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21 リルコット治療院②

「クドドリンという名の貴族を、ご存じでしょうか?」


その老齢の白魔術師は、意外な名を口にした。


「名前だけならば、何度か聞いたことがある」


そいつは確か、トンベリ・キルケット卿やジルベルト・ウォーレン卿に続く、キルケット第三位に位置する大貴族だ。


「この治療院の歴史は古く、200年前にこの城塞都市キルケットの発足時から続く物らしいのですが……、どういうわけかこの土地自体はそのクドドリンという貴族の持ち物なのです」


「あまり、聞かない話だな」


『公平中立に治療を行う』という白魔術師ギルドの矜持に基づき、治療院の土地などは白魔術師ギルドがきっちりと押さえているのが普通だ。

中央大陸では、他人の土地を間借りしている治療院などは聞いたことがなかった。


「このキルケットでも、そのようなことになっているのはここくらいです」


「そうか。それで、それがどうかしたのか?」


「先日、一方的に、立ち退きの要求が来ました」


「……なるほど」


「当然、我々はそれを拒否しました。ここにはすでに多数の入院患者がいます。そして、日々負傷して治療を受けに来る冒険者もいます。ここで生活をしている白魔術師もたくさんおります。土地の持ち主に『1週間で立ち退け』と言われたからといって、そうそうすぐに治療院を閉鎖できるわけはありません」


そして、白魔術師たちが申し入れを拒否すると、今度はごろつきのような冒険者や商人を使って、執拗な嫌がらせが始まったのだそうだ。

先程の若い白魔術師は、俺がその類のごろつきだと勘違いしてあんな態度を取っていたようだ。


また、白魔術師たちが聞きつけたうわさ話によると、クドドリン卿はこの土地を使って別の商売をしようとしているらしかった。


「それで、それを俺に相談してどうしろというんだ?」


「シュメリア殿から、アルバス様がミストリア劇場の土地を購入された際、似たようなことがあったと伺っております」


それは、俺がジルベルト・ウォーレンを相手に、ミトラの屋敷とその土地を買い取った一件のことを言っているのだろう。

つまりは俺に、この土地をクドドリン卿から買い取って欲しい、ということを言いたいのだろうか。


「悪いが、無理だ」


俺は即答した。

普通に考えれば、そうなるだろう。


「そう、ですか」


「自分の土地を使ってどんな商売をしようが、それは持ち主の勝手だ。今やっている商売よりも儲かる商売があるならそちらに切り替えたいというのは、商人としてはわからない話ではない」


正攻法で断られたから、交渉の継続ではなく嫌がらせをする、というクドドリン卿のやり口はいかがなものかとは思うが……

その主張自体は、あながちおかしなものだとは思えなかった。


ジルベルト・ウォーレンもまた、そうして利益を産まないミトラの屋敷を売ろうとしていた。

温情や心情といった面についてはともかく、商人としては特に間違った選択ではないように思えた。


「ちなみに、クドドリン卿へは土地の使用料などは支払っているのか?」


「はい。月に10万マナほどを支払っています」


「この広さの土地を運用すると思えば、どう考えても安すぎるな」


ここの1/3ほどの広さの土地で、俺は自分の住居とミストリア劇場を所持しており、ミストリア劇場はいまでも月に100万マナほどの利益を稼ぎ出していた。


その3倍程度の広さがあるから、単純計算で月に300万マナ、とは言わないが。

少なくとも月10万マナの使用料では全く割に合っていないことは確かだろう。


「しかし、我々にはそれ以上は支払えません」


白魔術師たちの主張としてはつまり、もともと以前から治療院があった土地なのだから、マナにならなくてもそれを継続しろという事を言っているわけだ。


そんな白魔術師達の主張もまた、商人おれからすると横暴な主張に思えてしまうのだった。


本当にその主張をしたいのであれば、自分で自分の土地を手に入れて、自分でその儲からない商売をすればいいと思う。


「土地を買い取る場合はいくらかかる? 当然、その話もしているんだろう」


「800万マナだそうです」


「裏の拡張分は諦めて、この建物のある土地だけならば?」


「分割して売ることはしないそうです。それに、あの土地もまた、治療院にとっては必要なものです」


「そうか……。では中央大陸の白魔術師ギルド本部へはもう連絡したのか? 正直、そちらが本気で動き出せば、800万マナなどははした(・・・)金だろう」


「すでに使者を送っておりますが、おそらくクドドリン卿の提示する期日までに返事は間に合いません。それも、わかった上でのことなのでしょう」


それなりに交渉はしているようだが、先だつもの(マナ)がないのではどうにもならない。

クドドリン卿の方も、なんとしてでも早急に白魔術師達をここから立ち退かせたいようだった。


「立ち退き要求の嫌がらせは日に日に酷くなっております。ここに留まることも限界が来ています。ですがこれだけの規模の施設の移転先なども簡単には見つかりません。またたとえ見つかったとしても今の我々にはその土地を購入することなどできないでしょう」


「では、50万マナほど貸し付けよう。それでクドドリン卿と交渉し、期日を延期して白魔術師ギルドの支援を待つことだ」


この土地を買い取るにしろ、別の土地に移るにしろ……

本来白魔術師達が頼るべき相手は、俺ではなく白魔術師ギルドのはずだ。


「悪いが、今俺ができる協力はそのくらいだ」


状況からして、貸した(マナ)がきちんと返ってくるという見通しが立たない以上、このくらいの支援が限度だった。


「はい、無理を承知でご相談した甲斐がありました。……感謝いたします」


50万マナは決して安い金額ではない。

それがわかっているからこそだろう。

老齢の白魔術師は、俺に向かって深々と頭を下げたのだった。


ただ……

帰り際に見た他の若い白魔術師たちの目は、落胆に沈んでいた。



→→→→→



「申し訳ありません旦那様。私がミトラ様から聞いた話を、あの治療院でしてしまっていたばっかりに……」


帰り道にて、シュメリアが申し訳なさそうにポツリとそう言った。


あの銀等級の白魔術師は、流石に自分達の言っていることが無茶な要求だと承知しているようだったが……

若い白魔術師達は、勝手に俺を救世主か何かのように考えてしまっていたのかもしれない。


シュメリアは、俺がミストリア劇場の土地を買い取った話を、以前白魔術師達にしてしまっていたことで、彼女らの気持ちをそう誘導してしまったことを詫びているのだった。


「それについては仕方がないさ。ただ、あの時はミストリア劇場の興行で後々まで大きな収益があげられる見通しが立っていたからな」


俺だって慈善事業じゃない。

さすがに800万マナを出して、月々10万マナの収益しか生まない、融通の利かない土地を買い取る気にはなれなかった。


あの裏の土地を丸々、俺の商売に使っていいというのなら、話は別なんだけどな。


「何か他の可能性が見えるとすれば、1週間後の貴族院の議会だろう」


「……えっ?」


「当然、その議会にはそのクドドリン卿も来るだろう。話せる機会があれば、俺からも少し話をしてみよう」


「はい‼︎ ……やはり、旦那様は凄い方です」


「?」


「貴族と直接交渉をするだなんて、私には考えもつきませんでした」


「まともに相手してもらえるかどうかは、わからないけどな」


あいつらは、基本的には庶民を見下しているから……

ジルベルトのように自分から度々足を運んでくるような貴族は、かなり珍しい部類だろう。


「まぁ、話すだけならタダだ。聞くだけ聞いてみるさ」


俺の左右を歩くシュメリアとロロイは、なぜかニコニコとしはじめていた。

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