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24 商談は休憩時間にこそ動く①

シュメリアによる余興公演が終わった後、議会は休憩の時間となった。


「堂々としたものだったぞ。流石は我がミストリア劇場自慢の歌姫だ」


「からかわないでくださいよ旦那様。本当に、かつてないほどに緊張しました……。もう、心臓が止まるかと思うくらいだったんですよ」


俺は貴族院の廊下でシュメリアと合流し、クドドリン卿を探していた。


マーカスギルド長によると、やはりキルケット卿の隣にいた神経質そうな貴族が、クドドリン卿であるらしい。

少し前に議会の会場から外に出て行ったので、俺も追いかけて外に出たのだが……

廊下にいたシュメリアと話しているうちに見失ってしまっていた。


貴族と、俺たち商人とではそもそも議会の会場への入り口が異なっているため、追いかけてもすぐに同じ場所まで行けないのがツラいところだった。


「あ‼︎ あの人じゃないですか?」


シュメリアの指し示す方向の廊下の先に、何人かの貴族に囲まれたクドドリン卿の姿が見えた。


「お、行ってくる」


「私も行きます!」



→→→→→



「アルバス。庶民の一商人の分際で、この私に話しかけるとは良い度胸だな」


声をかけた瞬間に、クドドリン卿から返ってきたのは、意外な言葉だった。


「直接は初対面のはずだが……よく俺の名前を知っているな」


『庶民の一商人』などと揶揄してくるくせに、俺がクドドリン卿の顔と名前を一致させるより先に、あちらが俺のことを知っていたとは驚きだった。


「っ⁉︎」


ハッとした直後にバツが悪そうな顔をしたクドドリン卿が、次にジロリと睨んだ先は……

なぜかマーカスギルド長だった。


そしてその視線が、ゆっくりと俺に戻ってくる。

それはなぜか、凄まじい憎しみのこもった目つきだった。


おそらく俺のことは、マーカスを通じて以前から知っていたのだろう。

そして、どこかのタイミングで俺の顔と名前を一致させたのだと思われた。


マーカスの背後にいる貴族ということで、初めから多少の警戒心を持って臨んではいたが……

今の、マーカスとクドドリン卿の一瞬のやりとりや、俺へと向けられた表情から。

なんとなく、これまでの色々な出来事が、この貴族の存在に繋がった。


ポッポ村の一件以来、表向きはニコニコとしかしていないマーカスが、ある時突然、嫌がらせのようなヤバい仕事を振ってくることとか。

俺が商人ギルド関係で、冒険者ギルドへの依頼をする際など、なぜか冒険者ギルドの対応がびっくりするくらい遅かったりとか。そんな謎の逆風が吹くことが多々あることとか。

その辺りの背後に、俺は常々何者による圧力の存在を感じていた。


その圧力の正体がコイツなのだと、なんとなく今の一瞬で理解できてしまった。


それと同時に、例の治療院に関しても、おそらくは俺が正攻法で商談を仕掛けたところで、このクドドリン卿が俺に向かって『はい』ということは絶対にないのだろうということを悟った。


「なんでもありません。ただ、一言ご挨拶に伺っただけです」


それだけ言って、俺は踵を返した。

……治療院の話を振る前でよかった。

話していたら、余計に拗れていただろう。


「待て、アルバス」


去りかける俺の背に、クドドリン卿がそう言って声をかけてきた。


「なにか?」


「お前の劇場は、大層繁盛しているようだな」


「ええ、お陰様で……」


「……ふざけるなよ」


突然、クドドリン卿の声のトーンが下がった。

怒りを無理やり抑え込んだような声音だ。


「?」


なにか、かんに触ることでも言ってしまったのだろうか。


「貴族の特権である娯楽施設を、庶民に向けて開催するなど。本来あってはならぬことだ‼︎」


突然、怒りをあらわにしながらクドドリン卿がそう叫んだ。

同時に、マーカスと周りの貴族達がビクッと身体を震わせた。


だが俺は、もともとこういう手合いには慣れている。

大声で威圧されたところで、それはただ単に声がデカいというだけのことだ。


「……何も規制されているわけではないでしょう。俺がどこでどんな商売をしようが、あなたに口を出される筋合いはないはずだ」


「貴族の特権を侵害するなど……貴様の行いは、万死に値する‼︎」


「その発言には、なんの根拠もないでしょう」


私がそう決めた(・・・・・・・)。それで十分だ」


「……」


おそらくそれは個人的な感情なのだろう。

なんでそんなに恨まれているのか、正直言って意味不明だった。

だが、とにかく俺はこの貴族から相当に嫌われているらしかった。



→→→→→



気付けば、俺とクドドリン卿を中心に、廊下に人だかりの輪ができていた。


「その辺にしておけ、クドドリン。アルバスの言う通り、現状お前の発言にはなんの根拠もない」


そこへ、その輪を引き裂きながら、ジルベルト・ウォーレン卿が現れたのだった。


「中央地区のお前の劇場が不振だからといって、アルバス(その商人)に当たり散らすのはお門違いだろう」


ああ……そういうことか。

クドドリン卿の怒りとはつまり、同じ劇場経営者として、自分の劇場よりも俺のミストリア劇場の方が流行っていることが気に食わないという話のようだった。

貴族のプライドとして、『庶民の一商人』にしてやられた形になっていることが、よほど気に食わないのだろうと思われた。


「くっ、ウォーレン卿……」


「……なんだ?」


「いや、なんでもない」


クドドリン卿は、2、3言ジルベルトと言葉を交わしたのち、足早にその場を去っていった。


「行くぞマーカス‼ ぼさっとしているんじゃない‼」


そう言って、クドドリン卿はマーカスギルド長を持っていた杖で小突いて去って行ったのだった。


「あんたも大変だな」


俺をにらみつけてきたマーカスに、俺は心からの憐憫の言葉を述べた。


「えっ……?」


「いろいろと話は聞いているからな」


「……」


マーカスが警戒心をむき出しにした目つきで俺を見てきた。


このマーカスという男は、権力にめっぽう弱い。

昔はそうでもなかったようなのだが……

ギルド長となってから約10年。

自分自身の商売を縮小しつつ西大陸全土に関わる商人ギルドの仕事に邁進し続けた結果。

その地位なくしては一族を食わしていけない状態になってしまっているようなのだ。

そして、後ろ盾としてそうなるように仕向けて行ったのが、例のクドドリン卿だそうだ。


そのあたりのことをギルドの職員などから聞き出して以来、俺はマーカスのことを完全に嫌い切ることができなくなっていた。

一歩間違えば、俺もそうなってしまうのだから……

だから奴は、俺の反面教師だ。


「余計なお世話だ、アルバス」


そう言って、マーカスギルド長はクドドリン卿を追って去って行った。



→→→→→



そして、ジルベルトが俺に向き直る。


「来て早々に、随分な男たちに絡まれていたな」


「少し用事があって、俺の方から声をかけたんだが……。なぜか、俺はクドドリン卿から随分と嫌われているようだ」


俺は肩をすくめながらそう応じた。


「自分からあいつに声をかけたのか? それはなかなかに面白そうだ、是非ともその場に立ち会いたかったぞ」


「勘弁してくれ」


「そもそも、なんの用事で声をかけていた?」


そう問われてふと、クドドリン卿に声をかけた元々の目的を思い出した。

結局は不発だったが、俺は例の治療院の件を話しにきたのだった。

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