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「壁の外、だと?」


クドドリン卿が、意味がわからないと言った様子で呟いた。


「ああ、壁の外だ」


俺は、それが聞き間違いではないことを示すために、その言葉を再び繰り返した。


「アルバスよ。壁の外に治療院などを作れば、白魔術師や治療院の患者達はたちどころにモンスターどもの餌食となるだろう。……お前は、それをどうやって防ぐというのだ?」


さっき俺が言い渋ったからだろう。

ジルベルトが横から入ってきて、俺の話を引き出そうとしていた。

だが、それは俺にとっても好都合なことだ。


門外の土地についても、そこで商売をすることについても……

例えジルベルトが了解したからと言って、キルケット卿やクドドリン卿といった他の貴族達が後から文句をつけてこないとも限らなかった。


しかし……

この場で大々的に貴族院議会からの承認を得ることができれば、後からケチをつけられる可能性はほぼなくなるだろう。

悪いが、治療院の移転先に関する話は、そのために利用させてもらっている形だった。


「……冒険者を使う」


「ほう、どうやって?」


「始めは冒険者ギルドを通じてクエスト形式で募集をかけ、時間交代制で土地の防衛にあたらせる」


「それで、それにどれほどのマナがかかると思っている?」


「それについても考えがある。俺はその土地に、治療院と共に、護衛に着く冒険者たちに向けた宿をも建築するつもりだ」


そしてこれからのオークションに向け、壁内の宿からあぶれた冒険者たちへ寝床を提供する見返りとして、彼らを安価で雇い入れるつもりだった。


そしてこれこそが、後の俺の商売に繋がる最大のポイントであった。

ジルベルトは、少し考え込むような仕草をしていた。


「正式に宿屋を開業すれば収益にもなる。それを考えれば、最終的には全てが成り立つはずだ」


木柵や石壁などの防衛体制が整ってくれば、その分警護の人的なコストは下がっていくだろう。

そして宿屋の数が増えれば、警護にあたる冒険者以外の通常の利用者からの収益も見込める。


「たしかに、オークションに向けて、冒険者が宿から溢れる今の時期であればそれもいいだろう。だが、その時期が過ぎれば冒険者達はそんな条件の悪い宿からはさっさと引き上げてしまうぞ? そうなればもはや、その治療院は安全とはいえなくなろう。若い子女が多い治療院が、野盗やゴブリン共の徘徊する領域に防衛もなく取り残されれば……その結果は見えている」


ジルベルトが再び口を開き、俺の商売の欠陥を指摘した。


「冒険者たちは、引き上げないさ」


「ほう。なぜ、そう言い切れる?」


「それは、この場では言えない」


簡単に言うと、実際の条件はそう悪くないはずだからだ。

貴族たちは『門外の土地』に恐怖しすぎている。

そして冒険者たちは、1日の大半を壁の外で過ごしているのだ。


またそれ以外にも、俺にはそうなるように仕向けるための秘策があった。

それは、東部ギルドでニコルと話している時に聞いた『冒険者たちの追い求めている物』にも関連する話だった。


「……」


ジルベルトの視線が突き刺さる。

俺は、その目を真っ直ぐに見返してやった。


そんな俺たちの横から、クドドリン卿が割って入ってきた。


「私は認めんぞ。そんな馬鹿げた計画を承認することなどできぬ。断じてできぬぞ‼︎」


クドドリン卿は、真っ赤な顔でそんなことを叫んでいる。

そうなると、他の貴族たちも「やれやれ」という感じで無関係な雑談などを始めてしまった。

やはり、この流れを変えるにはクドドリン卿を懐柔するのが一番手っ取り早そうだ。


「クドドリン卿。もしこのまま、リルコット治療院の移転先が決まらぬままに闘技場建設の話が進めば、そのことで後々白魔術師ギルドとトラブルになってしまうかもしれません。そしてその際に、特に立場が危うくなるのは……クドドリン卿ご自身かと思います」


「なんだとっ⁉︎」


クドドリン卿が叫んだ。


「先ほども申し上げた通り、白魔術師ギルドの重役には、ノスタルシア皇家の皇族なども多数おります。決して蔑ろにはすべきでないと存じます」


「それで、治療院を壁の外に出すというのか? それについてはどうなのだ? それこそがまさに蔑ろにしているということではないのか?」


「それでは、クドドリン卿の責任において、移転先も決まらぬままに彼らをかの土地から追い出せば良いでしょう」


「なぬっ⁉︎」


俺の言葉を受けて、クドドリン卿は自分の言っていることの意味に気がついたようだった。

俺のことが個人的に嫌いだからと、俺の案に反対して俺を糾弾するのは勝手だが……

それでは結局自分の首を絞めているだけなのだ。


俺の案を通すということは。

クドドリン卿にとっては、治療院に関する自らの責任を俺になすりつけるに等しい行為のはずだった。


やっと、それに気づいたのだろう。

クドドリン卿はとたんにニンマリとしだした。


「商人アルバスよ。その土地ならば、移転後の白魔術師達の安全をお前が保証できる(・・・・・・・・)というのだな?」


「……ああ」


「お前が移転先として提示している土地については、我々は現地を見ているわけではない。故に詳しいことはわからぬ。だが、商人アルバスが自らの責任において『そこは安全だ』と宣言するのであれば、治療院の移転先として一考しよう」


クドドリン卿はそこで言葉を区切り、俺の方を見下すように見やってきた。


「アルバスよ、そこは……本当に安全な土地なのだな?」


「ええ……その通りです」


その言葉を聞き、クドドリン卿はキルケット卿の方へと向き直った。


キルケット卿は少しばかり考え込む仕草をした後、ジルベルトの方を向いた。

それに対し、ジルベルトが小さく頷く。


「良い。私は、商人アルバスの案を承認する」


「……俺もだ」


キルケット卿とジルベルトが相次いで承認を宣言し、続いてクドドリン卿をはじめとした4人の貴族が承認を宣言した。


「これにてキルケット六大名家による本案起案の承認は得られた。これより全貴族による採決決議に移る」



そしてほぼ形式だけの決議が瞬く間になされ、リルコット治療院は門外に俺が手に入れた土地へと移転されることとなった。


もし、このことで白魔術師たちの身に何か良からぬことが起きた場合。

それは、この場で門外の土地への治療院移転を提案し、そこでの白魔術師達の安全を宣言した俺の責任となるだろう。


これでもう、後には引けない。

……だが、やってやる。


こういうリスクを負うことも含めて、全てが俺の計画の内だ。

俺の考えた商売の実現に向け、今のところ物事は順調に進んでいた。


『お前って、堅実に損得勘定してそうに見えて結構アレだよな。あえて魔獣の巣に飛び込むようなやり方が好きだよな』


そしてふと、以前バージェスに言われたそんな言葉が頭をよぎったのだった。


この議会が終わったら、まずは立ち退きを拒否している治療院の白魔術師たちを説得しに行かなくてはならない。

それはそれで、かなり骨の折れる交渉になるだろう。


俺の商売の計画は順調に動き出してはいるが、そもそもが前途は多難な計画なのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 闘技場の経営者にとって、治療院が併設してあることが経営にプラスになりそうにところが気になります。
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