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28 白魔術師カリーナとの交渉①

そして貴族院議会の翌日。


俺は貴族院の出張所を経由して、早速リルコット治療院を訪れていた。


そして今、俺の目の前には、このリルコット治療院の最高責任者である銀等級の白魔術師カリーナが、両手を組んで座っていた。

そんなカリーナに、俺は貴族院での一部始終と、俺からの一連の提案を示し終えたところだった。


「門の外ですか? それは流石に……」


俺の話を聞き、カリーナは難色をしめしていた。

それはまぁ、当然の反応だ。

長らくこのキルケットの壁の内側で暮らしてきた街人にとって。

壁の外に出ると言うのは、死の世界に飛び出るに等しいのだろう。


「正直に言って、俺は俺の商売にあんたたちを利用しているだけだ。簡単には信用できないことは重々承知している」


「それでも『他に選択肢がないのだから、そうしろ』とおっしゃっているわけですよね? そんなのはクドドリン卿と変わりありません。我々を馬鹿にするのも……」


「別にそうは言っていない」


「言っているでしょう? クドドリン卿からの嫌がらせは日に日に激しくなっています。しかし。他の移転先など、我々だけの力でとても……」


「俺の提案が気に食わなければ、これまで通りにここで白魔術師ギルドの支援を待ち続けるというのもまた、一つの選択肢だろう」


俺がそう言うと、カリーナは押し黙った。

ちなみにそれをされると、移転に関して貴族院で啖呵を切ってきた俺としてはかなり困るんだけどな。


「……」


カリーナが今、何を考えているのかはわからない。

何せ会うのは、かなり昔に一度訪問した時を含めてもまだ3回目だ。


治療院があった土地に闘技場を建てるということについても、白魔術師であれば色々と思うことがあるのかもしれない。


白魔術師ギルドは……

一部の人間の娯楽のために無駄な死傷者を出す闘技場などの施設について、実質的には黙認をしているが、本来ならば絶対に反対という立場だった。


故に中央大陸の闘技場などでは、白魔術師ギルドに属する正規の白魔術師ではなく、白魔術師ギルド未所属の冒険者崩れなどを雇っていたりする。


治療院の運営を預かる身として、カリーナは自分の決定が配下の白魔術師や治療院の入院患者たちの命運を左右するという事は重々に承知していることだろう。

だからこそ、白魔術師としての矜持と部下の身の安全。

考えるべきさまざまな思惑の中で、とてつもなく思い悩んでいるのかもしれない。


「あなたの言うその場所は、本当に安全なのですか?」


やがてカリーナが、ゆっくりと口を開いた。

どうやらカリーナにとっては、下手な白魔術師としての立場より、部下や患者たちの身の安全こそが第一優先事項であるようだった。


「貴族院では、そう言って大見栄を切ってきた。そして俺もそうなるように最大限の力を尽くすつもりだし、そのための策もある。だが、ここは正直に言うが……やはり絶対はない」


「後は、私がそれに賭けられるか否か、という事ですね」


「ああ」


「では、あなたの『策』というのを聞かせてください。そのすべてを聞き、それから決めようかと思います」


「……わかった。」


そうして俺は、今から俺がしようとしていることの全てを、カリーナに語ることにしたのだった。


「アルバス。長くなりそうならロロイはシュメリアのお母さんのところに行ってくるのです」


長話の気配を察し、そしてこの場に危険はないと判断したロロイが、そう言って立ち上がった。

ロロイには、断片的にだがこのあたりの話はすでにしている。


「わかった。一時間くらいはかかると思う」


「了解なのでーす」


そうしてカリーナと二人きりになった室内で、俺は俺の商売の話を進めることにした。



→→→→→



「アルバス殿。もはやそれは商人の領分を超えています。そんなことを、本気でやろうというのですか?」


「そうか? 俺にとっては、まだまだちゃんと(商人)の領分だけどな」


「私が思うに……もはやそれは、貴族の領分でしょう?」


「元々はそこまでの考えではなかった。だが、貴族院で門外の土地の取得をし、リルコット治療院移転の承認を得たことにより、俺にはそこまでのことが可能になった。だとしたら、もうやるしかないだろう?」


「アルバスという商人は、本当にとんでもないこと考えるのですね……」


「それで……乗るのか? 乗らないのか? 乗るというのなら、あんたも俺の商売仲間だ」


カリーナは唇をかんで思い悩んでいた。

少なくとも、これで俺が本気で移転先の安全を確保しようとしていることは伝わったはずだ。

そのうえで、はじめにあえて『安全が絶対的なものではない』と伝えたのは、俺なりの誠意だった。

これが意思決定権を持つカリーナではなく他の白魔術師相手であれば、俺ははじめから『安全だ』と言い切っていたことだろう。


そして、長い沈黙を破り、ついにカリーナが口を開いた。


「私は、そのご提案を……」


そこで……

なにやら外からとてつもなく大きな物音がしたのだった。


「な、なんだっ⁉︎」



→→→→→→



「何事ですか?」


カリーナが応接室を飛び出して、近くにいた白魔術師に尋ねた。


「あいつらが、また来てて……」


視線の先の中庭には、ガタイのいい5人のごろつきの姿があった。

砕け散った治療院の壁の一部は、おそらくはそいつらが破壊したのだろう。


そして、先日俺に向かって火の魔術を放とうとした白魔術師が、そいつらの前の地面で倒れ伏していた。


「ミィナ‼」


カリーナがそう叫びながら中庭へと走り出る。

俺もその後に続いて中庭に出た。


「いつもいつも、なんなんですかあなたたちはっ‼」


倒れ伏しながら、ミィナと呼ばれたその白魔術師が叫んだ。

その顔は、土埃と悔し涙でぐちゃぐちゃだ。

そして、持っていた杖を振りかざした。


「ミィナ‼ やめなさい‼」


中火炎魔術(ミルフレア)(マル)


杖の先に火の魔法力が収束し、凝縮して解き放たれた。

以前はロロイに軽くあしらわれていたが……

その火球の密度は高く、彼女が黒魔術に関してもそれなりの使い手であることは一目で分かった。


「別に、なんでもねぇよ」


だが……

その火球の魔術は、ごろつきが展開した防護壁によってあっさりとかき消されてしまった。

展開された範囲とその防御性能からして、間違いなく【オリジナル】効果の属性防御スキルだ。


「くそっ、ロロイはいないのか?」


「ロロイさんは、先程ミストリア劇場に行かれました」


シュメリアの母の具合が突然悪くなり、なんとロロイはそのことをシュメリアに伝えるために走っていったというのだ。


「マジか……」


最近はかなり平和だったけど……

肝心な時にいない護衛というのは、どうかと思うぞ。

そっちはそっちで一大事に違いないが……


「この女‼︎ ふざけやがって‼︎」


魔術を放たれて頭に血が上ったのか、ごろつきたちはミィナを蹴りつけていたぶり始めた。

ミィナは、身体を丸めて悲鳴をあげている。


「待て‼ 俺は商人アルバスだ」


仕方がないので、俺がごろつきどもの前に立って相手をすることにした。


「お前らはクドドリン卿の手勢だろう? この治療院のことは昨日の貴族院議会にて俺に一任された。手出しは無用だ」


もちろん、腕っぷしでは相手にならないだろうから、出せるのは口だけだ。


「はぁっ? クドドリン卿? 誰だそりゃ」


「俺たちゃここに、手ごろな『嫁』を探しに来ただけよ」


「回復魔術を使える女をとっ捕まえて、俺らのパーティに加えて……そんでもって俺ら5人の嫁にするってわけよ」


「そこに倒れてるのも、はねっ返りだけどまぁ悪くねぇよな」


そう言ってごろつきは、よろよろと起き上がろうとしているミィナに向かって、10本ほどナイフを次々と投げつけた。

そのナイフはミィナの身体を掠めて衣服にあたり、それを壁に縫い付けた。


アウル・ノスタルシア皇国では、一夫多妻のほかに一妻多夫も認められている。

それを、たまにこういう無茶な形で利用しようとする輩がいるというのは、なんとなくうわさで聞いたことがあった。


「嘘をつくな。お前らどう考えてもただのごろつきじゃないだろう。【オリジナル】効果の属性防御スキルなんて、その辺のごろつきが持ってるような代物じゃない」


主に対人対魔術師戦闘にて用いられる属性防御スキルは、あまり汎用性が高くはない武具スキルだ。

だがそれでも、【オリジナル】効果であれば相場で20万マナ程度はする。

普通に考えて、その辺のごろつきならばさっさと売ってマナに変えてしまうことだろう。


その辺りから考えても、このごろつきたちにクドドリン卿の息がかっていることはまず間違いないと思われた。


「帰って雇い主に伝えろ。『今は俺が交渉中だ。邪魔をするな』ってな」


ニヤニヤしながらナイフをちらつかせているごろつきたちに、俺は再度そう言って声をかけた。


「だから、俺たちはクドドリン卿なんてやつは知らねぇって」


「グダグダ言ってるとお前もこうだぞ」


先程ミィナにナイフを放ったやつとは別のやつがいきりたち始め……

その男の手から投げナイフが放たれた。


「っ!」


そしてそのナイフは。

まっすぐと俺に向かって飛んできて……


俺の脇腹に、深々と突き刺さったのだった。


「あ……」


投擲が下手なら……

脅しで投げナイフなんか使うなよ……

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