26 治療院の移転先
土地の所有権に関する手続きを進めた後。
俺とジルベルトが貴族院議会の会場へと戻ると、すでに議会は再開されていた。
「アルバス。招かれた商人の分際で議会の再開に遅刻してくるとは、貴様は一体何様のつもりだ‼︎」
早速クドドリン卿が吠えていた。
だが……
「アルバスは俺が引き留めていた。それに何か問題があるというならば……その糾弾を続けるがいい」
ジルベルトのその一言で、クドドリンはぐぬぬと黙ったのだった。
第二位と第三位との間には、どうやらそこまでの力の差があるようだった。
そのまま議会は再開して進行し、再び闘技大会の話になったのだった。
どうやらジルベルトの言う通りで。
クドドリン卿は、例のリルコット治療院の敷地を闘技大会の会場建設地として貸し出そうとしているようだった。
そして、闘技大会終了後には、そのままそこで闘技場を運営する予定なのだそうだ。
「しかし、現在リルコット治療院の白魔術師達が頑なに立ち退きを拒否していると言う話だが?」
「なぁに、いろいろと手は打ってある。直ぐに音を上げて立ち退きを承諾するだろう」
「立ち退いた後、治療院を再開する場所の目処はたっているのでしょうか?」
「そんなことは、私が考えることではない」
「西部地区唯一の治療院なのだから、それでは西部地区の冒険者ギルドの活動に支障が出る可能性が……」
「だったら貴様が土地を提供してやれば良いだろう。無償でなぁ」
次々とクドドリン卿に対して質問が飛ぶが、クドドリン卿は毎回無茶苦茶な答えでそれに返答をしていた。
そこに住んでいる白魔術師達や、治療院を必要としている地区に住む街人。場合によってはそれが死の危険にさえ直結する冒険者にとっては、とんでもない話だった。
だが、質問をした貴族達は、その答えで一応の納得を得ているらしかった。
もしくは、クドドリン卿を相手に、それ以上きりこめないのかもしれない。
貴族院議会の決定が、毎回碌でもないことになっている理由がわかった気がした。
クドドリンの暴走を止められるのは、ジルベルト・ウォーレンと、トンベリ・キルケットだけだろうが……
この話題に関して、その2者が動く気配はなかった。
このまま放っておけば、貴族院の正式な決定事項として、リルコット治療院の土地は闘技大会の会場予定地になることとなる。
そしてその際の白魔術師達のその後について、貴族達は全くもってどうにかする気はないようだった。
ならば、この場でそれを少しでもまともな方向に誘導できるのは俺だけだろう。
一瞬の沈黙の隙を突き、俺は声を上げることにした。
「しかし、白魔術師達は中央大陸の白魔術師ギルド本部に支援を求めていると聞きます」
貴族達、商人たちの視線が一気に俺へと向いた。
「そちらの回答を待たずに、白魔術師を蔑ろにするような決定を下してしまっては、後々面倒なことになりはしないでしょうか?」
「一商人の分際で……」
クドドリン卿があからさまな侮蔑の目を向けてくるが、俺は気にせず続けた。
「白魔術師ギルドの重役には、ノスタルシア皇家の皇族なども多数おります。たとえ今は治療院からの連絡が届いていなかったとしても、この件はいずれは白魔術師ギルド本部の知るところとなるでしょう」
「一体、貴様は何が言いたい?」
「つまり、リルコット治療院の存続について最低限の格好だけでもつけておかなくては、後々言い逃れすらできなくなってしまうのではないですか?」
「ふざけるなっ‼︎ 貴様は何様のつもりだ‼︎」
怒りに満ちた真っ赤な顔で、クドドリン卿が叫んだ。
「俺は俺の意見を述べたまでだ。元冒険者として、白魔術師の重要性はここにいる誰よりも理解しているつもりだからな」
「では、お前ならばどうするというのだ? 偉そうに『白魔術師の重要性』を説くのは勝手だが、口だけの青二才が言いたいことを好き放題に……」
まだまだ赤い顔をしているクドドリン卿が、さらに早口で捲し立て始めた。
「では、こういうのはどうでしょう? リルコット治療院は、俺の所有する土地に移転させる。そしてそうするよう、俺が治療院の白魔術師達を説得する、というのは……」
「……」
そこで俺が決定的な提案をすると、議会はシンと静まり返った。
ジルベルトは、口元を歪めながらそんな俺の様子を観察している。
「アルバスよ。その土地とは、一体どこにある土地なのだ?」
沈黙を破って、ジルベルトがそう尋ねてきた。
わかっているくせに……
「ああ……キルケット西側の、壁の外、だ」
「かべのそと、だって?」
静まり返っていた議会場が、再びざわざわとざわめき出した。