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19 バージェスの言い訳

「行ってきまーす‼︎」


その日も、クラリスは楽しそうに東部地区ギルドへと出かけて行った。

今日も例のパーティ(紅蓮の鉄槌)と一緒に東部地区のクエストに出向くのだろう。


俺がニコルに話を聞いた日からは、すでに3日が経過している。

ちなみにジルベルトの訪問からは1週間以上が過ぎていた。


そしてその日。

朝早くに、貴族院から俺宛に一枚の封書が届いていた。


そこに書かれていたことを簡単にまとめると『貴族院直々の仕事の依頼があるため、銀等級の商人は全員、1週間後の貴族院議会へ出向するように』という内容だった。

依頼される仕事内容についての記載はなかったが、十中八九、ジルベルトが言っていた例の件だろう。


闘技大会の開催と、その賞品について。

正式な告知がなされれば、他の銀等級の商人達も一斉に動き出すことだろう。


俺が今考えている『住』に関わる一連の商売が、上手くいくかどうかは正直わからない。

だが、とりあえずはこのまま進めてみようと思っていた。


ちなみに。

クラリスが紅蓮の鉄槌のメンバー達から聞き出してきた『今1番欲しいもの』はというと……

剣士ルッツは『勇者の称号』

魔槍術士ビビは、天賦スキル『神の目』と習得スキル『神速』

支援魔術師ノルンは『支援魔術を無限に放てる魔法力』

罠魔術師スルトは、『妻5人』

だそうだ。


聞いた時、俺は思わず肩をすくめてしまった。

それは『夢追い主義』の典型みたいな答えだ。


かろうじてスルトという魔術師のものだけは、がんばれば実現できなくもないか。

ルッツの『勇者の称号』も……そう言って本当に実現してしまったやつを知っている以上、不可能だと切り捨てるの悪いか。

とはいえ全体的に夢見がちだろう。


「微妙?」


「まぁ、大丈夫だ」


ニコルからいい話が聞けたから、実はその辺りはもうあまり重要視していないからな。


「また今度ちゃんと聞いてくる‼︎」


「……わかった」


「ところでアルバス。アルバスの妻は、姉さんとアルカナさんと……そこにロロイを入れたとしても3人だよな?」


「そうだけど……。なんだいきなり?」


「なんでもなーい! ちょっと気になっただけだ」


そう言いながら、クラリスはまた今日も出かけて行ったのだった。


俺は、何か疑われるようなことをしたのだろうか……

ロロイの件の誤解は解けたはずだから、それで『節操のないやつ』みたいに思われてはいないはずなんだがな。



「クラリスは楽しそうなのです。見てるとロロイも楽しい気分になるのです」


いつの間にか隣でニコニコしているロロイが、本人もとても楽しそうにそう言った。


「今のパーティの居心地がいいんだろうなぁ。『欲しいもの』の件。あれはわかっててわざとそういう答えを聞き出してきたんだろうなぁ」


どうやらクラリスは、同世代ばかりで組んでいる今のパーティが楽しくて仕方ないようなのだった。


『冒険者の欲しい物』の件。

俺の方はもう目途が立ってしまったのだが……

楽しそうなクラリスには、とりあえず気が済むまでやらせていようと思っていた。



→→→→→



「クラリスは東部ギルドに出かけたのか? 昨日あっちでクラリスを見かけたんだが……、あれはいったい何をしてるんだ?」


クラリスと入れ違いで、4日ぶりに屋敷に戻ってきたバージェスが、訝しげにそんなことを聞いてきた。


「ああ、俺の仕事を手伝ってもらってるんだ。まぁ、平たく言うと『冒険者が欲しいものの調査』ってところだな」


「そうか。……にしては、若いメンバーと楽しそうにクエストに出かけて行ったけどなぁ」


ちょっと複雑そうなバージェス。

そんな風に、ゴツいおっさんがモジモジしているのを見ると、気持ち悪いのと同時に意地悪をしたくなってしまう。


「リーダーのルッツって言う剣士。まだ成人前だが、若い女冒険者たちからはなかなかに人気があるみたいだな」


「なんだよ、だからどうした?」


「いや、別に」


俺がそう言うと、バージェスはバツが悪そうに黙り込んでしまった。

こうなると、逆にイライラしてくるから不思議だ。


「そーいやあんた、まだ本気でクラリスと結婚する気はあるのか?」


ヤック村でのクラリスの告白から、もう一年近くになる。

俺は常々、クラリスの義兄としてさすがにそろそろ一言いってやらないといけないと思っていたのだ。


「なんつーか。あいつがこのまま同世代とよろしくやるんなら、俺はそれでもいいような気がしてるんだよ」


そして、肝心なところで超絶に奥手なバージェス。

こいつは本当に……やばすぎる奴だった。


俺はもう、イライラを通り越して若干呆れ初めていた。


「……若いころに。なんか引きずる恋でもあったのか?」


からかうように、そんなことを言ってみた。

聞いてみたのではない。

……言ってみただけだ。


「っ!」


すると、バージェスがハッとして俺を見た。


「実は、その昔俺がまだガキだったころの話なんだがな……」


そして、何かを語り出しそうになっていた。

嘘だろ……まさか今の、図星なのか。


「いや。聞きたくない」


こっちから話を振っておいてなんだけど。

俺はピシャリとそう言い放った。


「俺たちは今のこの時を生きてるんだ。あんたの過去や事情を知ったところで、結局俺の言う事は変わらず一つだけだ。……クラリスとのこと、いつまでも曖昧なままにしてんじゃねぇぞ」


もし『結婚する気がない』というのなら、それはそれできちんとけじめをつけろってことだ。


「ああ、わかってるよ。ただ……」


「もういい。これ以上は聞きたくない」


義妹(いもうと)よ……

お前が好きになった相手は、本当に大丈夫なのか?


なんかもう。

俺も、クラリスがこのまま同世代とよろしくやるならもう、それでいいような気がしてきたぞ。



→→→→→



その後、バージェスは言い訳がましく仕事の話を持ち出してきたのだった。


どうやら、バージェスが今追っている上級モンスター『ルードキマイラ』は、特徴の違う個体が5体ほど確認されているらしい。

そして、本来ならば群れを成さないはずのルードキマイラが、どうやら連携して冒険者達を誘い込んだり、複数体同時に攻撃を仕掛けてきたりしているらしかった。


「正直言って手こずってる。ギルド所属の冒険者の中には『そろそろアルバスに声をかけた方がいい』とか言い出すやつまで出てきてる始末だ」


本来ならばキルケット周辺には存在しないはずの上級モンスター『ルードキマイラ』

その討伐隊を組織するにあたっては、メンバーとして最初の時点から俺の名前が上がっていたらしい。


勇者パーティとして各地を旅した俺の経験。

そしてつい最近にも、海竜ラプロスと水魔龍ウラムスを討伐したという俺の護衛戦力を、そのままモンスターの討伐に使いたいという話だ。


だが、同時にそこには冒険者ギルドと商人ギルドとの棲み分け意識も働いている筈だった。

モンスターの討伐を、いきなり商人(おれ)に向けて依頼するというのは……

当たり前だが、冒険者ギルドとしては面目がたたない話だろう。


そういうわけで現在、バージェスを含む、銀〜銅等級の冒険者に声がかかり、討伐隊を組織してことにあたっているというわけなのだった。


「ルードキマイラと言うのは、本来ならオスメス関係なく1固体で広大なナワバリを持つ魔獣だ。普通に考えたら5体と言うのは見間違いで、つがいになって行動していたとしてもせいぜいが2体だろう」


「そもそもまともな目撃情報がないからな。襲われて生きていた奴も少ない」


「ルードキマイラがいるのは確かなのか?」


「それは間違いない」


なんだかんだと言いながら、俺はバージェスのペースに乗せられてその話に応対してしまっていた。

……なんか腹立つな。


「被害者は日に日に増えている。襲われて死んだ奴の中には、前ギルド長のゴリアンという男もいるんだ。やつは俺が5年前にキルケットを拠点にしてた頃からの知り合いで、相当なベテランだ。例えルードキマライラが5体同時に襲いかかってこようが、あいつはきちんと生き延びられる男だったはずだよ」


冒険者というのは、熟練になればなるほど『生き残る』ということに特化しているものだ。

危険に対する嗅覚と、それを避ける力がどれだけ優れているか。それが、冒険者なんていう危険な仕事で、長く生き残るコツというわけだ。


「……」


そもそもいるはずのないモンスターがいる時点で異常な事態だが。

話を聞くほどに、どこかきな臭い。


「ルードキマイラが目撃されているのは、キルケット北東側のシヴォン大森林の中だけだったよな? キルケバール平原には出ていないか?」


「平原での目撃情報も、ないことはないが……圧倒的に少ないな」


「昼か?」


「……昼夜両方だ」


「俺の知る限り、ルードキマイラは日の光が嫌いで森から出たがらない。森から平原に出るとすれば真夜中か……何者かに強要された時だけのはずだ」


「強要?」


バージェスが訝しげにそう尋ねてきた。


「ああ。例えば『獣使い』だ」


「普通に考えれば、あり得ない話だろう?」


「普通に考えれば、な」


だがもしそうだとすれば、これはかなり厄介な案件だ。

ルードキマイラ5体を従えることができるほどの獣使いなどは滅多にいないだろうが。

いるとすれば、そいつはバージェスやロロイを超えるレベルの戦闘力を持っている可能性が高い。


「バージェス。東部ギルドのクエストで、シヴォン大森林に行くような依頼はあるか?」


クラリスは大丈夫だろうか?

今更ながらに、心配になってきた。


「この状況だからな。今は北東のシヴォン大森林関連の依頼は、その付近も含めて全て特級以上にランク付けされてるはずだ」


「そうか、それならとりあえずは大丈夫だな」


中級(青ライン)のクラリス達が特級のクエストを受けるには、後一年ほどクエストをこなし続けて、(中級)(上級)(特級)と2段階ランクを上げる必要がある。

つまりは、今のクラリス達が北東の森林地帯に近づくことはまずありえない。


「つーわけだ。また4、5日は戻らないと思う」


そう言いながら、バージェスは屋敷を出て行った。


そしてバージェスの去った室内。

例のルードキマイラについて色々と考えを巡らせていた俺に、ロロイがポツリとつぶやいた。


「バージェスは、またクラリスのことちゃんといわなかったのです」


「あっ……」


バージェスの野郎……

そろそろ、マジで怒るかも知らないぞ俺は……

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