナは……
ここの長として、配下の白魔術師たちに治療院の門外移転を決めたことを告げたのだった。