13 門外の土地
支援魔術師アルスとなって2日目。
俺はその日もロロイ、クラリスと共にキルケット東部地区の冒険者ギルドを訪れていた。
ちなみに、俺たちがギルドについたのは10時ごろだ。
「あんたら舐めてんのかい? こんな時間に来て、今からできるような依頼なんかもうないよ」
「まぁ、俺たちにも色々あるんだよ」
そう言って、俺はニコルの嫌味を適当に受け流した。
そもそもこのギルドでは前日のうちに翌日の分を受注する冒険者がほとんどなので。
前日に何のクエストも受けずに帰った時点で、既に俺たちはてんでやる気のない冒険者だろう。
「色々って何だよ」
「どうせ寝坊でもしたんだろ?」
「ぎゃはははは」
飲んだくれの冒険者達の嫌味も、クラリスを宥めながら昨日と同じようにして受け流す。
受けられる依頼もない、話を聞けそうな冒険者もいない。
だけど、今日の俺の目的はそのどちらでもなかった。
今日はもともとクエストを受けるつもりがなかったため、俺はあえてこの時間にギルドを訪れたのだ。
「ニコル。少し話したいことがあるんだが……」
俺は今日、受付係のニコルに、例の『冒険者が欲しいもの』の話を聞いてみるつもりなのだった。
「今日は依頼が山ほど来てて、それをこれから2時間で全部処理しなきゃならないんだよ。だからそれどころじゃないんだけどね」
「そこを何とか頼めないか?」
「無理だね」
「じゃあ、手が空くまでここで待っている」
「暇ならクエストでも受けてきな。一個だけ、今から行ってもやれそうなのがあったよ」
「いや、俺はべつに……」
「あんたね、ちゃんと毎日金を稼がないと、本当にいつか野垂れ死ぬよ。……ほら、もう手続きしといたからさっさと行ってきな」
勢いよく依頼の書類を処理しながら、ニコルは片手間で俺たちの受注手続きまで済ませたらしい。
それはもう、半端じゃない事務処理能力だった。
「……」
ニコルが俺たちに斡旋したクエストは、門外のウシャマ小屋解体の作業だった。
どうやら、その依頼はすでに他の者が受注してるらしいのだが。
募集人数に空きがある状態だったため、そこに俺たちも後参加で加えたとのことだった。
ニコルが対応してくれないというならば、俺はどうせ暇だ。
すでにそのクエストを受注している冒険者がいるなら、作業をしながらそいつらと話をするのもいいかもしれない。
そう思い、結局俺はそのクエストを引き受けることにして、門外へと向かったのだった。
→→→→→
門外のウシャマ小屋で、その解体作業を行なおうとしている冒険者は……飲んだくれのニヒルディアだった。
「あんだてめーら?」
「ニコルに斡旋されて、俺たちもあんたと同じ依頼を受けることになった」
「あぁ? ニコルが何だって?」
「だから……」
「どうせ、ニコルの野郎がまたお節介を焼いたんだろう?」
「……そんなところだ」
耳の聞こえが悪くても、なんとなく会話が成り立っているようだった。
そしてニヒルディアと依頼主から簡単に仕事の概要を聴き、俺たちは早速作業に入ることにした。
作業している冒険者が顔見知りでは、もはや話をすることすら無意味なのでさっさと終わらせたかった。
木造の小屋の解体作業なので、本来は重戦士が斧などを使って叩き壊していくのがベストだろう。
だが、ニヒルディアは俺よりも小柄で、どう見ても偵察や野伏のような職業に見える。
「あんた、よく1人でこのクエストを受けようと思ったな」
住宅用の石造りの建物よりかはだいぶマシだが。
解体作業なんてものは、本来ならもっとガタイのいいやつの領分だ。
「あぁん?」
「……なんでもない」
それでもまぁ、やりようによってはなんとでもなる。
俺たちが加勢して、一番手っ取り早く仕事が終わらせられそうな方法としては……
ロロイに聖拳アルミナスで小屋を破壊してもらい、壊れた瓦礫を俺が片端から倉庫に収納していくというやり方だろう。
だが、ここで特級武具なんかを使ったら、新米冒険者の設定もクソもあったものではなくなってしまう。
俺がどうしようかと色々と考えを巡らせていると。
「あぶねえから退いてな」
ニヒルディアがそう言って懐から一本の投げナイフを取り出し……
それを小屋の壁に向かって投げつけた。
ニヒルディアの短剣が小屋の柱につき刺さると、一瞬だけ遅れて、そこから風の魔術が発動したのだった。
「風の属性付与スキル……か」
「まあな」
短剣を中心に球状に発生した風の魔術により、ガリガリと音を立てて柱の木が削り取られていく。
ナイフを持ったままで発動すれば、自分の身体まで傷つけるレベルの魔術だが。
これは投げナイフならではの手法というわけだろう。
そしておそらくは……
ニヒルディアの短剣についた風の属性付与スキルは【オリジナル】効果のものだろう。
ニヒルディアが短剣を回収し、各所の柱に向けてなんども同じことを繰り返しはじめた。
やがて、メキメキと音を立てて小屋は崩れていったのだった。
「……凄いな」
武器とスキルの扱いに、かなり慣れている。
属性付与スキルの発動を時間差で行うことなどは、俺も見たことのない技術だった。
「はぁん? なんだって?」
「そんなことができるのに、何でギルドの酒場で腐ってるんだ?」
スキルを使いこなしたことだけではなく、この距離で柱のど真ん中にヒットさせた投げナイフの技術もかなりのものだ。
モンスター相手でも、今の技術があれば中衛としてそれなりの貢献ができるだろう。
「はっ⁉︎ 1人じゃゴブリンの接近にすら気づかなくて、後ろから不意打ちを喰らって死にかけるような野伏を、お前はパーティに入れておきたいかよ?」
「野伏でそれは、確かに嫌だな」
「はっ‼︎ ど素人のくせに言ってくれるじゃねぇか」
索敵や探索が主な仕事である野伏にとって『敵に気付けない』とか『森を一人で出歩けない』というのはかなり致命的なことだ。
なんとなく、ニヒルディアが日々酒場で飲んだくれている理由が理解できた気がした。
初級や中級のパーティであれば、それでもニヒルディアほどの腕があれば声はかかるだろうが……
そこは、それなりに腕がいいが故のプライドがあるのだと思われる。
今更、息子か娘か、下手すりゃ孫みたいな歳の冒険者達とパーティを組むのもキツいのだろう。
そう思い至ると同時に、中年の俺を含む俺たちのパーティを無理やりここに送り出したニコルの意図なんかも、少し垣間見えたような気がしたのだった。
こんな解体作業の依頼は、大して体格も良くない俺たちのような新人冒険者には、普通は斡旋しないだろう。
「だが、野伏としてではなく中衛の戦闘員として、単独行動を避けさせすればやれることはいくらでもあるだろう?」
「あんだってぇ?」
「……。まぁいい、あとは任せろ」
「あぁん?」
俺は、崩れたウシャマ小屋の残骸に近づき、細かい瓦礫を次々に倉庫スキルで収納して行った。
そしてあっと言う間に、屋根と柱の大きな塊を除くほとんどの瓦礫を片付けた。
「なんだよ。なかなかやるじゃねぇか!」
「まぁな。俺の唯一の特技だ」
その後。
塊になっている屋根の部品をニヒルディアがさらに解体し、俺がそれを倉庫に仕舞い込む流れで作業を続けた。
ロロイは、水を飲みながらその様子を眺めている。
そしてクラリスは、ニヒルディアの技が気になったのか、何度も剣を抜いて水の属性付与スキルを発動させていた。
そうしてその解体作業のクエストは、ほぼ俺とニヒルディアの2人でだけで行い、依頼主が想定していた時間の半分もかからずに完了したのだった。
→→→→→
その後にギルドに戻ったのだが、さらに忙しそうにしているニコルには結局相手をしてもらえなかった。
「だはははは。残念だったなぁ、おめぇニコルに気でもあるのか?」
「そうだと言ったらどうする?」
「あぁ?」
以前ヤック村で、バージェス相手にこれと似たような掛け合いをしたことがあるのだが……
ニヒルディアから返ってきたのは『よく聞こえない』というようなジェスチャーだった。
なんかもう、こいつはわざとやってるんじゃないかって気がしてきたぞ。
ちなみに先程のウシャマ小屋だが。
実は半年以上も前から売りに出されていたらしい。
もとの持ち主は高齢で、キルケバール街道を行き来するためのウシャマの貸し出し小屋を、随分と前に廃業していたとのことだ。
そして、廃業後に不要になったウシャマ小屋とその敷地を、老後の生活資金の足しにと売りに出していたというわけだ。
ここはキルケットの門外ではあるが、港町セントバールと城塞都市キルケットを結ぶキルケバール街道は、最も人の往来が激しい街道であり、モンスターの出没頻度が比較的低い。
そんなこともあり、土地代は比較的高めらしい。
そしてそこを買い取ったのは野菜農家だった。
水魔龍の被害を受けていない東部地区の野菜農家としては、野菜が高騰している今、少しでも土地を広げて稼ごうという魂胆なのだろう。
「土地……か」
安定を求める冒険者にとっても、やはり最後に行き着くところはそこになるのだろうか?
土地があれば、家も建てられるし、そこをさまざまな商売に利用することもできる。
ある意味で『冒険者の欲しいもの』に違いない。
だが、土地自体を売り買いして儲けるような商売をするには、俺の今の元手でもおそらくは物足りない。
それに、この土地が売れるまで、元の持ち主が半年も待ったことを考えると。
買い集めた土地の売買で儲けるようなことを商売として成立させるのは、かなり難しそうだった。
どちらかと言うと、俺は土地を買ってそこで商売を始める側だろう。
なんとなく視野が広がった気はしたが……
この二日目も。三日目に当たるその翌日も、特に大きな収穫はないままに過ぎ去っていったのだった。