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12 変装初日の成果

俺たちを案内しに着いてきたこの飲んだくれ冒険者は、ニヒルディアと言う名の上級(青ライン)の冒険者だった。

週に1回〜2回ほど、適当なクエストを受けるだけで生活が成り立っているらしいので、腕自体はかなりいいのかもしれない。


ちなみにあの年配の受付係はニコルというらしい。

ニヒルディアの話によると、ニコルは『東部ギルドの鬼婆』と呼ばれているらしく、もう30年も前からあそこで受付係をしている大ベテランなのだそうだ。

そして、昔から口調がキツすぎるために、新人冒険者たちからはかなり恐れられているらしい。


「俺も含めあのギルドにいる連中はみんな、だいたい一度はあの鬼婆にボロッかすみたいに言い負かされているからな。……あんたも気をつけな」


「一瞬会話しただけだが、それなりにまとも(・・・)な人物に思えたぞ」


「ぁぁん? あんだって?」


「俺には。ニコルがそんなふうな人物には思えなかったんだがな」


「はっ。ちょっと頭がよくて口が立つからって偉そうにしてるだけのいけすかねぇ女さ」


「あんたみたいなのからは、たぶんそう見えるだろうな」


「ふん……。てめぇに何がわかるよ」


それっきり、ニヒルディアは黙り込んでしまった。


「30年もギルドの受付をしてる……か」


ひょっとしたらニコルは、冒険者以上に冒険者の生態に詳しいかもしれない。

確かに口は悪かったが、荒くれ冒険者や酔っ払いたちを相手にお上品な口を利いていても、なにも始まらないだろう。

俺としては、彼女と仲良くしておいて損はないような気がしていた。


「ほら、そこの角を曲がると現場だ。俺はまたギルド酒場に戻ってるから、報酬を受け取ったらきっちり約束の1/10を寄越せよな」


「助かった。あとで渡すのは面倒だから今渡しておく」


「あぁん? なんだって?」


「……今、支払う」


俺は、45マナをニヒルディアに手渡した。


「なんだよ、マナ持ってたのかよ」


「誰も『無一文だ』なんて言ってないだろ」


ニヒルディアには悪いが、本当はこの十万倍くらいは(マナ)を持っている。


「あぁ?」


「だから……、いや、なんでもない!」


さっきから、会話の中で何度も何度も言葉を聞き返されている。

どうやらニヒルディアは耳の聞こえがかなり悪いらしい。

酔っ払っているせいかもしれないが……


もし本当に耳が悪いのであれば、それは日常の不便というだけではなく、冒険者として致命的なことだった。

森の中で、背後から接近するモンスターの気配を察知するためにも「音」は非常に重要な要素だ。


しかし、俺たちには特に関係のない話だ。

ちなみにニヒルディアの今一番欲しいものは『一口飲むだけでデロンデロンに酔える魔法の酒』だそうだ。


俺たちはニヒルディアに別れを告げ、現場に入った。


その後の運搬作業については。

俺とロロイのつながった倉庫スキルを駆使しつつ、逆に早すぎて怪しまれないようにと適度にサボりながら、さっさと終わらせた。



→→→→→



クエストを終わらせてギルドに戻ると、クエストボードの前には朝とは比べ物にならない人数の冒険者達がたむろしていた。


受付係のニコルは、俺たちの『報酬受け取り』に対応をしながらも、別の受付係に依頼を持っていこうとしている冒険者を怒鳴りつけていた。


「そこぉっ! あんたらにその依頼は100万年早いよぉぉぉっ‼」


「うわっ! 鬼婆に見つかった‼︎」


「誰が鬼婆だぁっ! 初級(赤ライン)に毛が生えたような連中が、中級モンスターの群れの討伐なんざ、死にに行くようなもんだよ」


そんな感じ。

周りの冒険者の反応からすると、このギルドではこれが日常なのだろう。


「うちのギルドは少し特殊でね。大体前日のうちにみんなクエストを受けて、朝から直接現場に向かっちまうんだよ。『その方が手っ取り早い』ってね」


どうやら、この東部ギルドの建物が外門から少し離れた位置にあることが関係しているらしい。

外門近くの宿屋街から、わざわざ遠い場所にあるギルドの建物まで、朝から足を運ぶのが面倒だと言うことだろう。


「それで、やる気のある奴らはここからさらにもう一件受注するって感じだね」


と、ニコルがそう言って教えてくれた。

つまりはそれで、本来ギルドがにぎわっているはずの朝一の時間帯には冒険者があまりいなかったというわけだ。


「だが、それだと翌日分までの依頼を日中のうちに処理して掲示しなくてはならないだろう。あんたらの業務が相当大変なんじゃないのか?」


それは、本来なら冒険者のいない夕方以降の時間にまとめてやれるはずの事務作業を、日中わざわざ冒険者たちがいる時間帯に、小分けにして何度も何度も繰り返すということだ。


「へぇぇ……、初日からそこに気づくとはなかなか目が利くじゃないか。商隊にいたっていうだけのことはあるねぇ。あんた冒険者より商人になった方がいいんじゃないのかい?」


「……」


まぁ、本当はバリバリの商人だからな。


「まぁいいや。そんなことより……はいよ、報酬の450マナだ」


「ありがとう」


そして半日分の作業クエストの相場としては少し高めの報酬を受け取った。


「商隊にいたんだったら計算くらいできるだろうけど……、一応説明すると、150マナの作業クエスト3人分で450マナだ」


ニコルは、150マナを3か所に置き、それを100マナの塊4つと50マナの塊に移動させながら説明をしてくれた。

それなりに学のあるクラリスはめんどくさそうに、本当にわかっているのかどうかよくわからないロロイは、フンフン言いながら聞いていた。


「それで、もちろん今日はもう一件受けるだろ?」


「いや、いい。この後は少し冒険者たちから話を聞きたい」


そう言って、俺は2件目の受注を断った。

すると、ニコルが呆れたようにロロイとクラリスを見た。


「ロロンも別にいいのです」


「俺も、いいかな」


「はぁ。あんたら、間違いなくひと月もしないうちに野垂れ死ぬよ。稼げる時に稼がないと、いつ何が起こるかわかんないんだからね」


ニコルは、嫌味を言いながらも俺たちの宿や懐事情について気にかけてくれているようだった。


だけどまぁ。

本当はデカい屋敷を持っているし、(マナ)も十分にあるので、やはり適当に断った。


そして、俺は再度冒険者達への『今欲しいもの』の聞き取りに入ることにした。


「稼げる時に稼がないで、しかも無駄遣いなんかしてると本当に野垂れ死んぢまうよ!」


それもまた、ここでは日常茶飯事だろう。

しばらく見ないと思っていた冒険者が、森で野垂れ死にしていたなんて話はしょっちゅう聞く。

そうならないために皆、腕を磨いたりパーティを組んだりして、より安定的な生活を求めるというわけだ。


「そうだな。お気遣い感謝する」


「なっ……」


絶句するニコルと、ざわざわする冒険者たちを背に、俺は再び聞き取りを開始したのだった。

こういう口の悪い手合いへの対応は、勇者パーティにいた頃から手慣れていた。


「……ったく。調子のくるうやつだねぇ」


ニコルからは毒づかれていたが、どうやら嫌われてはいないようだった。



→→→→→



その後に聞けた話としては……

だいたいの若い冒険者が『欲しいもの』として挙げてくるのは『伝説の武器』とか『最強の鎧』とかの夢物語のようなものばかりだった。

多少現実を見てるやつで、普通に『有用な付与スキル付きの武具』、もしくは『マナそのもの』を欲しがるパターンが多いような印象だ。


そして一定以上の歳になると『家が欲しい』『家族が欲しい』『もっと安定した仕事が欲しい』などという、一応現実的ではあるが一筋縄では行かないような話ばかりが飛び出してくるようになる。

それらは、簡単に手に入らないからこそ、人生の到達点の一つとして追い求める物なのだろう。


一瞬、家を買い取って、それを大会の賞品とするようなことが頭をよぎったのだが……それでは大工の宣伝だ。

すでにキルケットに存在する職種に無策で参入しては、やはり先行きは厳しいだろう。

そしてそれを俺の商売と絡めるのは、なかなかに難しそうだった。


他には、相変わらず『(マナ)が欲しい』という声も多かった。


「参ったなぁ……」


話自体はたくさん聞けた。

だが、俺の新しい商売にそのまま繋げられそうな話は、今のところないような感じだった。


『冒険者の欲しいものは冒険者に聞く』作戦は、早くも失敗に終わりそうな予感がし始めていたのだった。

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