25 商談は休憩時間にこそ動く②
「ああ、それは……」
俺は、ジルベルトに向かって、ことの顛末を軽く説明した。
治療院の存続など、ジルベルトにとってはどうでも良いことだろうが……
少しでも糸口が掴めないかと思った次第だ。
「なるほど。商人にあるまじきお人好しだな」
「放っておいてくれ。俺が勝手にしていることだ」
クドドリン卿にも、ウォーレン卿にも。
話すだけならタダだとか思っていたが、なかなかそうもいかないようだった。
こいつらの相手をすることは、こんなにも骨が折れる。
「おそらくだが、白魔術師ギルドからの支援はいくら待っても来ないだろう」
全く期待していなかったのだが、意外にもジルベルトは分け知り顔でそんなことを言い出した。
「なぜ、そんなことが言える?」
「手紙を運ぶ飛脚にはクドドリンの息がかかっている。そしてクドドリンは、その治療院の土地を一刻も早く別のことに使いたいと思っている。それが答えだ」
つまりは白魔術師ギルドの本部なんかが出張ってきて、あの土地を買い上げる交渉に入られてしまったら……
あの土地をその『別のこと』に使えなくなってしまうから困る、ということらしい。
「その手紙は、堂下都市ファラルの白魔術師ギルド本部へはどうあっても届かない。……そういうわけか」
「ああ、おそらくその土地は、クドドリンが貴族院に対し『闘技場の建設用地』として提示している場所なのだろう。キルケットオークションに向けた闘技大会の開催地としてだが、闘技大会後は中央大陸にある闘技場のような娯楽施設として運用する話が持ち上がっている」
そうなれば、治療院なんかをやっているより、数千倍は儲かるだろう。
「そのために、躍起になって治療院を立ち退かせようとしているわけか」
「半分は俺の読みだが……おそらくそれは午後の議会ではっきりとするだろう」
そう言って、ジルベルトは踵を返した。
今気づいたことだが。
俺たち2人は、周りの貴族からかなり注目されているようだった。
遠巻きにされながらも、あちこちからの視線を感じる。
『俺たち2人』というか『ウォーレン卿』だな。
「……」
目の前にいるのは、紛れもない大貴族。
そして、おそらくは今俺が一番欲しいものを持っている男。
「ジルベルト……ウォーレン卿閣下」
「なんだ、改まってどうした?」
「キルケットの空き地などの管理をしているというあなたに聞きたい。西部地区の門の外は、すぐにスザン丘陵があり起伏が激しい故、荒れ地か雑木林しか存在しないが……。あの土地の現在の持ち主は誰だ?」
「……存在しない。アース遺跡群からも程近く、モンスターや野盗なども数多い。あんな区画の門外の土地を、正式に管理したがる奴などいないからな」
ジルベルトが再び俺に向き直り、そう告げた。
「では、もし俺が買い取るとしたらいくらになる?」
「ほう、あんな土地が欲しいのか? では逆に聞くが、いくらで買う?」
ジルベルトの目がギラギラと光り出した気がする。
たぶんこれは『商談モード』だ。
「500万マナ。それで、西側の門外の土地を、件の治療院の3倍の面積分買い取りたい」
「随分とふっかけてくるではないか。東側の門外の土地相場からすれば、半分にも満たないぞ?」
「城壁外の土地に、相場などあってないようなもんだろう?」
「それは、確かにそうだな」
「じゃあ……」
「二つほど条件を出そう。その規模の土地を取得して何をする? よもや治療院を移転させるなどとは言わないだろうな? なにか、考えがあるのだろう? それを今話せ。それが第一の条件だ」
こっちはこっちで、絶対に一筋縄ではいかないだろうとは思っていたが……
また、ずいぶんとおかしな要求をされてしまった。
「つまらぬ考えなら倍の値にする。だが、俺が興味をそそられるようなら話であれば1/2の値にまけてやろう。つまりはそれが面白いネタであること。これが第二の条件だ」
『おかしな要求』ではなく『おかしな交渉』だった。
「なんで。俺の商売敵のあんたに、俺の商売のネタを話さなくちゃならないんだ?」
「……ほう?」
半分茶化すようにして言った俺の言葉に、ジルベルトはドスのきいた低い声色で反応した。
「なんだよ?」
「俺を『商売敵』とするか? たかだか庶民の一商人に過ぎないお前が。この俺を……」
ジロリと睨むその目は、先程のクドドリンなど比較にならないほどの威圧に満ちていた。
音が消え、周囲の空気があっという間にピリピリと張り詰めていく。
周りの貴族達は息を呑んで視線を逸らし、くもの子を散らすようにスゥッといなくなっていった。
そして、俺の真横にいたシュメリアが「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、身動き一つとれずに息を詰まらせた。
「どうなんだ? 答えろアルバス」
静かだが、凄まじいまでの圧力がこもった言葉だ。
一流の大商人というのは、時に圧倒的な威圧を放つものだ。
直接的で現実的な身体への脅威でないとはいえ、
それは熟練の冒険者から剣や杖を突きつけられているに等しいような威圧だった。
まともな人間であれば、シュメリアのように呼吸すらままならなくなってしまうかもしれない。
だけど……
「現状、紛れもなく商売敵だろう? 勝手に俺を身内に引き入れたつもりになられては困る」
俺に、その手の威圧は通用しない。
勇者ライアンや、黒金の魔術師ルシュフェルド、そして獣拳帝アルミラの方が、よほどヤバい威圧を放っていた。
そんな奴らと15年も過ごしてきて、俺には根拠のない耐性がついていた。
一言答えを間違えるだけで、本当にパーティメンバーに殺されかねないような場面など、これまでに何度でもあった。
それに比べれば、この程度の脅しは大した問題じゃない。
「あんたは、俺の商売のネタを聞いて横取りするような人間ではないとは思っている。だが、やはりまだ形にすらなっていない商売のネタを、ここで披露する気にはなれないな」
俺がそういうと、ジルベルトの威圧が嘘のように立ち消えた。
「ふっ。つまりはその『形にすらなっていない商売のネタ』を形にするために、壁外の土地を買い取ることが必要だということだな?」
俺の隣で、ジルベルトの威圧から解放されたシュメリアが、その場にペタンとへたり込んだ。
「そうだな。門内にはもう、なかなかまとまった大きさの土地はなかった。それに俺の懐具合から考えても、後はそれしかないんだろうな」
「門外の土地などを買い取っても、結局は莫大な防衛コストがかかるぞ」
「それについては、いくらでもやりようがある」
俺が実家を飛び出してもう17年だ。
その間、俺がどれだけの回数の野宿をしてきたと思ってる?
俺1人ではどうにもならないだろうが、人を雇えばいくらでも方法はあった。
「よもや、つまらぬネタではないだろうな?」
「そんなことは知らん。俺は、儲かる可能性があると思っているから、それをやろうとしているだけだ」
「……」
ジルベルトは沈黙し、俺の目をじっと見つめていた。
先程の威圧するような目つきではない。
そして、値踏みするような目つきでもない。
言うなれば、ただただ面白がっているような……そんな目つきだった。
「……」
俺もその目を見返した。
俺の商売が面白いものかどうかは、何もジルベルトに評価してもらうようなものではない。
今回の俺の商売相手は貴族でも街人でもなく、冒険者だからな。
「いいだろう。500万マナでスザン丘陵の土地を、治療院6個分ほどお前のものとしよう。区画と位置は後ほど勝手に決めろ。そして幸いなことにここは貴族院ゆえ、今からすぐに手続きを進められる。もちろんマナは持ってきているのだろうな?」
しばしの沈黙の後、ジルベルトはそう言って俺の話に応じたのだった。
まさかこの場で土地取得の手続きにまで話が及ぶとは思っていなかった。
動き出したら怒涛の如く。
そして何気に土地の規模が倍になり、実質的に半額になっている。
自分で出した条件を、こうも簡単にひっくり返すとは……
ジルベルト・ウォーレンという男は、やはり簡単にその胸中を推し量らせてくれるような人物ではないようだった。
「今の手持ちは100万マナだ。手付金としてそれを払う。残りの400万マナは、明日出張所に赴いて支払おう」
「いいだろう。では俺も明日、西地区の出張所に赴こう。お前がそれを支払えるほどに稼いでいることは知っている故、1日貸しにしておいてやる。では、さっそく手続きを進めよう」
……念のためにと、100万マナだけは持ってきておいてよかった。
いや、マジで。
これだけ言って手付金すら持ってなかったら、かなり格好が悪いところだった。
→→→→→
俺はこの一週間、ひたすらにキルケット中を歩き回ってきた。
そして、門内にて俺の求める土地を見つけ出すことに限界を感じていた。
目をつけた土地にいる複数の地権者と、別々に交渉していくようなことも考えたが、それではコストが読みづらくなる上に相当の時間がかかってしまう。
そこで。
少し前から、俺は門外の土地に目をつけていたのだ。
中央大陸との交易の船が出る『港町セントバール』の側の東門を表門とすれば、西門は裏門だ。
人の往来が少ない上に、起伏も激しく雑木林も多い。そのため、畑なども作れずに、人が住むにも適さない。
だから、比較的大きな土地がそのまま手付かずで残っていたのだった。
ひょっとすると、その雑木林の中には野党のアジトやモンスターの巣なんかもあるかもしれない。
それを俺の商売に使えるように手入れをするのは簡単なことではないだろうが……
それについて、俺はすでにいろいろと考えを巡らせて、いくつかの案を考え出していた。
その今の考えだけでうまくいくかどうかは、正直言ってわからない。
だが、誰もやらないことをやろうとするにあたっては、そのくらいは乗り越えなくてはならない難関だろう。
まずは今ここで、最難関だった『土地の取得』が成った。
それは、とてつもなく大きな前進だ。
俺の新しい商売は。
こうして、形になるための最も大きな第一歩を踏み出したのだった。




