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23 『姫騎士ルナマリアの悲劇』

「今から唄うのは、かつてとある王国で起きた悲劇でございます」


シュメリアがそう言って深々とお辞儀をすると、パラパラと拍手の音が響いた。

そうして始まったシュメリアの詩は、『姫騎士ルナマリアの悲劇』だ。


その詩は、悲劇的な演目の中で比較的マイナーな部類だが、シュメリアの唄い手としての力を存分に発揮できる演目であった。


新生したミストリア劇場の初期の頃には、俺はその唄を頻繁に公演のスケジュールに取り入れていた。

シュメリアにとっては唄った回数が最も多く、いわば最も得意とする演目と言えるだろう。


今回は、事前に俺とシュメリアとで打ち合わせをした上で、特に貴族達からの指定が入らない限りはこの詩を唄うということに決めていた。


そして、シュメリアは大きく深呼吸をした後。

数々の大貴族達を前にして、堂々とした佇まいで詩の本編を唄い始めたのだった。


ただし……

パッと見は堂々としているのだが、視線は微妙にどこか遠くに行っている。


『緊張したら、観客は全員『野菜』だと思って唄います!』


かつて言っていたそんなシュメリアの言葉を思い出して、俺は1人で笑いを堪えていた。



→→→→→



ある日。

病に伏し死期を悟ったある国の王が、家臣を集めてこう言った。


「私はこの国の次の王として、我が騎士団の団長であるルナマリアを指名する」


と……


だが、その国には2人の王子がいた。

当然、家臣達はそのどちらかが次の国王になるのだろうと思っていたため、この王の発言に大慌てだった。

王子達に嫁いでいた遠方の国の姫君達も、同じく大慌てだった。


そして王子達にとっても寝耳に水の話で、これは到底受け入れられない話だった。


「国王様は御乱心だ」

「あんな小娘などに、王が務まるはずがない」

「いったいどんな手を使って王に取り入ったのだ?」

「どうせ、色仕掛けか何かだろう。やはり親が親なら娘も娘だ」


そう言って、口々に騎士団長ルナマリアを非難した。


当のルナマリアはというと……

困惑し、すぐさま国王に発言を撤回するようにと進言した。


「恐れ多くも申し上げます。国王様、どうかお考え直しください。一騎士団長にすぎない私には、とてもそんな重責は負えません」


剣を持てば鬼神の如くと言われたルナマリアであったが、元来のその性格は非常に奥ゆかしかった。

そんなルナマリアには、たとえ敬愛する王から指名されたとしても、その座を継ぐつもりなど微塵もなかったのだ。


だが、王はがんとしてその発言を曲げなかった。


それが。

ルナマリアにとっての第一の悲劇。



結局国王は、最期の時までその発言を曲げなかった。

そのことにより。

跡目争いにより反目しあっていた2人の王子と、彼らを推す家臣達は結託し、一丸となってルナマリアを非難し始めたのだ。

そしてすぐに、ルナマリアを騎士団長の座から引き摺り落とすという決定を下したのだった。



→→→→→



王室の跡目争いから、遡ること20年前。

かつて起きた『獣王戦争』と呼ばれる大戦の折のこと。


王はその大戦に、騎士団を率いて自ら参戦していた。

そして、その遠征の最中。

当時の騎士団長であったルナマリアの母と、秘密裏に結ばれていたのだった。


その一年後、獣王戦争は集結した。

そして負傷したとも、一時敵軍に捕らえられたとも言われていたルナマリアの母は、王宮の片隅の療養所にて、未婚のままにルナマリアを産んだのだった。

数々の非難を浴び、敵軍に身体を売って生き延びた売女などど揶揄され、ついには騎士団長の座を剥奪されながらも……

それでもガンとして娘の父親を誰にも明かさなかったという。


つまり、ルナマリアは国王の御落胤(ごらくいん)だったのだ。


これは、ルナマリア自身も知らなかったことである。

そして国王もまた。

ルナマリアを跡目に指名した後に容体が急変し、長らく生死の境を彷徨った挙句、誰にもそのことを告げぬままあの世へと旅立ってしまった。


それが。

ルナマリアにとっての第二の悲劇。


王が、ルナマリアが正式に王の血を引いていることを明かしていさえすれば……

権力を振りかざすことと、贅沢三昧をすることしか考えていない2人の王子より、騎士として国民からの人望が厚かった団長ルナマリアを推す勢力が強まっていたかもしれなかった。


だが現実は……

騎士団長の座を追放されたルナマリアは、身に覚えのない数々の罪を着せられて地下牢へと幽閉されてしまったのだった。


そして王の座は……

長く続いた血で血を洗う跡目争いの末。

勝利した兄が引き継いだ。


そして跡目争いに負けた弟は処刑され、その首は長らく野に晒されたのだった。



→→→→→



一年以上も続いた跡目争いの内乱により、家臣も国民も著しく疲弊していた。


そんな疲弊した国の地下牢で、

ルナマリアは静かにその生涯を終えようとしていた。


食料を運ぶ給仕が現れなくなってから、どれくらい経つだろうか?

廊下の松明は、もう随分と前に消えてしまっていた。


自分の手足さえも見通せない漆黒の暗闇。

その中で、壁の隙間から染み出す湧水と、時折身体を這いずり回る小動物だけが、かろうじてルナマリアの命を繋いでいた。


こんなことを続けることに、なんの意味があるのだろうか?

いっそもう。

一秒でも早く、大好きだった母の元へと旅立ちたい。


そんな考えが頭を巡りながら。

ただただ、ルナマリアは生きていた。


そしてその命の灯火が消え失せる寸前。


ルナマリアは温かな母の幻を見た。

懐かしく心穏やかな日々。

そんな幻に包まれながら、人生最後の幸福な時が流れていく。


「お母さま……マリアはもうすぐそちらに参ります」


そしてその幻が……


突如として、松明の明かりにかき消されたのだった。


「ルナマリア様‼︎ 救出に参りました」


それはかつての騎士団の部下達だった。

ルナマリアの幽閉と共に処刑を言い渡された彼らは、追撃の手から隣国に逃れ、ルナマリア救出の機会を窺っていたのだ。


そして隣国をけしかけ、内乱で疲弊し切ったルナマリアの祖国に攻め込んだ彼らは、ついにこの日、その願いを成し遂げたのだった。


そんな彼らが見たものは……


「何故、あのまま死なせてくれなかったのですか? 私はもう、死ぬことすらも自由にならないというのですか?」


虚ろな目で弱々しくそう呟く、変わり果てた姿のルナマリアだった。


それが。

ルナマリアにとっての第三の悲劇。


幽閉されていた地下牢から救出された後、身体は手厚い白魔術の看護によって徐々に回復していった。

ルナマリアの意志とは無関係に、身体は勝手に養分を欲して生きようとしていた。


自力で歩くことができるまでに回復してしまった(・・・・・・)ルナマリアが療養所の外に出ると、かつての美しい街並みは廃墟と化していた。


ルナマリアは……

悲しげに涙を流しながら、とぼとぼと変わり果てた街並みを進む。

そしてそのまま町の外へと、誘われるように歩いていったのだった。


眼前に広がるのは無尽の荒野。

虚な目で天を仰ぐルナマリアは、やがて石につまづいて地面に倒れ伏す。


ルナマリアはそのまま起き上がることもせずに、虚な目で地面を見つめていた。


いつまでも……

いつまでも……



→→→→→



こうして悲劇は幕を閉じる。

周囲の思惑に翻弄され続け、何一つ……死ぬことすらも自由にできなかった姫騎士は、劇中では最後の瞬間まで虚な目で世界を眺めていた。


ルナマリアのその後については劇中では語られていない。

だが、多くの説によると、そのまま荒野にて朽ち果てたとされていた。


そんな姫騎士の悲劇を唄い終えたシュメリアは、俯き加減のまま深々と大きく一礼をする。


余韻に浸るが如く。

未だ音を発するものは誰もいない。


そして再び前を向いたシュメリアが、ゆっくりとその目を開いた。

その目は堂々と力強く、真っ直ぐに前を見据えていた。


そんなシュメリアの姿は……

打ちひしがれたルナマリアが再び立ち上がり、今度こそ幸せを掴み取ることを暗示しているかのようにも思えた。


そして。

シュメリアは再び、深々と一礼をする。


そこで観客達(おれたち)は意味もなく確信するのだった。

やはりルナマリアは再び立ち上がり、その先には今度こそ明るい未来が待っていたのだと。


パラパラとなり始めた拍手は、やがては大きな喝采となった。

シュメリアはそんな貴族達の喝采を浴びながら、堂々した佇まいで、ゆっくりとその部屋を立ち去っていった。


もとい、最後にちょっとだけ足をもつれさせていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか、スピンオフでこの姫騎士さまが救国無双でもしそうな気がするな。
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