18 衣食住③
ただ、そういうこれからの俺が目指す商売においても。
ニコルの話は非常に参考になるものだった。
俺の商売は、その時々で必死に頭を悩ませ、とにかくがむしゃらに考えて始めたことばかりだ。
それをこのように分類するという着想だけでも、かなり頭の整理がついた気がする。
モーモー焼きやコドリス焼きは『食』
コドリス焼きの素は『食』の派生系。
遺物売りは『衣』
薬草については、装備品の一種と見れば『衣』となるが、定番品からは少し外れた物であるため、ある程度の客がつくまではなかなか思うように売れなかったのだろう。
ちなみにミストリア劇場における木人形玩具の販売や公演は『衣食住』がある程度満たされている街人に向けた『娯楽』だ。
薬草風呂も『娯楽』の一種だが、より生活に根付いた『住』に近かったのかもしれない。
『衣』と『食』のうち最低限必要なものについては、冒険者でもある程度まで満足に充足し続けることができるのだろうが……
『住』だけは、宿屋暮らしを止めて自分の家を持とうとした場合、一気にその障壁が高くなる。
すでに家を持っている街人の生活が圧倒的に安定しているのは、このためだろう。
日々の稼ぎだけを言えば、下手な街人よりも、そこそこ腕のいい冒険者のほうが多くのマナを稼ぎ出しているかもしれない。
だがそれでも、冒険者業が明日をも知れぬ不安定なものとされるのは……
常にある死の危険とともに、この『住』の部分の不安がかなり大きい要素だろう。
現在の冒険者の主流である、宿屋暮らしというのは非常に不安定な物だ。
この後キルケットオークションが開催される時期になれば、それに向けて商品を持ち込む商人達の商隊で宿が一気に埋まる。
すると宿賃の相場は跳ね上がり、そのせいで野宿せざるを得なかったり、普段は泊まらないようなボロ宿に高い金を払って泊まらざるを得ないような冒険者が一気に増える。
だからこそ俺は、今のニコルの話を聞いて、やはりこの「住」の分野にこそ、新規参入のチャンスがあると感じていた。
他の商人が簡単には参入できない分野。
ある程度のまとまった資金が用意できる今の俺だからこそ、参入可能な分野だ。
新米商人アルスなどには、絶対に無理な話だろう。
ただ、まともにやったのでは流石に俺でも金が足りない。
ここで肝心なのは、基本を押さえつつそれを他人がやらない方法で発展させること……
つまりは、商人アルバスが前々からやってきたことだ。
それについては、彼らが本当に望んでいるという『未来』にもからめて、少しいいアイデアが閃きつつあった。
「何か閃いたって顔をしてるね。あたしの話なんかで、なにかの為になったならよかったよ。資金が尽きたらまたクエストを斡旋してやるから、たまにはここにも顔だしなよ」
「ああ」
今、頭の中にできかけているアイデアは、まだうまく言葉にはできない。
だが、まだ一度も手がけたことがない『住』に関する商売で、少し面白いことができそうな気がしていた。
新人商人アルスに向かってニコルの言いたかったこととは、全くもって違うのだろうけど……
「『住』の分野で、少し勝負を仕掛けてみようと思っている」
「アルス。あんた、あたしの話を聞いてたのかい? そもそもあんたにゃ、キルケットの土地を買うような額のマナは用意できないだろうに……」
「まぁ1000くらいまでなら、すぐにでもなんとかなる」
「あんたねぇ、たった1000マナじゃあキルケットの土地なんか買えやしないよ……」
そう言って呆れ果てて頭を抱えるニコルに再度礼を言って、俺はロロイと共に東部地区ギルドを飛び出した。
ちなみに俺の用意できる資金は、1000マナじゃなくて、『1000万マナ』だ。
最後は思わず『商人アルバス』が出てしまっていた。
→→→→→
そしてニコルから話を聞いたその日から、俺はキルケット中を精力的に動き回りはじめた。
ミトラには引き続きモンスター家具の作製に取り組んでもらっている。
それについては、下手に俺が口を出すよりもミトラのセンスに任せたほうが断然良いものができることがわかったので、途中から完全にミトラに任せることにした。
その傍で、俺はキルケットの土地を探しながら、土地売買についての知識をつけることにしたのだ。
キルケットの土地は、基本的にはそこに住む当人の持ち物だ。
その所有権の所在が貴族院の帳簿に記載されており、売買などの際にはそれを移す手続きをとることになる。
所有者が行方不明になっているような土地も多々あるようだが……
そういった土地は所有者の行方を調査した上で、最終的に不明と判断されれば、貴族が安価で買い上げるらしい。
そしてそのまま土地を欲しがる冒険者や商人など通常価格で売りに出すのだとか。
ちなみに、持ち主不明の土地を買い上げる際に貴族が支払ったマナは、貴族院の運営資金としてプールされるらしかった。
この辺りの土地売買は、実はジルベルト・ウォーレンが手がけている事業なのだそうだ。
手続きや確認などにそれなりに人手がかかっていることを考えると、そこで利潤を得ることもまた、一つの立派な商売なのだろう。
つまるところ、俺がキルケットの土地を手に入れる方法としては、現在の所有者から直接購入するか、もしくはジルベルトに話を通すのが良いようだった。
ただ、いきなりジルベルトを頼るのは嫌だったので、まずは自分の足で探し回ってみることにした。
「アルバス。土地を探してどうするのですか?」
「んー、簡単に言うと宿屋のようなものを開業してみようと思っている」
そして具体的な部分はおいおい決めていくつもりだが、普通の宿屋とは異なる業態にするつもりだった。
この辺りについては、アルカナの助言なんかも、手紙で求めているところだ。
また、その商売を上手く使えば、ミトラのモンスター家具の販売促進にも繋がるはずだった。
そしてさらに、それに絡めたいくつかの商売が、俺の頭には浮かんでいた。
「土地が足りないな……。俺のやろうと思っていることを全部やるためには、相当な広さの土地が必要になる」
今は、キルケットを回って土地の相場感を確認し、これが本当に割に合う商売になりそうかどうかを試算しているところだ。
夢ばかりが膨らんでいるところだが。
相場感によっては、いくつかの機能を諦めざるを得ないかもしれない。
「ふぅん、ロロイにはよくわからないのです」
「もう少し俺の中でも整理がついたら、分かるように説明するよ」
そうしてロロイにもわかるように説明をすることで、俺の中でもさらに整理がつくはずだった。
「それよりもロロイは、そろそろまた遺跡に潜るトレジャーハントがしたいのですよ」
「む……、考えておく。でもまぁ、キルケットを歩き回るのも、ある意味でトレジャーハントじゃないか?」
「た……たしかに‼︎ これもまたトレジャーハントなのです‼︎」
ちょろすぎるロロイだったが。
そうなったらなったで、一気にテンションが跳ね上がっていた。
「アルバス‼︎ 次はあの角を曲がってみたいのです。︎アルバスの欲しいものを、トレジャーハントなのです‼︎」
「お、おう……」
そういえば、トトイ神殿を調査する予定の調査団からは、一向に音沙汰がない状況だった。
俺も自分の新しい商売に夢中になって、すっかり忘れ果てていたけれど……
まだまだ来なくて良いからな。
そう願掛けをして、俺はロロイと共にせかせかとキルケットを歩き回り続けたのだった。




