14 錬金術の使い方
「参ったなぁ。全然いいアイデアが浮かばないぞ……」
支援魔術師アルスに扮してから4日目。
本日は、頭と体を休める日として、俺は屋敷の自室で過ごすことにした。
根を詰めすぎてもいい案が浮かばないと、ミトラが提案してくれたのだ。
ただ、身体は休められても、頭が全く休まらない。
朝からずっと、新しい商売のことで頭がいっぱいだ。
この三日間、東部地区ギルドに通い詰めて、何人もの冒険者から色々と話を聞いてみたのだが。
なかなか上手く使えそうなネタはなかった。
まぁ、俺が数日間聞き取りをしたくらいで簡単に思いつくようなうまい商売があれば、他の商人がとっくに目を付けていることだろう。
ポイントは、そこに『俺にしかできないこと』『俺しか持っていないもの』を絡めることだ。
例えばバージェスやロロイの戦闘力だったり、すでにそれなりに溜め込んでいるマナだったり、ミトラの錬金術だったり、アルカナの薬草だったり、だ。
その上で、もう少しこの作戦を続けるべきか、それともそろそろ見切りをつけてアプローチの仕方を変えるべきかと悩んでいた。
「アルバス様、私で何かお手伝いできるようなことはないでしょうか?」
悩んでいる俺を見かねて、ミトラが声をかけてきた。
その後ろには、シュメリアが控えている。
「あまり悩みすぎても身体に毒でございますよ。少し気分転換などされてはどうでしょうか? ……実は良いものがあるんです」
そう言って、ミトラはシュメリアに指示を出して、何やら透き通った赤い液体と包み紙に包まれた茶色の塊を俺の前に持って来させた。
「これは?」
「昨日屋敷にやってきた行商人から買った物です。『ロゼ』という、ロザトリアという植物の花を乾燥させ、それを煮出して作った飲み物と、『ルチャ』という、砂糖を焦がして作った手掴みでも食べられる甘味です。なんでも、はるか東方の獣人国の特産なんだとか」
そういえば以前、勇者パーティのメンバーで、獣使いで獣人族でもあったアルミラが、皇都でそんなものを買い込んでいた。
一時期は俺の倉庫にそれが入っていたが、結局俺の口に入ることはなかった。
飲食してみると、独特の華やかな香りの茶と、びっくりするくらいに甘い菓子だった。
菓子の方は、ロロイが喜びそうだ。
「アルバス様の了承が得られれば。少し多めに購入して、ミストリア劇場の飲食の店で売り出してみようと思っているんです」
「面白いな、やってみようか。まずは販売元の商人に大量仕入れでの値下げの交渉をしよう。売店での販売は……赤い茶は1杯20マナ、菓子の方は1個5マナくらいがいいところだろう。仕入れ値は、できればこの半額くらいまで落としたい」
その行商人は、10日後くらいにまた来ると言っているらしかった。
『くらい』という話なので正確な日取りは不明だ。
その時に俺が対応できるかどうかわからなかったので、俺はミトラにその対応について細かく指示を出しておくことにした。
「あと、同じようなものを砂糖や薬草から作れないか試してみてくれ。もしよく売れるのならば、自分たちで作った方が断然いい商売になる」
こういう通常商売に関するやり口はポンポン頭に浮かぶのだが、『冒険者を集める賞品』についてはなかなか浮かんでこない。
「いい気分転換になった。……その商人が、他にも面白いものを扱っているといいんだがな」
まぁ、期待しすぎるのはよくないか。
やはり『商売』と『賞品』の件が頭から離れない俺の様子を感じ取り、ミトラは少し困ったような顔をした。
「もし、私が海竜ラプロスの素材をきちんと加工できるようになれば、それをもってアルバス様の新しい商売と出来たかもしれなかったのですが……」
そう言って、俯いてしまった。
「気にするな。ミトラの作る物はどれも素晴らしい出来だ」
「しかし……特級モンスターの素材から作った武具でも、スキルが付かなくてはただの置き物か家具にしかなりませんからね」
「ただの家具か。……確かにそうだな」
とはいえ『海竜ラプロスの素材を用いた家具』とは。
……かなり贅沢だな。
街人相手であれば、ひょっとしたらそこそこ売れるんじゃないのか?
「やはり私には、モンスター素材や金属の加工は難しいようです」
「ミトラの錬金術はそもそも未知の部分が多い力だ。過去にいたという同様の能力者が、本当に金属を自在に練り上げられたかどうかも、実際はわからないことだろう」
「しかし、私のせいでアルバス様が思い悩んでいるのを見るのは……とても辛いんです。海竜ラプロスの素材も、私がかなりダメにしてしまいました」
「変に気に病むな。別にミトラのせいじゃない」
特級モンスターの骨格は、魔力を含むと強度が増す鉄『含魔鉄』と似たような性質を示す。
そのため、ミトラの錬金術で加工しようとすると、その魔法力を受けて強度が増してしまい、加工がより困難になるのだ。
スキルが付きづらいのは、それを無理やりに加工するせいなのかもしれない。
「なんとかして、私もアルバス様の商売の役に立ちたいんです」
ミトラには、もうすでにミストリア劇場の木人形でかなり助けられているが……
元々生真面目で責任を背負い込みやすいミトラは、俺が変に焦っているせいでさらに思い詰めてしまっているのかもしれなかった。
「いったん海竜の素材の加工は諦めて、今は金属の加工を試しています。ですが、そちらも大きいものだと力が足りずに錬れず、小さいものだと技術が足りずに壊してしまうんです」
ミトラも、さまざまな素材に対して、さまざまなアプローチを試しているようだ。
だが、いまだに金属やモンスターの骨格の錬金については、うまくいく兆しが見えないのだそうだ。
「冒険者が最も求めるのは、強度の高い金属製の武具に、モンスターの素材が練り込まれてより高い効果のスキルが付いたものでしょう。やはり私の力では腕不足なのかもしれません。本当に、申し訳ございません」
うつむき気味になってそう言うミトラ。
「本当に、あまり気にやむなミトラ。スキルがつかないのならば、いっそのことミトラの言うように『家具』として売ってしまえばいいさ」
ふと頭に浮かんだ思いつきを、半分慰めのつもりで口にしてみた。
「家具として……ですか?」
「ああ、スキルがつかないことが問題ならば、そもそもスキルを求めていない者を相手にそれを売ればいいというわけだ」
そして、改めてそのメリットを口に出してみると。
それは、思いのほかしっくりとくるアイデアだった。
「そうだ。何も冒険者相手の商売にこだわる必要なんかない。この街にいるのは冒険者だけではないんだからな」
言いながら、自分の言葉が少し熱を帯び始めていることに気づく。
闘技大会の賞品の件もあり、冒険者相手の商売にこだわっていた。
だが、俺が自分の商売を拡大するためのお客は、何も冒険者だけではない。
そもそもミストリア劇場は完全に街人向けの商売だし、ミトラの木人形も装飾や置物として見れば家具の一種とも言えるだろう。
そう考えて周りを見渡してみると……
この屋敷とミストリア劇場には、ミトラが作った家具が溢れていることに、改めて気がついた。
椅子、机、棚、拡張されたベットに寝具。
水汲みバケツから床の敷物や壁の装飾まで。
木や布や皮を材料とするものであれば、今やここにあるほぼ全ての物にミトラの手が加えられていると言ってもいい。
「つまり、海竜ラプロスや他のモンスターの素材を使い、モンスターをモチーフにした家具を作る。そしてそれを、街人向けに売る。……そういうのはどうだろうか?」
「モンスター素材の家具、ですか。なんだか面白そうですね」
シュメリアが、そう言って俺に同調してくれた。
「あくまでもメインの機能は家具だ。だからベースの部分は木材で造り、一部にだけアクセントとしてモンスターの素材で装飾を入れる。そういう形がいいだろう」
闘技大会の賞品にはできないだろうが、これならば俺の新しい商売にできそうな気がした。
「木の家具ならば、今の私でも自在に加工ができます」
さっきまでの辛そうな声が嘘のように、ミトラの声は弾み始めていた。
俺の声も、きっとそうなのだろう。
「よし。では決まりだな。早速準備に取り掛かろう!」
「はい!」
幻の錬金術の使い道としては、随分と庶民的だ。
だがこれは、まさに俺にしか扱えない商品となるだろう。
幸福な偶然か。
はたまた、ひたすらに考え抜いてきたが故に招き寄せられた必然か。
今までの流れとは全く別の場所から、ふいにこんな商売にできそうなアイデアを閃いた。
アイデアというのは、本当にいつどのタイミングで湧いてくるかわからないもんだ。
俺は、久しぶりに胸がワクワクするような感覚を覚えていた。




