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17 衣食住②

「そりゃあ、いきなり『安定』した生活っての叶えるための全てをあんたが商売にするなんざ、どだい無理な話だよ。でもさ、その『安定』ってやつの中身がなんなのか、よくよく考えてごらんよ」


「『安定』の中身、か……」


つまり、安定して暮らすために必要なすべてのもの、ということだ。


「衣食住に関わるすべてのもの、だろうな」


「そうだよ。ちゃんとわかってるじゃないか」


なんとなく、ニコルが言いたいことがわかってきた。

つまるところ『新米商人アルス』に対し、夢追い主義にならず、現実主義で地に足のついた商売を探せと言いたいのだろう。


「アルス。あんた、アルバスっていう商人を知っているかい?」


「ああ、名前はよく聞く(・・・・・・・)


これは嘘ではない。

……なんせ本人だからな。


「西大陸商人ギルドの銀等級商人で、いまや大商人の1人とも言われてるキレ者の商人なんだけど……」


「いや、全然そんなことはない。まだまだ未熟もいいところだ」


「どの口でほざいてるんだいあんたは……」


「口が滑っただけだから、気にしないでくれ」


ついついアルバスが出てきてしまった。


「……」


「すまん」


「まぁいいや。で、そのアルバスがこのキルケットでまず始めた商売ってのは、いったい何だったと思う?」


「それは、薬草売りだろう?」


「……モーモー焼きだよ」


いや、薬草売りが最初だ。

誰が何と言おうが、本人がそう言ってるのだから間違いない。

……とは、今は言えなかった。


「今やそこらじゅうの店で売ってるモーモー焼きだが、あの当時それはかなり珍しくてさ。どうやって見つけてきたのか知らないけど、アルバスはいきなりそれで一山当てたんだ」


その当時の俺は、西部地区の外門近くでモーモー焼きを売っていた。

それなのにその噂は、反対側の東部地区の冒険者ギルドまで流れてきていたらしい。


「モーモー焼き‼︎ すごく美味しいのです!」


口を挟んできたロロイに、俺は『それ以上は喋るなよ』という目配せをした。

俺がモーモー焼きを商売にすることを思いついたのは、まさにここにいるロロイのおかげなのだ。


ロロイを一瞥し、ニコルが話を続けた。


「それで、それが売れると知った他の商人が次々と参入し始めた頃。アルバスはさっさとモーモー焼きをやめて、今度は『コドリスの香草焼き』なんて物を売り始めたんだ」


「コドリスの香草焼きも、とても美味しいのですよ! ロロ……ィはそれも大好きなのです」


ロロイが若干名前を間違えたが、ニコルは気づかずに話を進めた。


「そして、またまた他の商人がそこに参戦しようと身構え始めたところで、今度はアルバスはどうしたと思う?」


「さぁ、わからないな。いったいどうしたんだ?」


全部俺がやってきたことだから、知らないわけはないが……

とりあえず、話を合わせることにした。


「その頭のキレるアルバスっていう商人は、コドリスの香草焼きの店すらもさっさとやめて、今度は『香草焼きの素』なんてものを売りはじめたんだ。それで、後から参入しようとした他の商人の出鼻を完全に挫いちまったんだ」


「……なるほど」


当時は、商売にかかる手数を減らすことが主な目的だったのが……

結果的にそういう効果まで出ていたことは認識していた。


(もと)さえあればもう、香草焼きがどこの家でも作れちまうからね。さらに言うと、香草焼きに参戦しだした居酒屋や飯屋なんかの店主までが、結局はその『(もと)』を買って行くようになったもんだから、いまでも馬鹿みたいに儲けているって話だ」


「それは、ロロンにはよくわかんないのです。でも、そのアルバスっていう商人(・・・・・・・・・・)は、やっぱりすごい人なのですね」


なぜかロロイは、自分のことのように嬉しそうだった。

俺は、なんだか少しだけ居心地が悪かった。


「ロロンには難しいかもね。ただアルス、あんたにはもうわかるだろ? なんだかんだと前置きが長くなっちまったけど、つまり『安定』の中身ってのは『衣食住』なんだよ。そして冒険者達の求める『安定』ってのは、ようはそれらが満たされてる状態のことなんだ」


「……」


それについては完全に同意する。


討伐クエストで生き残るための(武具)も確かに必要だが……

毎日の(食料)は最も必須の物だし、明日のクエストに備えて今晩安全に体を休めるための(宿)も必要だ。


「アルバスっていう商人は、そのうちの『食』を押さえてたんだ。しっかりと基本を押さえていた。ただね、そこから発展させて他の商人がやっていないことをして儲ける。多分それが重要なんだ。いきなりデカい商売を夢見るのはいいが、本当に頭のキレる商人ってのは、まずはそういうところに目をつけるもんさ」


「……」


そんなに褒めるなよ。


「あたしもあまり上手く説明できやしないんだけど……、あたしの言いたいこと、わかるかい?」


「多分な」


つまりはニコルは、冒険者に『安定』をもたらすのは、何も『土地』や『家』だけではないという事を言いたいのだろう。


『冒険者の欲しいもの』などど言い出すと、手に入れづらい『住』についての安定や、『衣』の中でも一握りのレアな武具のことにばかり目が行きがちだ。

だけど本来、そもそもは衣食住に関わるもののすべてが、安定した生活のためには必須となるのものなのだ。


「ただねアルス。あんたは一文字違いのアルバスと違って天才肌じゃないだろうから、まずはアルバスに追随した商人みたく、人がやってる新しくて儲かりそうな商売を真似してみたらどうだい?」


「それは、どうだろうな」


「冒険者と違ってモンスターに食い殺される心配は少ないだろうが、商人だって命懸けだ。隣のすっとぼけてるお嬢ちゃんの分まで稼がなくちゃならないんだろ? だったら、夢見るのは程々にして、ちゃんと現実を見た商売をしなよ」


ニコルは、そう言って俺とロロイを順番に見やった後、服をはたきながら立ち上がった。

いつの間にか、午前のクエストを終えた冒険者たちがちらほらと戻り始めていた。


「ああ、色々と助かった」


日々の生活に関わる衣食住とは、つまりは生きるための基本だ。

だから商売としても、冒険者相手ならばこの『衣食住』を押さえることが基本の路線になる。


その上で、下手に自分で考えるよりも、キレ者達のアイデアを真似するのが1番地に足がついた方法だというのが、ニコルからの具体的なアドバイスだ。

それは、夢見がちな新米商人アルスに対するものとしては、かなり的確だと思えるアドバイスだった。



だが、俺は銀等級商人のアルバスだ。


自分の商売は自分で作る。

まだ誰もやっていない俺だけの商売を、俺が考えだして俺が始める。


俺の目指していることはそれなのだ。

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