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15 紅蓮の鉄槌

モンスター素材を用いた家具造りを商売にすることを閃いた翌日。

俺はミトラの部屋でそれについての打ち合わせをしていた。


「アルバス。今日は東部ギルドには行かないのか?」


そこへ、クラリスがそんなことを言いながらやってきた。


「少し面白そうなことを思いついたんだ。今日はこっちに手を割きたい」


ギルドには、明日にでももう一度顔を出して、今度こそあの受付係のニコルにいろいろと話を聞いてみようと思っていた。


モンスター素材の家具店をやろうと決めたはいいが……

箪笥や椅子は闘技大会の商品にはしづらいだろう。


そっちはそっちで、今少し考えを巡らせる必要があると感じていた。

ジルベルトから謎の期待を寄せられている手前、ノープランでは格好がつかない。


「そっか……」


クラリスは残念そうだった。

バージェスはここのところ出かけっぱなしだし、ロロイは多分、ミストリア劇場の売店区画で遺物を並べて遺物売り(トレジャーハント)をしていることだろう。


「暇なら、1人で行ってきたらどうだ? 剣士なら、パーティの臨時要員としても声がかかり安いだろう」


「パーティ募集待ちのソロとして……か」


「元々俺たちと会う前はそうだったんだろ?」


「一年半も前の話だぞそれ。しかも、結局は誰からも声がかからなくて、私はソロのままでクエストに出てたわけだし」


「今のクラリスなら問題ないさ。なにせ、あの頃とは風格が違う」


しっかりと使い込まれながらもよく手入れされた武具は、明らかにもう初級冒険者のものではない。

実際の腕前にしても、今のクラリスなら中級モンスターの単体討伐クエストくらいなら、おそらくは1人でもこなしてしまえるはずだった。

だが、そこはまぁ危険を犯してほしくはないので、他のベテラン勢とパーティを組むことをお勧めした。


「今から東部ギルドに行けば、ちょうど午後の二件目に向かう奴らとジャストなタイミングじゃないか?」


「うーん」


クラリスがそう言って悩んでいると……


(わたくし)はこのまま家具の作製に移ろうと思いますので、アルバス様はクラリスと一緒に行ってあげてください。木材であれば、後からいくらでも修正ができますから」


と、ミトラが言ってきた。


「いや、夫婦の時間を邪魔しちゃ悪いから、私が1人で行ってくるよ」


だが、今度はクラリスから断られてしまった。

しかも、ミトラはミトラで「このまま1人で大丈夫です」とか言い出したので、結局は俺の手が空いてしまう結果となる。


……なんだか寂しいぞ。


「……」


そういうわけなので、俺は明日の予定を前倒しして、ニコルに話を聞きに今から東部ギルドに向かうことにした。


クラリスが先に行ってしまったため、

それをロロイと共に後から追いかけるような形だ。



→→→→→



俺とロロイが東部ギルドに到着すると、何やらギルドの奥の方が騒がしかった。


「ふざけんじゃねーぞお前らっ‼︎ 誰が貸すかっ‼︎」


クラリスの声だ。


「俺たちよりすこし早く着いただけのはずなのに……」


いったいどうやったら早々にそんなトラブルを起こせるんだ?


「クラリス、なんか怒っているのです」


「やっばり一人で行かせたのは失敗だったかな」


黒魔術師ロロンに扮したロロイと共に、ギルドの中に入って人だかりの奥を覗き込んだ。

すると、男装クリスバージョンのクラリスが、3人のごろつき冒険者に取り囲まれているところだった。


「クラリスがピンチなのです‼︎ とりあえず、ロロイがあの三人をぶちのめすのです!」


そう言って突進しようとするロロイを手で制し、その辺のやつにことの次第を聞いてみた。


それによると、どうやらごろつき冒険者たちがクラリスに『いい剣持ってんじゃねーか、俺たちに貸してくれよ』と言って絡みはじめた結果、今の状況になっているとのことだった。


「悪い奴らなのです。やっぱりロロイがぶちのめしてくるのです」


「待て待てロロイ。クラリスがどうするか、ちょっと成り行きを見てみたい」


相手の冒険者はごろつきみたいな風貌だが、装備を見る限りはそれなりの実力者とみえる。

ロロイには『相手かクラリスが剣を抜いたら止めに入って欲しい』と伝え、俺はことの成り行きを見守ることにした。


以前の喧嘩っ早いクラリスなら、この時点でもう剣を抜いているはずだ。


相手も実力者だろうが、鉄壁スキルの習得などを含め、今はクラリスもかなり実力がついてきている。

もしこのまま互いに剣を抜く事態になれば、クラリスも相手の冒険者も互いにただでは済まないだろう。

双方それなりの実力がある分、決してどちらかが相手をもてあそんで終わりのような形にはならないはずだった。


そのことがわかっているから抜かないのか。

それともただ単に我慢強くなっただけなのか。


俺は、その辺りがちょっと気になったのだ。


「この剣は、俺の兄さんが買ってくれた大事なもんなんだ。あんたらなんかにゃ見せるのも嫌だね」


『少年剣士クリス』の役に入り込みつつも、啖呵をきるクラリス。


対してごろつき冒険者の方は、数でも実力でも圧倒的に優っている気でいるので、余裕たっぷりにゲラゲラと笑っていた。


「ノーラインのお前にゃ立派すぎる代物だぜ。ほら、俺たちが使った方が剣も喜ぶってなもんよ」


そう言って、クラリスが背負った剣をガシッと掴んで引き寄せようとした。


「てんめぇっ!」


そろそろクラリスも限界だろうと、ロロイに合図を出そうとした瞬間。


「やめろよ。見苦しいぜおっさん達」


そう言って、若い冒険者のパーティが前に進み出てきたのだった。



→→→→→



今しがたクエストを終えて帰還したのだろう。

リーダーらしい若い男の手には、モンスターのユニークポイントを詰め込んだと思しき、ゴツゴツとした皮袋が握られていた。


「ああん?」


凄むごろつき冒険者達に対し、リーダーらしい剣士がいきなり抜刀した。


「怪我したくなかったら、その汚ねぇ手を離せよ」


「紅蓮のガキが……粋がってんじゃねぇぞ」


ごろつき冒険者達も、それに合わせて武器を抜く。


双方が剣を抜いたことにより、その場の緊張感が一気に高まった。

こうなれば、場合によっては死人が出る事態だ。


すでにリーダーの少年と、ごろつき冒険者3人は一触即発の状態だった。

しかもそれを見たクラリスまでもが、剣を抜き放ってしまった。


早速殴りかかろうとしているロロイを一瞬だけ制し、俺は受付の方を見やった。

例の鬼婆受付係ニコルだったら、こんな状況を見逃したりはしないだろう。


だが、今日はニコルはいないようだった。

ならもう、仕方がない。


新米冒険者アルスは、ここまでだ。


「ロロイ、頼……」


「やめねぇかてめぇらぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎」


そこで、落雷かと思うほどの大声が響き渡り、その場にいた全員がビクッと身構えた。


声の主は……

飲んだくれの上級冒険者ニヒルディアだった。


「くそゴロツキ共が……さっさと剣をしまえ。いい歳した大人がガキにたかってんじゃねぇぞ‼︎」


尚も大声でごろつき冒険者を怒鳴りつけるニヒルディア。

これはさらに状況が複雑になるかと思いきや、ごろつき冒険者の3人は、バツが悪そうな顔をして素直に武器を納めたのだった。

そして「ちっ」とか言いながらギルドを出て行った。


「どいつもこいつもくそったればかりだ。酔いが覚めちまったじゃねぇかっ‼︎」


そしてそんなことを言いながら、ニヒルディアは再び酒をかっ喰らい出したのだった。


「ニヒルディア……。第一線を退いたとはいえ戦闘の腕は確かだからな」


野伏(レンジャー)としてはもう、役立たずもいいところだけどな」


そんな冒険者たちのヒソヒソ話は……

聞こえの悪いニヒルディアの耳には入っていないようだった。



→→→→→



「俺、ルッツって言うんだ。見ての通りの剣士さ」


「あ、わた……俺はクリス」


「クリス……って、きみ女の子だろ?」


「えっ……」


「わかるわかる。男のフリでもしてないと、変なのが寄ってくるもんねぇ。このルッツとかさ」


「おいおいビビ姉ぇ、それ酷くねーか?」


「あはは。私はビビ、魔槍術士のビビよ」


「あ、ああ……悪い。本当は、クラリスっていう名前だ」


そして気がつけばクラリスは男装用の兜を脱ぎ、先程乱入してきたパーティのメンバー達と本名で自己紹介をしあっていた。


彼らは剣士ルッツ(男)、魔槍術士ビビ(女)、罠魔術師スルト(男)、支援魔術師ノルン(女)の4人パーティのようだ。


周りの冒険者たちによると、パーティ名は『紅蓮の鉄槌(ぐれんのてっつい)』というそうだ。

実際に見るのは初めてだったが、ここ3日で何度か噂は耳にしていた。

若くて勢い任せな部分もあるが、全員なかなかに腕が良く、堅実に実績を積み重ねているパーティとの話だった。


「クラリスはソロなの? 私たちそろそろもう1人前衛が欲しいなって話をしてたんだ」


と話すのは、金髪の支援魔術師ノルンだ。


「俺が言う前にそれ言うなよノルン。というわけだからクラリス。いきなりだけど俺たちのパーティ『紅蓮の鉄槌(ぐれんのてっつい)』に入ってみないか?」


「えっ? いや、私は……」


「あれ、もう誰かとパーティ組んでる感じ?」


そこで、宙を彷徨っていたクラリスの視線が俺と合った。

クラリスの眉間に皺が寄り「いるなら声かけろよ」という感じに口元が動いた。


「少しの間でもパーティを組んでみれば、色々と面白い話が聞けるんじゃないか?」


前に進み出て俺がそう言うと、周りの奴らの視線が一斉に俺の方を向いた。

『誰だあいつ?』みたいな視線だ。


「わかったよ。義兄(にい)さん」


クラリスはそう言って、ルッツ達に「しばらくの間だけな」と返事をしていた。


「アル、スはどうするのですか?」


割と状況をきちんと理解しているロロイが、偽名の方を呼びながら俺に話しかけてくる。


「目的の相手がいなかったからな。今日のところはこのまま帰ることにするか」


冒険者の生態に詳しそうな、受付係ニコルから話を聞くのが今日の目的だったのだが、いないのだったら仕方がない。

一応、今いる受付係の女の子に尋ねてみると、やはり今日ニコルは休みらしい。


俺は、ワイワイしながらクエストボードを眺めている『紅蓮の鉄槌』のメンバーとクラリスを横目に、そっと東部ギルドを後にした。


「えっ‼︎ クラリス中級(緑ライン)だったの?」


「なんだ。私たちと同じじゃん!」


「なっ‼︎ あのごろつき共相手に無駄に抜刀しない辺り。たぶん腕利きでちゃんとしてる奴だって睨んだ俺の目に、狂いはなかったってことよ」


「……ルッツは一瞬で剣を抜いてたけどねぇ」


そんな感じにガヤガヤしながら、早速中級のモンスター討伐クエストへと出かけて行ったのだった。


紅蓮の鉄槌(ぐれんのてっつい)+臨時要員クラリスパーティ】


剣士ルッツ(リーダー・前衛)

魔槍術士ビビ(サブリーダー・前衛)

罠魔術師スルト(後衛)

支援魔術師ノルン(後衛)

剣士クラリス(臨時加入・前衛)

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