16 衣食住①
その翌日。
俺は今度こそニコルから話を聞くために、ロロイと2人で東部地区ギルドを訪れていた。
「おや、もう1人いたやつはどうしたんだい?」
ニコルが俺の顔を見るなりそう尋ねてきた。
「昨日から別のパーティに参加している」
そのクラリスは、朝早くから出かけて行った。
他のパーティ同様、紅蓮の鉄槌も昨日のうちにクエストを受注して朝早くからそれに取り掛かるのだろう。
「早くも喧嘩別れかい? この先が思いやられるねぇ」
「別に、いたって円満だ」
「そうかい。んで、今日はどうするんだい? そろそろ門の外での軽いモンスター討伐クエストでも紹介しようかと思ってたんだけど。このタイミングで前衛が抜けちゃどうにもならんね。その魔術師の嬢ちゃんは頼りにならなそうだし……」
「はにゃ? ロロンは頼りにならなそうなのですか?」
ロロイが小首を傾げながらニコルにそう尋ねた。
「私にはそう見えるねぇ」
「そうなのですか?」
ニコルよ。
ロロイは、戦闘力ゼロの俺を水魔龍の猛攻から守り切るほどの護衛だぞ。
最高レベルを遥かに超える、至高のレベルで頼りになるんだぞ。
「なにせ魔術師の基本が出来てない。いつ言おうか迷ってたんだけど……そもそも杖の持ち方が逆さまだ。それじゃ自分の手元で魔術が弾けるよ? あんた本当は魔術なんて扱えやしないだろ……」
「う……ごめんなさいなのです」
そう言って、慌てて杖を持ち替えたロロイがしょんぼりとしてしまった。
「気にするなロロン」
わかっていて放っておいた俺も悪い。
だが杖の持ち方は知らなくても、ロロイは遠隔攻撃スキルを使いこなし、そこに別の魔術式を付加して放つような、化け物級の能力者だ。
規格外すぎて普通の人間には評価不能なだけだ。
「それはそうとニコル。今日はあんたに聞きたいことがあってきたんだ」
「はぁ? あたしにかい? 一昨日もなんか言ってたけど……」
「ああ。長らくここで受付をしているあんたに『冒険者が欲しがるもの』についての話を聞きたい。実は、いくつかのクエストを受けてわかったんだが……俺には冒険者は向いてないようだ。だから、今からでも商人に転向しようと思っている」
ニコルは「へぇ」と言ったきり少し黙り込んだ。
「まぁ、良いんじゃないのかい。私の話なんか聞いてなんかためになるなら、今日は少し時間があるから話してやるよ」
てっきり以前のように毒づかれて断られるかと思っていたら、意外と素直に応じてくれた。
作り話だが……
俺がきちんと話を聞きたい理由を説明したからだろうか?
「助かる」
そうして、人もまばらになったギルドの広間で、ニコルから色々と話を聞けることになったのだった。
隣の机では、酔い潰れたニヒルディアがすごいいびきをかいて眠っていた。
ニコルがその椅子を蹴飛ばしたが、ニヒルディアは一向に起きる気配がなかった。
→→→→→
「ええと、なんだっけ?」
「『冒険者が欲しがる物』についての話が聞きたい」
「まぁつまりは、あんたが今からやる商売のネタになりそうなものを教えてほしいってことだね?」
「ああ、話が早くて助かる」
「でも、そういうのを聞く相手は、『ギルドの受付』じゃなくて『商人』なんじゃないのかい?」
いつものように意地悪く。
ニコルがそんなことを言って早々に話を切り上げようとしてきた。
「確かにそれも一理ある。だが、もし商人が良い商売のネタなんか持っていたら……ご丁寧に他の商人に教える前に自分でやってしまうだろう?」
「そりゃあまぁ、確かにそうだね」
ニコルが少し感心したように言った。
「それにモンスター討伐も商売も、相手を知ることこそが戦う上での最大の武器になるはずだ。だから俺は、冒険者のことをよく知っているであろうあんたから、話を聞きたいんだ」
「……ちゃんとそういうところに目を付けるあたり、あんたは割と商人向きなのかもしれないねぇ。冒険者からの転向を決める決断の速さといい、悪くはないと思うよ」
ニコルはそう言って、再び椅子に座りなおした。
こんな感じで褒められると、なんだかむずむずするような変な感覚がする。
「というか、まともにクエストを受けないで冒険者たちに話を聞いてまわってたあたり、今思うと最初からそのつもりだったんだろ?」
「……まぁな」
やはり、見抜かれてしまったようだった。
「あたしなんかの話がなにのためになるかどうかはわからないけどね……。そこまで言われちゃあ仕方ない」
そう言って、ニコルは話の本題に入り始めた。
「あたしが思うに、冒険者には大まかに分けて3種類のタイプの奴らがいる」
ニコルの言う冒険者の三つのタイプとは……
『夢追い主義』と『現実主義』、それから『退廃主義』のことらしい。
このうち『夢追い主義』というのは。
その名の通り、腕っぷし一本で成り上がることを夢見て冒険者をしている者のことらしい。
比較的若い冒険者にありがちなタイプで、たぶん昨日クラリスが出会った紅蓮の鉄槌のメンバーなどはこれだろう。
そして『現実主義』というのは。
比較的熟練の冒険者に多い、現実的に生活の糧を得る手段として冒険者をしている者のことらしい。
ヤック村でのバージェスのスタンスなどが、言うなればこのタイプだろう。
最後に『退廃主義』というのは。
先行きの見えない人生に嫌気が差して、半ばやけっぱちになって刹那的に生きようとする者のことらしい。
そこでいびきをかいているニヒルディアや、昨日クラリスに絡んでいたごろつきなんかがそのタイプだろう。
『冒険者が欲しがる物』と一言で言っても、相手がどのタイプかで少しずつ内容は変わってくる。という事か。
「ニコルの体感でいいが、1番多いのはどのタイプだ?」
「それはたぶん現実主義だね。だけどこいつらは、夢追い主義とも退廃主義とも紙一重だ」
夢を追っている若者が、ある時を境に現実を見て地道に生きていく中堅冒険者となる。
そして現実を見ていた中堅の冒険者が、いつの間にか未来をあきらめ、享楽におぼれ退廃的に生きていくごろつきのような冒険者になる。
それは確かに、全てが紙一重のように思えた。
「そうだな。それで現実主義の冒険者が最終的に欲しがる物は、やはり『安定』か?」
「大体のやつはそう言うよ。『土地を買って家を得る』『冒険者以外の、安全で安定した仕事を得る』『もうクエストに行かなくてもいいくらいの蓄えを得る』この辺りは、中堅どころの現実主義の冒険者が、よく目標として口に出すことだ。たしかにそれらがあれば『安定』は手に入るよね」
ニコルの言い方に、俺は少しだけ引っかかりを感じた。
「だが……、本当に欲しいものは別にある。と?」
「これはあたしがそう思っているだけかもしれないんだけどさ。たぶん、あいつらが本当に欲しいのはその次の段階の『未来』だよ」
「……あぁ、そうか」
なんとなく、しっくりと来た。
『冒険者の欲しいもの』とは……
何のことはない。
ライアンたちに追放された当初の俺も、かつては人生の目標として欲し、追いかけていたものだ。
ニコルが今言ったような『安定』した生活基盤をもってして『伴侶や子供などの家族を得る』
それこそが、現実を見据え、前に進もうとする冒険者たちが欲している最大のもの。
『家が欲しい』
『もっと安定した仕事が欲しい』
『金が欲しい』
そして……
『家族が欲しい』
それはギルドで聞き取りをしていた際にも、冒険者たちから散々聞いた話だった。
「だが、それを商売にするためには、莫大なマナがいるな」
「そんなことはないだろう?」
「家や土地。今後の生活が成り立つだけのマナを安全に得る手段。どれも簡単に用意できるものではない」
だからこそ、冒険者たちは人生をかけてそれを得るための努力をし続けるのだろう。
「そりゃ、そんな大それたものを用意しようとしたらそうなるさ。だけど、商売がしたいだけなら……その『安定』ってやつの正体が何なのか、もうちょっと考えてみてごらんよ」
そこで、ニコルは言葉を区切り、用意していた水をくいっと飲み干した。




